第2話 絶対に気が合うと思う

「ふーふーふーふふふ」 

 


 ソファーに腰掛け、気分良く鼻歌を歌いながら、ティアラナが依頼書の束をめくっている。

 紙の束は羊皮紙で作られているが、これは文明が劣っているからではない。

 インクを転移させるのに、羊皮紙が最も適しているからである。

 普通の紙ならば、この世界でも植物繊維で作るのが主流である。

 

 俺は同じくソファーに腰かけながら、出された紅茶を受け皿の上に戻した。もう半分は飲んでしまっている。

 目の前のS4魔術師様は、今も楽しげだ。



「あのさぁ」

「ん? なにかな?」

「いやその、気分よく鼻歌歌ってるとこ悪いんだけどー」

「うん」

「仕事……決まってないわけ?」

 


 俺がここに来たのは、S級難度の依頼があると、協会通信で見たからだ。であるならば当然、依頼内容は決まっていなければおかしい。

 

 まあS級難度の依頼が多々あって、どれにするか悩んでるっていうなら、決まっていない可能性もなくはないが――

 

 ティアラナを見る。

 ティアラナは露骨に両肩を持ち上げ、依頼書の束で顔を隠した。



「えーっと、どれにしよっかなー」

 


 こいつ……。

 今、わずかばかりの可能性も消失したぜ。絶対決まってねぇ。どういうつもりだ?



「おい」

 


 対面に腰掛けていた俺は、身を乗り出して、紙の束をこっち側に折り曲げた。

 ティアラナの顔が見えた。ティアラナは半笑いで、天井を見上げている。罪の意識など微塵も感じられない。

 

 これは端から許してもらえることがわかっている面構えで、自分が美人だと、自覚している面構えだ。

 


 ったく。

 


 俺はソファーに腰を落として、腕を組んだ。

 ホント、美人ってのは得で、卑怯なもんだぜ。

 まあそれで許してしまう俺みたいな存在が、元を正せば全て悪いのだが、それは言わないお約束である。



「どういうことだ? Sランクの仕事はないのか? 音に聞く白亜のティアラナすら手こずる仕事があるっていうから、こうやって遠路はるばる俺は――」

「呪をさ、語りたかったんだ」

「は?」

「あたしと呪を語れる魔術師は、金銭関係なく、Sランクの仕事に首突っ込める魔術師ぐらいのものだから」

「あー」



 意図はわかるが、しかし……。



「随分と危ない判別方法だな」

「そうかな?」

「銅二十五枚でSランク、つまり生死保証せずの依頼を受けれる奴ってのは、適当にプロファイリングして、腕に覚えがあり、頭がイカれていてかつ、あんたに興味を持ってるってことだろ? 危ない項目の目白押しじゃん」

「うんうん」

 


 いや、うんうんの意味がわからないから。

 聞き入ってるような顔はしてるけどさ。



「しかも、普通に契約違反だし。俺は気にしないけど、場合によったら……」

「よったら?」

「いやその、それを理由に脅されるかもしれないじゃん。若い女がとる行動にしちゃ、ちょっと軽率だろ。俺は気にしないから別にいいけど、今後はやめた方がいいんじゃね?」

「でも、Sランクの仕事だったらたっくさんあるよ?」

「え? あるの?」

「うん。だってこんなに依頼きてるもん。あたしって結構引く手数多なんだよね」

 


 バサバサと、依頼書の束を振るティアラナ。

 ふぅ。

 俺は紅茶を一口飲んで、戻した。



「じゃあそれを適当に引っ張り出して、俺に回したらえぇやんけ! いつまで待たすねん! ボケぇええええ!!」

 


 俺は恥ずかしいやら腹が立つやらで、唾が飛ぶぐらいの勢いで吠えたてた。ティアラナが紙の束で、俺の怒りを防いでいる。顔は相変わらず半笑いだ。こいつ……っ。



「まあまあ落ち着いて。今君とできる面白い仕事を探してる最中だから」

「別に俺一人でいいよ。一人で仕事して、困った記憶なんてほぼほぼない」

「まあまあ、そう言わずに。これは、精神世界(アストラルサイド)から、相手の考えていることが大体わかる、魔術師相手だから言うんだけど」

「なんだよ?」

「あたしたちって、絶対気が合うと思う」

「え……」

 


 声が漏れる。

 呆然と見つめていると、ティアラナは目を糸のように細めて笑った。



「だから、一緒に仕事してみたいなーって、そう思ってるんだよね」

 


 紅茶をつかむ。

 顔を背けながら、それを口に含んだ。



「ふふふ」

 


 ティアラナの笑い声が視界の外から聞こえてくる。

 こいつは、顔だけじゃなく声もいい。むしろ声が決定打のような気もする。

 


 その透き通るような声音が、こいつの清楚な顔立ちに説得力を与えていて、より心の中に、無意味な感情を刺し込んでくる。

 


 だから顔を背けても、ほとんど意味はない。俺は照れる一方になった。

 そんな時。



「……さーん!! ィアラナさーん!!」

 


 外から声が聞こえてきた。

 階段を駆け上がる音が、後に続く。

 目を向けた。なんてったって、呼ばれていたのはこいつだからだ。

 俺と目が合うと、ティアラナは視線を上向け、笑顔で嘆息した。



「ティアラナさん!!」

 


 扉がバーンと開かれる。俺は紅茶を口に含みながら振り返った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る