△▼△▼夜に響く△▼△▼

異端者

『夜に響く』本文

 ふと、時計を見ると午前2時だった。

 僕は今日の勉強はここまでにしようと決めた。

 まだ高校2年、受験はずっと先だが、普段の宿題と予習、復習をしているだけでこの時間になってしまう。元はといえば、両親の下らないプライドで身分不相応な有名進学校に入れられたせいだが、彼らは自分たちがどれだけ無理を強いているか自覚は一切ないだろう。

 今頃彼らは、僕の苦労も知らずぐっすりと眠っていることだろう。

 僕は椅子から立ち上がると、軽く伸びをした。

 元々、頭は良い方ではない。入試に通ったのが不思議なぐらいだ。

 そんな自分が必死に勉強したとしても、たかが知れている。結局は、勉強も才能のうちだ。才能がある奴はどこまでも伸びるが、自分のような輩はすぐ頭打ちになる。


 ――なら、3倍勉強すれば良いじゃないか。


 担任教師の無責任な言葉を思い出した。

 何かの面談の時に、自分は勉強ができない、人の3分の1程度しか覚えられないと言った時の答えがそれだった。

 正直、コイツは馬鹿だと思った。――それができるというのなら、とっくにそうしている。

 それ以来、担任に勉強のことを言った覚えがない。人の信頼や信用というのは、得るのは難しいが壊すのはたやすい。


 僕は廊下に出た。既に廊下の電灯は消されていた。

 廊下をゆっくりと歩いてキッチンへと向かう。

 いつだったか買いだめしたカップ麺がまだあるはずだった。

 夜食べると太るという話があるが、それがどうしたという気分だった。こうも深夜まで勉強したのなら、それぐらいの夜食は許されても良いだろう。


 キッチンも案の定、電灯は消えていた。電灯のスイッチを探り当てて点ける。

 深夜、静まり返ったキッチンは物音を拒んでいるようにさえ見えた。

 僕はできる限り静かにカップ麺を入れた戸棚を開けると、どれにしようかと考え始めた。

 ラーメンという気分じゃない。うどんかそばにしよう。……それなら、「赤いきつねうどん」か「緑のたぬき天そば」か、それとも――。

 迷った挙句、結局は緑のたぬきを選ぶ。理由は簡単。赤いきつねは熱湯を入れて5分だが、緑のたぬきは3分だからだ。たった2分の差であれど、気分的にその差は大きかった。


 僕は水を入れたやかんをコンロに置いて点火する。カップ麺のふたを少し開けると、あらかじめ粉末スープを入れておいて、すぐに湯が入れられるように準備する。


 こうしている間にも、ぼんやりと考えていた。

 自分は生きていると言えるのだろうか。

 世間一般で高校生というと、放課後は遊び惚けて、自由気ままに過ごしていると思われている。だが実際には、学校が終わるとすぐにまた勉強で遊んでいる余裕などない……少なくとも自分には。

 青春を謳歌する――そんな言葉があるが、自分にはその青春自体がないに等しい。後になって思い出してみても、ひたすら勉強していただけで楽しかった記憶などないだろう。


 湯が沸いた。緑のたぬきに注ぐと、蓋をする。


 何も楽しいことはない。ひたすら頑張ったところで評価されず、テストの点数だけ見て両親は自分をなじるだろう。それに対して、僕は反論する言葉を持たない。したところで理解されないことを分かっているからだ。

 生きた骸――そんな言葉が、今の自分にはぴったりのような気がしてきた。

 何の成果も上げられず、誰の記憶にも残ることなく、ひっそりと消えていく。それはもはや生きながら死んでいるに等しい。


 3分経ったので、カップ麺のふたを開ける。唐辛子を入れて、少々乱雑に箸でかき込む。天ぷらの油気が汁に程よく馴染んで食べやすい。

 静寂の中、食べる音だけが響く。


 ああ、生きてるなあ――ふとそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

△▼△▼夜に響く△▼△▼ 異端者 @itansya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ