理屈とかどうでもいい

 私の彼女はかわいい。

 それはもう、かわいい。


 背が低めで童顔。制服すら違和感なく着こなせそうなその容姿。並んで歩けば私のほうが年上に見られるくらいだけれど、実際は私の方が5個も年下。

 だけど、本人は自身の外見があまり好きではないらしい。いつも、もっと背が欲しかったとか、威圧感のある顔が良かったとか、贅沢なことをいっている。


 まあ、その気持ちはわからなくもないけれど。

 批判を覚悟で言うと、私はもっと普通の容姿に生まれたかった。

 痴漢、ストーカー、キャットコーリング。数え上げたらキリがないほど、様々な被害に遭ってきた。幸い致命的な事態になったことはなかったけれど、背筋がひやりとした経験はけっこう多い。


 そんなデメリットだらけの中で、唯一といっていほどのメリットが、恋愛だった。

 私が迫れば、大抵の女は落ちる。本命になるにはまた別のスキルが必要だけれど、お試しで誘いを受けてくれる人は多かった。

 そんな状況だから、高校生の頃はやけくそ気味に遊びまわっていた記憶がある。だから継代けいだいを見ていると、昔の自分を思い出して頭を抱えたくなってしまうのだ。同族嫌悪とも言うのかもしれない。


 話が逸れた。

 彼女はかわいい。これは真理。

 ついでにかっこいい。これも真理。

 この2つが両立するのかって? 両立するんだなこれが。


 例えば、バイクをいじってるときの横顔。

 真剣なその眼差しに、ぐっとくる。

 例えば、馬を見ているときの横顔。

 穏やかな表情と優しげに細められた瞳に、思わず馬に嫉妬した記憶がある。

 あとは料理をする時。その手際の良い動きをずっと見つめていたくなった。


 横顔ばっかだなって?

 私に対しては、なかなか真剣な顔をしてくれないのだからしょうがない。

 笑った顔、呆れた顔、ムッとした顔、赤くなった顔。いろいろな表情を見たけれど、真剣な顔はあまりない。なぜだろう、と考えてみたけれど、多分私がふざけたりからかったりしていたせいだと思う。うん、多分そう。



 理屈で物事を考えることは好きだ。

 結果には必ず原因があって、この世のすべての物事には説明がつけられる、と思っている。その因果がどんなに荒唐無稽に見えようとも、理屈は必ずあるはずだと私は考えている。


 でも、私の理解の及ばない、または知識不足で判断のしようもない因果があったらどうだろうか?

 理解しようとして頑張って、でも結局理解することは叶わないのだ。残念ながら。


 女の人にしかときめかないのはなぜなのか、1万回ぐらい考えた。

 考えても無駄なのだと、気付けるようになったのはごく最近のことだった。もっと未来でその原理が解明される可能性はあるけれど、今生では無理なのだと、わからないことをわからないまま受け入れるしかないのだと、考え抜いた末にそう気付くことができた。


 人間は極めて複雑で難しい生き物だ。

 わからないこと、理解できないことはたくさんあった。ただの友達関係でも、上下関係でも、親密な関係も、自分自身でさえも。生きていくためには、そんなわからないことを、わからないなりになんとかこなしていくしかなかった。


 理屈を放棄しているわけではない。それはそれで重要なことだ。理解しようと努力することによって、人間はここまで進歩してきたのだから。


 でも、敢えて言おう。

 理屈なんて、どうだっていい。


 彼女はかわいいしかっこいい。

 結局、彼女に関して言えば、それ以上の言葉はないのだ。

 理屈をつけようと思えばつけられる。口八丁でそれっぽいことを言うことはできる。でも、それは本質ではない。

 解釈を始めた瞬間、物事は変容する。考えた言葉が枷となって、私の思考と行動を縛る。それを避けるためには、それそのものを、そのままの姿で捉えるしかない。そうすることが、私の愛だった。

 それが、私なりの愛し方だった。




 ◇◇◇




「ねえ」


 目を開けると、カーテンの隙間から差し込む西日がきれいに突き刺さってきた。

 苦しさにもぞりと身じろぎして、柔らかなものに顔をうずめる。


「おいこら。起きろ」


 ぐにっと両頬を摘ままれる。うにうにと形を変えられるそれをそのままにして、目の前の柔らかなものに両手で抱きついた。


「おいって……。トイレくらい行かせてよ」

「……だめです」


 ぐいぐいと腕の中に抱きしめているのは彼女の胴体だった。ソファの上に仰向けに寝ている彼女のさらにその上にのしかかるようにして、私は彼女の身体を拘束していた。


 なるほど、状況はわかった。けれどまだ、頭がぼんやりとして思考がまとまらなかった。なんとなく、いろいろと小難しいことを考えていたような気がするけれど、はっきりとは思い出せそうにない。


 頬に触れるシャツの柔らかさと、それを通して感じる彼女の温かさ。

 ゆっくりとした鼓動に耳を澄ませて、その存在をかみ締める。


 いいな。すごく、いい。

 そう思いつつ、のっそりと上体を起こした。


 目の前には、彼女の顔。情けなさそうにハの字になった眉毛に、慈しみを覚える。


「キスしてくれたら、退きます」

「なんでだよ。漏らしたら大惨事だぞ」

「その時はその時です。とりあえずさっさとキスすればいいんですよ」

「雑っ」


 ふいっと顔が近付いてきて、唇の端に柔らかくて湿ったものが押し付けられた。

 それをぺろりと舐めとって、その味を確かめる。


「カフェオレ」

「変態かよ」


 だって、本当にカフェオレの味がするのだから仕方がない。

 恥ずかしそうに赤くなった頬に一つ唇を落としてから、ゆっくりと立ち上がった。

 重しの無くなった彼女も、私に続いて立ち上がる。そうしてくるりと背を向けた彼女に向かって、声をかけた。


「この後、どうですか」


 単純なお誘い。色気もへったくれもない単刀直入なベッドへのいざない。

 彼女はこちらを振り向くことなく、平然とした声音で答えた。


「お風呂に入ってからなら」


 そう言って去っていった彼女の、ちらりと見えた頬はやっぱり赤かった。


 なんだかなあ、と思う。

 彼女が振り回されているように見えて、実は私も振り回されている。どれだけ恋愛経験を重ねていようと、相手を好きになってしまった瞬間から、その経験は意味をなさなくなる。


 かわいいのだ、彼女が。世界一、かわいいと思う。


 私は残された毛布に顔をうずめて、その残り香を肺いっぱいに吸い込んだ。

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クリスマスイブにバイトしてたら彼女ができた 三笹 @san_zazasa

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