番外編(セリナ)

彼女できたら太っちゃうタイプの人

「太った?」


 開口一番そう言われて、思わず手が出た。

 ぼす、と相手の肩口を叩く。それでもくくくと背中を丸めて笑うその人に、チョップもお見舞いした。


「失礼な」

「実際、太ったでしょ」


 黙秘権を行使する。そう言いたかったけれど、彼女にはお見通しなのだろう。

 観念するように、いやいやながら首肯する。


「おめでと」

「なにが?」


 にこにこと手を叩く彼女を見て首を傾げる。


「彼女できたんでしょ。あんた彼女できると太るから」

「知らんかった。そうなの?」

「そうなのー」


 そう言ってけらけらと笑う目の前の女は、私の幼馴染だ。

 ちなみに生粋の男好きで、私のタイプでもないからぴゅあっぴゅあな友達関係だ。そんな気心の知れた女と地元に帰ったついでに喫茶店で会ってみれば、これだ。

 幼馴染ってこわい。彼女が特殊能力じみた観察眼を持っているだけかもしれないけど。


「で、相手は?」

「バイト先で出会った人」

「同い年?」

「5個上とかだったかな」

「じゃあ働いてる人かー。経験豊富そうだね」

「そうでもないよ。ノンケだったし」


 幼馴染がぎょっとした顔で目を剥いた。


「ノンケってあんた、高校の時に痛い目に遭ってから絶対に手を出さねーって叫んでたじゃん」

「そうだったんだけどね」


 あはは、と誤魔化すように笑う。

 当時はそう思っていたし、なんなら宣誓すらしていたような気もする。

 でも、彼女に出会ってしまったのだから仕方がない。


「私にさ、小学生かよ、って突っ込んでくれるんだよね」

「ああ、あんたいたずら好きだもんね。末っ子気質というか」

「そんなかんじ。でも大学の人は全然突っ込んでくれなくて、みんな苦笑いしながらフォローしてくれるの。なんか、そういうのって嫌だなって思ってて」

「まあ、大学のミスコンに勝手に登録されて、当事者不在のまま優勝したあんたに下手なこと言えんわな」

「そういうの、差別だと思うんだけど」

「みんなビビっちゃうんだよ。その顔に」


 幼馴染は私の顔を見てにやけている。

 私はむすっとした顔で目の前のフルーツジュースをすする。


「顔、顔、ってひどくない?」

「おうおう、贅沢な発言だねえ」

「贅沢っていうか、そういうんじゃないんだけど」


 がしがしと頭を掻く。

 実際、容姿には恵まれてると思うし、それによって得していることもわかっている。

 でも、それが永遠につづくわけではないのだ。


「私がしわしわになって綺麗じゃなくなったら、そういう人はきっと離れていくでしょう?」

「まあそうだな」

「それって友達なの?」

「違うかもな」

「でも彼女は離れて行かないの」

「ほう。その心は?」

「真面目だから」


 首を傾げる幼馴染。

 一言ではわからないだろうと、さらに言葉を紡ぐ。


「私が年を取って綺麗じゃなくなることは自然のことなの。彼女にとってそれは当然のことで、年を取った私をみても、たぶんいつも通りの態度なんだよ」

「私もそうだが?」

「マユコもそうだったね」


 へらりと2人で笑って、ジュースを飲んだ。

 それなりの時間おしゃべりしているせいか、とてもおいしく感じられた。


「ノンケどうやって落としたの? さっきの話だと面食いってわけじゃないんでしょ」

「そうでもないかも。結局、色仕掛けから入ったようなものだし」

「はあー、大胆やな」

「付き合うとか付き合わないとか言う前に、落としちゃえばいいんだよ。身体の方を」

「めっちゃ上級者みたいなこと言うやん」


 彼女とのあれやこれやを思い出して、少し考える。

 いろいろ計算していなかったかと言えば、嘘になる。恋愛は勢いだけでうまくいくほど甘くはないのだ。


「私、結構打算に塗れてるんだけど、大丈夫かな?」

「なにが?」

「彼女、真面目で純粋そうなんだよね。こんなに腹黒だって知られたら、ドン引かれないかな」

「大丈夫なんじゃない? 恋愛なんてそんなもんよ。打算も計算も全部込みで恋愛なんだから。逆にさ、その彼女があんたを落とそうと計算ずくしの行動をとってたらどう思う?」

「そういうのは大体わかる」

「まじで上級者かよ」


 窓から見える空は、既に茜色だ。

 この後、彼女と落ち合う約束をしていることを思い出し、時間を確かめる。

 そろそろここを出なければ間に合わないかもしれない。


 私は暇を告げようと、目の前の幼馴染に顔を向けた。

 幼馴染は、からからと音を立てながらグレープフルーツジュースをかき混ぜている。


「まあ、気にしても仕方ないんじゃない? だって、好きなんでしょ?」

「うん。大好き」


 にこりと、自然と笑顔がこぼれた。これがいわゆる幸せオーラというやつなのだろうか。

 そんな私を胡乱な目がじとりと捕らえる。


「爆発しろ」


 そう言って、幼馴染は机に突っ伏してしまった。


「……もしかして、別れた?」

「リア充むかつく!」


 ダン、と机を叩いて悔しそうにつぶやく幼馴染。

 私は嘆息すると、スマホで彼女に約束の時間に行けそうにないことを伝えた。

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