雑誌読みたいんだけど


 ソファに寝そべって雑誌を読んでいると、不意に唇が重なってきて呼吸が止まった。

 反応を窺うように何度か軽くついばまれて、何も言われないことに安心したのか味わうように舌で舐められる。

 私は鼻から抜けるようなため息を吐いて、それを受け入れた。


 口づけを通して湧き上がる感情を交換し、視線で絡み合い、遊ぶようにたわいもない駆け引きをする。

 次第に空気が熱を帯び、吐息に色が籠っていく。

 セリナの手がシャツの裾をまくり、中に入り込もうとしてきたところで、ぱっと捕まえた。


「そこまでする気分じゃない」

「え、今結構盛り上がってたと思うんですけど」

「雑誌読んでる途中だったから、続きが気になって」

「じゃあ読み終わったらしましょう」

「もう冷めたから無理」


 セリナに背を向けると、うつぶせのまま手を伸ばして床に落ちていた雑誌を開いた。タンデム走行のコツ、と記載されたページをめくり、じっくりと内容を読み込んでいく。


「もう、いつになったらあの日の続きができるんですかー」


 腰に重みを感じたかと思えば、肩甲骨のあたりにぐりぐりと額を押し付けられる。

 好きなようにさせつつしばらく放っておくと、ゆっくりとわからないくらいのスピードでセリナの手が怪しく背中を辿り始める。


「駄目だって」


 身体を捻ってその手を脇に挟み込むと、セリナが不満の声を上げた。


「いじわるー。バイキンマン―」

「じゃあ早く離れないと風邪ひくね」

「やーだー」


 抱え込んだ手がしがみつくように動かされて、少しくすぐったい。

 セリナは私の背中の上をずりずりと這い上り、肩に顎を乗せて開いていた雑誌を物珍し気に眺める。


「バイク好きなんですね」

「そうだね。……可愛くないでしょう?」

「かっこいいです」

「見た目と合ってないってよく言われる」

「サキさん……、私の外見と中身、合ってます?」

「外見はモデル、中身はバカ」

「ひどい!」


 あははと笑って、雑誌を閉じる。特集の内容を頭の中で反芻しながら、頬をぺたりとソファにつけた。

 今持っているバイクはスポーツタイプだ。タンデムができないわけではないけれど、あまり向いている車種とは言えない。どちらかと言えば、一人で公道をかっとばして楽しむためのものだった。


 背中に乗った重みを感じながら、なおも思考は漂う。


 バイクはただ楽しいだけの乗り物ではない。

 車などに比べて、かなりの危険が伴うものだ。


 私が一人で乗るときは、それなりの覚悟をして乗っている。

 でも、彼女は違うはずだ。

 後ろに乗せて万が一事故を起こした場合、私はその責任を取ることができない。

 本人の同意を得たところで、それは変わらない。


 手を伸ばして傍にある頬に触れると、肌の上を滑らせて顎の形を確かめる。

 小指が唇の端に当たり、半開きの口元で指先を遊ばせる。

 するとパクリと指が咥えられて、湿った口内で今度は指先が弄ばれた。ちらりと見えた横顔が、どこか艶めかしかった。


「……します?」

「しないよ」


 不満を表すように指を噛まれる。

 痛くはないけれど、このままだと指がふやけてしまいそうなので、セリナの口から指を引き抜いた。

 粘性の高い液体がとろりと糸を引いて、私たちを細く繋いだあと、ぷつりと途切れる。


「言ってなかったけど、来週と再来週は会えないから」

「なにかあるんですか?」

「法事、と試験」

「え、今日遊んでても大丈夫なんですか?」

「まあ、平日は勉強ばっかりしてるから」


 私は汚れてしまった指先をどうしようかと考えて、目の前のセリナの服に擦り付けた。

 彼女はそれを見ながら、少し嫌そうな顔をしている。


「今晩なに食べたい?」

「茶碗蒸し」

「ピンポイントすぎじゃない? いいけど」

「いいんですか?」

「いいよ、調べたら簡単にできそうだったし。おいしくできるかはわからないけど」

「買い物行かなきゃですね」

「あとでね」


 カーテンから差し込む西日が、部屋の中をじりじりと照らしていく。


 しばらくすると背中から寝息が聞こえてきた。すうすうと規則正しい呼吸音。つられるように、私も眠くなる。

 目を閉じて、しばしの間まどろみに身をゆだねることにした。

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