第3話 予言してあげる

 扉の前にいたのは、ピンク髪をツインにした、ロり巨乳だった。


 白地のシャツを胸やや下辺りで縛っており、巨乳とは裏腹の凹んだお腹を、これ見よがしに出している。

 下はショートパンツで、露出した足は、どこか頼りないと思えるほどに細かった。


 そしてこの雪のように白い肌。これだけでこいつが魔術師だということがわかる。 

 

 この世界の太陽、神陽玉は、四百年前に火鳥という神と融合していて、熱というより神意という術を放っている。

 そして、死念と神意は相殺関係にあるため、大なり小なり死念に憑かれている魔術師の肌は白くなる。



「うわ!!」



 バンと、壁に背を叩きつけるほどの勢いで、ピンク頭が身じろぎした。寝た子を気遣うような、ゆっくりとした動作で、扉を閉める。


 いそいそと、ピンク頭がティアラナの元へと向かった。

 不審者を見るような目を、しっかりと向けてくることも忘れない。



「なんなんですか、何者なんですか、ティアラナさん。この物凄く怪しい白頭は」



 ティアラナの元までたどりついたピンク頭が、腰を下ろして、ティアラナに耳打ちする。

 しかしわざとやっているのか、会話は全て筒抜けだった。

 ティアラナは考えるように目を上向けると、ピンク頭に耳打ちを返した。



「こーら。ダメでしょう? パミュちゃん。そんなこと言ったら。怪しい白頭じゃなくて――」

 


 ふと。

 紫暗の瞳を俺に向けてきた。

 な、なんだよと、戸惑う俺を見て、ティアラナは半笑いになりながら、改めて口を開く。



「ビュウくん。この凄腕の魔術師さんは、ビュウくんって言うんだよ? ちゃんと名前で呼んであげないとー。男の子はみんなナイーブなんだから。傷ついちゃうよ?」

「あのなぁ」

 


 さすがにつっこむと、ティアラナが口元に指先を持っていき、笑った。

 自分で言ったギャグに照れているのか、あるいはそれだけこの状況を楽しんでるのか。



 どっちにしても、ふざけた話だ。

 


 紅茶を手に取り口に含んだ。そんな時、気がついた。視線に。

 


 ジ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 


 パミュが、ティアラナの後ろから、俺を見ている。

 俺が目を向けると「キャッ」という言葉と共に、ティアラナの後ろに身を隠した。

 普通に傷つくから、やめてほしい。



「ふふっ」

 


 そんなパミュを見て、ティアラナが微笑む。テーブルに置いていた依頼書の束を持ち上げ、パラパラとめくり、またテーブルの上に戻した。

 視線を上向けて、笑った。



「パミュちゃん」

「はい」

「今日来た理由は、逃げ出した人の字についてのことだよね」

「え? あ、はい……」

 


 パミュが横目で俺を見ながら言った。

 どうやらデリケートな話題らしい。

 俺はカップで顔を隠して、他人の振りをした。



「やっぱりそっかー。パミュちゃんが書いた人の字が逃げ出してから一週間。そろそろ変獣してもいい頃合いだからねー。もっとも、心獣の体格、未だ変獣していないこと、パミュちゃんの性格諸々を計算に入れた場合、変獣してもさほどのことが起きるとは思えないけどねー」

「って言ったって、もしかしたらってこともあるじゃないですかー? どうにかしてください、ティアラナさーん」

 


 パミュがティアラナの両肩をつかんで、横から左右に振り回した。

 ティアラナは目蓋を下ろし『うーうー』唸りながら、されるがままにされている。



「助けてあげたいのは山々なんだけどー、あたしってばほら、清流派魔術師だからららー」

 


 ティアラナの呂律がおかしくなっているのは、パミュが更に勢いよく振っているからだ。

 完全にシェイカー扱いだ。



「じゃあどうしたらいいんですか!? どうやったらティアラナさんの力を借りられるんですか、その方法を教えてくださいいいー!!」

 


 余談だが、ティアラナの下は、黄色(おうしょく)フワフワのスカートだ。

 左右に振り回されると色々危ない。

 一応ティアラナも、足をピッチりと閉め、スカートを手で押さえたりして、抵抗したりもしているのだが、こうも揺らされると、色々とハプニングもあるものだ。

 


 厳密に言えば、スカートを押さえるべきその手が、スカートをあらぬ方向にずらしてしまったり、合わせていた足が、片方だけ左右に寄ってしまったり、といったものだが――



 チラリと、青色の下着が見えた。



 つっても、俺ももう八百歳。

 こんな布で動揺するはずがなありがとうございます。



「うー対価。対価があったら、今すぐにでも動いてあげられるんだけどー」

 


 うわ言のように、ティアラナが口にする。

 無から有を生み出せる魔術師は、世界の均衡を崩さないために、対価を求めるのが一般的だ。

 こういった魔術師のことを、清流派魔術師と呼ぶ。

 その言葉を聞いて、パミュがピタリと動きを止めた。



「じゃあその対価というのを教えてください。今すぐに」

「うーん。そうだなー」

 


 ティアラナが、顎に指をあてて、思案する。時折、乱れたスカートの裾を片手で直したりしていた。

 時計の秒針が六つは動いた。

 カラッとした笑顔を、パミュに向ける。



「……なにもないかな?」

「むーっ!!」

 


 ティアラナの肩を、パミュがガッシリとつかむ。



「あーうそうそ!! とりあえず、そうだな、観光。観光案内してきてもらおうかな、パミュちゃんには」

「観光案内?」

 


 またパミュが手を止めた。



「そう。首尾よくそれを終えてくれたら、人の字はきっとパミュちゃんの前に現れるよ。わーおめでとー、わー」

 


 ティアラナがパミュの前で拍手喝采する。

 パミュは、そのいかにも胡散臭い発言と行動を、盲目的に信用し、ティアラナの肩から手を離した。

 そして、怖いぐらいの笑顔を、ティアラナに向ける。



「本当ですかー? えへへー嬉しいなー。ティアラナさんの言うことにはいつも間違いがないから、人の字は『今日中に』『絶対に』見つかりますよね?」

「う、うん。そう、かなー?」

 


 恐ろしい女だ、こいつ。

 紅茶を飲みながら、俺は二人の観察を続けていた。

 いや、完全に他人事だと思ってみると、こいつらの掛け合いは中々面白い。自分が味わうと考えたら、最悪だけど。



「で? 誰を観光案内してくればいいんですか?」

「ん? ビュウくん」

「え?」「はぁ?」

 


 二人そろって声を上げた。

 俺は持っていた紅茶を、テーブルの上に戻す。

 そんな俺たち二人を見て、ティアラナがクスクスと笑った。

 机に放りだしていた依頼書の束を持ち上げ、コンコンと、机の面に押し当てる。



「一流の魔術師の目には未来が見える。そして、一流の魔術師は無意味なことはしないもの。予言してあげる、パミュちゃん。

 ビュウくんと二人仲良く観光して、この街の魅力を存分に伝えることができたなら、人の字は必ず君たちの前に現れる」

 


 ティアラナが、整えた依頼書の束を持ち上げた。



「なんてね」

 


 とつぶやきながら、依頼書の束にキス、もとい、依頼書の束で唇を封する。下ろされた目蓋が、目下に長い睫毛(まつげ)を並べている。


『ポ~っ』と、頭に花でも咲いているような顔で、パミュがティアラナに見入っていた。

 

 まあ気持ちはわかる。

 気障とは言え、ティアラナの言動挙動は、額縁に入れて飾りたくなるほど決まっている。

  

 ついでに言えば、良くも悪くも、色々と対照的みたいだし、こいつらは……ん? 

 

 俺の視線に気がついたのだろう、パミュが目を向けてきた。

 俺は意図したわけではないのだが、自然と顔を伏せていた。



「やれやれ」

「むーっ」

「ふふふ」

 


 三者三様の感情が、入り交ざる。

 とてもじゃないが、手を取り合うような関係になるとは思えん……ん?



 サラサラと羊皮紙に文字を走らせる、ティアラナの姿が目に映った。



「はい、どうぞ」



 笑顔で、書いた紙を差し出してくる。



 俺は半ば仕方なしに、それを受け取った。



 内容は――



『難易度S級。依頼内容。エルメルリアの街を観光案内してもらうこと。成功報酬銀一枚。依頼主。魔術師ギルドフルーレ長。ティアラナ=ホフキンス』



 顔を上げる。



 ティアラナが、持っていた依頼書の束を抱くようにして、笑った。



「頑張ってきてね」



 可愛い。

 いやまあ、可愛いんだけどさー。



 渡された依頼書をひっくり返す。

 そこには、別の案件、ティアラナに、依頼を申し込む要望が、書かれていた。



 一流の魔術師は、在るもの全て使い切る、か……。


  

 溜息一つ。

 ピトリと、依頼書を頭に被せるようにして、乗せた。



「りょーかい」





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