ツーリング(それ自体は楽しい)
青く晴れ渡った空。
段々と暖かくなり、野花がちらほらと咲き始めた頃。
私と緒方は双方の家の中間地点付近で落ち合い、海へと向かっていた。
エンジンが唸りを上げ、風を切って軽快に進んでいく。
私は緒方の小柄な背中を見ながら自らのバイクを駆っていた。
緒方が乗っているのはオールドルックタイプだ。昔どこかで見たような懐かしい雰囲気を持っていて、私のスポーツタイプとはまた違った魅力があった。
途中途中で先頭を交代し、道を確認しながら進む。
休憩の合間には小柄ゆえのバイクの足つき問題だとかで盛り上がり、好きなバイクの特徴を言い合って頷きあったりした。
海に着くと、今度は太陽に照らされてきらきらと輝く海面を横目に見ながら、海岸沿いに何十キロと続く道路をかっとばした。木の一本もない砂浜と打ち寄せる波が視界一杯に広がって、しばしの間言葉をなくした。
走り疲れると、適当な場所でバイクを止めて、海岸に下りた。
まだシーズンには早いからか、人気はなかった。
砂に落書きをしていると、激しく寄せてきた波に全てを洗い流された。
残念に思いながら海を眺めていると、隣にすっと緒方がやってくる。
「気持ちいいですね」
「ええ」
当たり障りのない会話をしながら、海岸線を並んで歩く。
小柄とはいえ私よりは頭一つ分高い緒方は私に歩調を合わせるかのようにゆっくりと歩いた。
「僕と結婚前提でお付き合いしてくれませんか」
言われるとは思っていたが、こんなに早いとは思っていなかった。
私の困惑顔に気が付いたのか、緒方が言葉を重ねていく。
「確かにまだ早いかなとは思います。でも、ぼんやりしていたら松葉下さんがどこかに行ってしまいそうだと思ったんです」
「僕は努力ができる人間です。だから、冴えなくてセンスが今一でも、あなたのために変わる努力ができます」
なにが緒方をここまで動かしているのだろう。
自分を変えることは難しい。大人になった今、なおさらそう思う。これまでの経験値を振り捨てて、新しい自分になるには相応の労力がいる。そんな面倒なことをやって見せると宣言する彼の覚悟は、とても好ましいものに見えた。
「実は、彼女とタンデムするのが夢だったんです」
緒方は続けて、恥ずかしそうに言った。
彼がそう言った瞬間、私の中の全ての違和感が繋がって、一つの形となった。
そうして気が付いてしまった。
私はこの人とは生きていけない、ということに。
気が付いてしまえば早かった。
「ごめんなさい」
ガバリと頭を下げて、伝えるべきことを伝える。
「そうですか……」
俯く緒方。その姿に申し訳ないという思いが胸を占拠するも、自分の選択を撤回する気にはなれなかった。
バイクに乗るのは楽しい。友達とツーリングに出かけるのも楽しい。
けれど、後部座席に人を乗せること、それはまた次元の違うことなのだ。
ふらりと一人、砂浜を歩き出す。
私は後部座席に人を乗せたことがない。
それは万が一のことがあった時に責任が取れないからで、どんなに仲が良くても、何度頼まれたとしても乗せることはなかった。
けれども。
彼女ならいいんじゃないかと思うことがあった。
乗せる方法を模索して、結局覚悟がなくて断念したけれど。
乗せたいと思ったことがあった。
緒方は乗せられない。緒方のバイクに乗ることもしたくない。
セリナだけが、私の後ろにぴたりと寄り添ってくれる。
そう気が付いて、目の前がぱっと開けたような気がした。
くるりと振り返って、緒方に駆け寄る。
「緒方さん、おいしいもの食べて帰りましょう!」
「え、ええ……」
落ち込んでいた緒方を連れて近くの海鮮料理屋に入ると、おいしそうなものを片っ端から注文する。
「そんなに注文して大丈夫ですか……?」
「大丈夫です、たぶん。余ったら手伝ってください」
「はあ……」
緒方はしょぼくれた顔を隠そうともしない。
しばらくすると刺身の盛り合わせやハマグリの浜焼きがどかどかと運ばれてきた。
箸を握って、二人で黙々とそれらを胃の中に収めていく。
「……緒方さんはいい人だと思います」
ハマグリを頬張りながらそう口にする。
磯の香りが口の中に広がって、鼻から抜けていく。
「ありがとう……」
緒方はなんとも言えない表情をしながらそう言った。
けれど、彼は気を取り直すように背筋を伸ばした。そうして刺身を数枚つまんで、口の中に放り込んでいく。もぐもぐ。互いの咀嚼音だけがテーブルを支配する。
言葉は必要なかった。
刺身を食べる。あら汁をすする。わかめをかみ締める。
注文した諸々がなくなるのに、そう時間はかからなかった。
私たちはすべてを食べきって会計を済ませ、その場で別れた。
手を振って挨拶をする。振り返りながら、互いに見えなくなるまでその背を見送った。
後には、青い空と穏やかな海だけが広がっていた。
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