BBQ(馴染めません)
天気は快晴。周囲にはフレッシュな若者と原始的な肉の焼ける匂い。
そんな中にぽつんと一人、無職のくたびれた私。
眩しい輝きにめまいがする、とはこのことかと実感する。
「松葉下さん久しぶり! 元気にしてた?」
店長が気さくに声をかけてくれるが、浮いているのはごまかしようがない。
それでも、店長の気遣いを無駄にすることなく、にこやかに会話に応じる。
「元気ですよ。セリナは頑張ってますか?」
「そりゃもう。要領いいし、お客さんだけでなく他のバイト達にも大人気だよ。松葉下さんが最初に教えてくれたおかげかな」
「そんなことないですよ。彼女なら慣れれば大抵のことはうまくできますから」
ちらりと視線を向けた先には、周囲を人で囲まれた彼女がいた。背が高いからか、人の隙間から頭がちらちらと見え隠れする。
男も女も関係なく彼女に群がっている様は、蟻が餌に群がる様によく似ていた。
それも甘い甘い蜜だ。放っておかれるはずがない。
「あれ、店長。その人セリナが連れてきた人ですかー?」
間延びした声に振り向けば、顔立ちのはっきりした美人がいた。
「そうだよ。以前働いていた松葉下さん」
「ふーん」
じろじろと無遠慮に見られ、居心地が悪くなる。
女は店長に軽く挨拶をしてから、私のそばにすっと近寄ってくる。香水が、少しきつい。
「あなたもセリナを狙ってる口ー?」
「違いますけど」
「じゃあ恋人はいるのー?」
「いないですけど……」
失礼な人だ。
人のプライベートな場所にずかずかと入り込んでくる。
それを明確に突っぱねられない私も、あまりいい対応とは言えないけれど。
「じゃあ恋人探しに飲みに行こうよー。独り身同士仲良くしよ」
「はあ……」
恋人を探していない場合を想定していない彼女の物言いに、頭が痛くなる。
ぐいぐいと手を掴まれて、強引に連絡先を交換させられそうになって初めて、訂正を試みる。
「や、私は恋人とか別にいいかなって」
「もったいないー。かわいい顔してるのに」
もったいないってなんだ。
恋人がいないことがそんなにいけないことなのか。
その後も、女に気に入られたのか妙に絡まれて、ひどく辟易した。
肉がおいしかったのだけが、唯一の救いだった。
◇◇◇
帰り道。
セリナと並んで、長く深い影を作る。
たくさんの人が彼女を2次会に誘ったが、彼女は頑なに首を縦に振らなかった。
私は当然誘われていない。間延びした声の女には最後まで声を掛けられたけれど、当たり障りない会話で無難に回避した。
「なんで2次会断ったの?」
「ただ行きたくなかっただけですよ」
「そういう会苦手だったっけ?」
「まあ、下心とか持って近付いてくる人もいるので」
「なるほど」
美人は大変だなあ、と他人事のように思う。
大学生なら、飲み会も頻繁にあるに違いない。下心のある奴を躱し続けるのも一苦労だろう。というか、新歓の時期は大丈夫だったのだろうか。
「うっとうしかったので、女の人しか好きにならないって言ったら、今度は女の人がいっぱい飲み会に来るようになって」
「思い切ったことするなあ」
「男の人に狙われることが少なくなったので、リスクを取ったかいはありましたよ。でも、女の人やその他有象無象をあしらうのにも気を遣うので、あまりそういうところには行かないようにしてます。今日のように昼間に大人数でやってくれるなら、行きたいんですけどね」
飲み物に薬とか入れられる事件も聞くし、飲み会なんてとても心穏やかに過ごせるものじゃなかったんだろう。
そう考えると、少なからず彼女に同情してしまった。
もしかしたら、私と行った居酒屋で体調が悪いのにも関わらずお酒を飲んでしまったのは、久しぶりのお酒にテンションが上がってしまったせいなのかもしれない。
くすりと笑うと、セリナは不思議そうな顔でこちらを見た。
何でもない、と手を上げて答える。
「じゃあ代わりにうちで飲む?」
「いいですね」
軽く誘えば、軽く首肯される。
信用されているんだなと思うと、少しだけ擽ったかった。
◇◇◇
「そう言えば、
ちびりとビールを飲みながら、セリナが話しかけてきた。
発泡酒ではない、ちゃんとした値段のやつだ。コンビニでなんとなく調達したのだけれど、たまにはこういうお高めのものを買うのもいいかもしれない。
「誰?」
「語尾をやたら伸ばすやつです」
ああ、と呟いて私も鬼の絵が描かれたビールを煽る。
BBQでは絡まれたせいかあまり飲めなかったので、とてもおいしい。
「そんな名前だったんだ」
「自己紹介してなかったんかーい」
けらけらとセリナが笑う。どうやらその
「友達なんだ?」
「いや天敵です」
前言撤回。友達ではないらしい。
「私の周りにいる人に声をかけては食い散らかしていく人です。けだものですよ」
「食い散らかすって……。え、その人も女の人狙いなの?」
「そうですよ。私が同性愛者宣言しちゃったので、そういう人が集まりやすくなってるんです。それで、勝手に出会いの場にされてます」
べこっ、とセリナが手に持っていた缶がへこむ。
表情はにこやかなのに、手はギリギリと缶を締め付けている。ちょっと怖い。
「別に、それぐらいよくない?」
「普通に付き合うならいいんですけどね。全部が遊びなんですよ彼女」
「遊び人かあ……。じゃあ私に声をかけてきたのもそう言うこと?」
「恐らくですけど、そうなんだと思います」
セリナが残っていたビールを一気に飲み干した。
そうして、またべこりと両手で握り潰す。
据わった目だ。まだ2缶しか空けてないというのに、酔いと怒りが彼女の表情から如実に察せられる。昼間にも多少は飲んでいただろうから、トータルすると結構な量を飲んでいるのかもしれない。
「サキさんは遊び人とかどう思います?」
「んー。まあ当人同士がそれでいいならいいんじゃない?」
「なんで!? サキさんも遊び人の肩を持つんですか!?」
「肩なんて持ってねーし」
めんどくせえ。これだから酔っ払いは、と偏見交じりの思想が頭をもたげる。
私もビールを一息に煽ってから、説明を加える。
「外野があれこれ口出すことじゃないでしょって言ってんの」
「でも、だって。彼女はサキさんにまで手を出そうとしてたんですよ!」
ぎょろぎょろと彷徨っていた目が、私をしっかりと捉えてそう言った。
その気迫に、一瞬だけ気圧される。
ぎらぎらと輝く双眸。
肉食獣のようなそれが、私を捕えて離さない。
「……私が誰とどんなことをしようと勝手でしょ」
「嫌です」
ぐん、と迫ってきた顔に驚いて後退る。
セリナは何かを考えるように下を向いて、しばらくしてまた顔を上げた。
「……
「何、言ってんの」
支離滅裂だ。
セリナの話は前提からしておかしい。私がなぜ
私は反論することを諦めて、うんうんと頷くだけのあかべこ作戦でいくことにした。酔っ払いは全肯定するに限る。下手に反論して絡まれると、余計に面倒だ。
「
「うん」
「お相手はちゃんと大切にします。暴言吐いたり、ましてや泣かせたりしません」
「うん」
「もちろん一緒にいる時間は楽しんでもらえるように考えます。日中も夜も、ちゃんと両方楽しませます」
「え……。あ、うん」
私の戸惑い交じりの肯定に、セリナの顔がぱあっと明るくなる。
なんとなく、誤解が加速しているような気がして、背中にたらりと冷や汗が流れた。
「好きなんです。いつからかはわからないけれど、あなたのことが好きです。サキさん」
そう言って正面から抱きつかれた。
首筋に顔を埋めて、ぐりぐりと猫のようにすり寄ってくる大きな人間。
私はそれをどうしていいのかわからず、しばらく途方に暮れていた。
じっと動かずにいると、いつの間にか耳元から寝息が聞こえてくる。
「記憶、吹っ飛んでるといいな」
恐らく叶わないであろう願いを口にして、私は今日一番の嘆息を漏らした。
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