キャンプって流行ってる?


「……なにしてるんですか?」

「セルビン作ってる」


ペットボトルの口部分を切って裏返し、切った胴体部分にはめてテープで固定する。

あとは錐でお尻の部分に穴をいくつか開け、流れの緩い深瀬に重しとともに沈めれば完成だ。


「さっき管理人さんに話してたのってそれですか」

「うん」


場所によっては違法になるという話を聞いていたので、念のため確認を取っていた。


「……私、暇です」

「うん」


持ってきていた錐でごりごりと穴を開ける。工作で出たごみはまとめて荷物に突っ込んでおいた。

切断されたペットボトルの中に重めの石を入れて、入口をテープで止める。

丁度返しが付いたような形になって、中に入り込んだ小魚を逃がさないようにする仕組みだった。


小学生がやるような工作だけれど、大人になった今やっても案外面白い。

この前思い出話をし過ぎたせいだろうか。川遊びをした記憶を思い出して懐かしみながら、流れの緩い場所を探す。

緒方もよくセルビンを作って遊んでいたというから、川の場所を聞いてみたら、なんと同じ場所で遊んでいたというのだから驚きだ。


「サキさーん。聞いてますかー」

「うん。ちょっと待って」


グイッと引っ張られた裾に気付きながらも、森の中を流れる川をじっくりと眺める。

目的に適いそうな場所を見つけてぎりぎりのところに膝を付くと、右手を冷たい川の中に突っ込んで慎重に罠を仕掛けた。


「はあ……」


水に濡れて冷えた右手をプラプラさせていると、隣からため息が聞こえた。

すぐにハンドタオルが出てきて、右手をごしごしと拭われる。


「ねえサキさん。今日なにしに来たんでしたっけ?」

「キャンプ」

「そうですね、キャンプですね。誰とですか?」

「……ほっといてごめん」

「……じゃあお詫びにキスしてください」

「なんで」


振り向いた瞬間に頬を捕まえられてキスされた。

すぐにセリナの舌が唇を舐めてきて、僅かに開いた隙間から割り入ろうとしてくる。


「ちょっ……」


引き離そうと肩を押したけれど、逆に腰を捉えられて引き寄せられる。

侵入してきた舌が私の中で好きなように暴れて、セリナが満足して引き上げる頃にはすっかりと身体が熱くなっていた。


「……行きましょうか」

「うん……」


頬を赤く染めたセリナがそう言って、くるりと踵を返した。

私は汚れてしまった口元を袖口で拭いながら、溜まっていた熱い空気を吐き出した。

ひとつ頭を振って気分を切り替えると、その背中を追った。




キャンプサイトに戻ると、ぱらぱらとアウトドアグッズに身を包んだ人や、カラフルなテントが見えた。

こじんまりとした広場を通り過ぎ、いくつかのテントを横目に見ながら歩いて行くと、先ほど張った私たちのテントが見えてきた。

水場からも他の利用客からも少し離れたところに作ったので、辺りはとても静かだった。


こういう場所は昔から好きだ。

子どもの頃も、野山を駆け巡って服を破いたり汚したりしてたから、親によく怒られたっけ。野イチゴはあそこら辺にあった、だとか、ベリーはどこだったとか、先日会話した内容がまたしても頭をよぎっていく。


持ってきたガスバーナーに火をつけて、水を入れた鍋を置いて沸騰させた。

そこにハーブティを入れて煮出し、コップに注いで一息つく。


目の前で立ち上る湯気をぼんやりと眺めながら、ちらりと横目でセリナを窺った。

苦虫をかみつぶしたかのような表情だった。引き結んだ唇が、少し痛々しい。


「どうしたの」

「……誰の事、考えてたんですか?」


ドキリとする。

緒方に会っていたことは言っていなかった。だから、彼のことを思い出していたと正直に言うのも憚られた。

私は逃げるように、この関係が壊れてしまうことを避けるように言葉を濁す。


「誰っていうか、昔のことを思い出してただけだよ」

「……そうですか」


気まずい沈黙が流れて、空気が重くなる。

遊びに来たのに、これでは意味がない。


「かまど、作ろうか。立派なやつ」


このキャンプ場は今時珍しく直火が許可されているところだった。

バーナーでも調理はできたけれど、できればたき火をしたかった。


セリナに目を向けて、了承を得る。

二人でなるべく平たい石を探してコの字型に並べていく。一段では高さが足りないので、石を積んで適当な高さに統一する。


枝を拾ってくべて、着火剤で火をつける頃には、すっかり日が落ちていた。


「材料切っておいてよかったですね」


そう言いながら、セリナが石の上に乗せた網で肉と野菜を焼いていく。

味付けは塩だけだ。荷物の中にたれを入れるのを忘れていたせいだけれど、案外塩だけでも十分だったりする。


満足するまで食べて、食後にノンカフェインのお茶を淹れる。

カップを片手に椅子に座って空を見上げる。都会では見られない数の星が、きらきらと瞬いていた。


「私、夢だったんです」


セリナがおもむろに話し始める。


「子どものころ身体が弱くて、なにかあるとすぐに熱を出してたので、修学旅行とか課外活動に参加したことがなかったんです。だから、キャンプとか昔から憧れだったんですけど、一緒に行ってくれるような人が周りにいなくてちょっと諦めてたんですよ」


そう優しく笑う顔に、やっぱり来てよかったなと改めて思った。


たき火を消すと、深い闇が辺りを覆った。

スマホのライトで足元を照らして、テントの中に潜り込む。


マットと寝袋は事前に敷いておいたので、あとは寝るだけだった。

背後からセリナが入ってきて、テントのチャックを閉める。


ごそごそと寝袋に入ろうとしていると、背後から何かがのしかかってくる。


「それで、誰なんですか」

「だから、誰ってわけじゃ……」


唇が塞がれて、言葉が停滞する。

噛まれて舐められて、啜られて、昼間に仕込まれた種火が息を吹き返す。

頭が痺れてうまく考えられなかった。

いつの間にか狭苦しい寝袋の中にセリナも入ってきていて、まともに動くこともできなくなっていた。


「ちゃんと、私を見てくださいよ」


ぎらりと鋭く光った眼光に、訳もなく腰が震える。

食べられそうな勢いでキスされて、手の届く範囲で身体を撫でまわされる。

それだけで声を上げそうになって、慌てて口をつぐんだ。


ここはテントの中だ。薄い布一枚でしか外界と隔てられていない。

耳を嬲られ、首筋で遊ばれる。


反応する身体を上半身を使って押さえつけられる。

手が下半身に伸びてきて、僅かな隙間を縫って熱くとろけた場所に触れられる。

全身に緊張が走り、思わずセリナの背中に手を回した。身体に挟まれた状態で、指先だけが器用に執拗に私を揺さぶる。


ぎりぎりまで追い詰められていく身体を感じながら、首筋に顔を押し付けて耐える。


違う。これまでの経験とは何もかも。

働かない頭で懸命に思考の欠片を拾い集めていく。


柔らかい。細い。軽い。ヒゲが痛くない代わりに髪が顔にかかって呼吸がしずらい。

追い詰められては緩められて、また追い詰められる。それの繰り返し。

こんなに器用なことが、できるわけがないと思っていた。

同性だからできるのだろうか。それともセリナだからできるのだろうか。

わからない、もう声が抑えられない。

ひとつ声が漏れて、瞬間的に顔を抱き込まれて無理やり抑えつけられた。


溺れているようにもがいて、それでも終わりが見えなかった。

水滴がぱたぱたと額に落ちてくる。

目を開けると、汗と欲望に塗れたセリナがいて、ずっと見られていたのだと悟る。


「私をちゃんとサキさんの選択肢に入れてください」


そうだ。彼女は最初から私の逡巡をわかっていたのだ。

身体の関係はなし崩しに結んでしまったけれど、心まで結ばれているわけではない。


私の目を覗き込む顔には、どこか必死さが入っているようだった。

追い詰められているのは私なのに、彼女も同じように追い詰められている。

その激しさに、めまいがする。


わかった。わかったから。

コクコクと必死に頷いて、その身体にしがみつく。

すぐに脳内でなにかが弾けて、声をぐっと押し殺した。


私は力の抜けた手を持ち上げると、ゆっくりと彼女の頭を撫でた。

湿った頭皮。熱を持った背中。

どうにも、偽善的な行為だ。それがわかっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。

私はしばらく彼女の髪の感触を堪能してから、重力に任せるように意識を低いところへと落とした。

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