バイクは友達(唯一)
風が鳴る。
エンジンのうなりが体と共鳴し、人馬一体となって空気を切り裂きアスファルトの上を滑るように駆け抜ける。
腹に抱いたタンクの丸みが心地よかった。
バイクに乗ったのはいつぶりだろうか。
最初は事故りはしないかと恐る恐る乗っていたけれど、身体は不思議と覚えているもので、今はスムーズに乗りこなせている。
川沿いの道をひた走る。
コーナーを何度も曲がり、気付けば川から離れ、どんどんと斜度の上がっていく道をひたすら登っていく。
目的の場所にはすぐ着いた。
こじんまりとした展望所。遠くには真っ白な雪をかぶった日本アルプスが見えて、私は満足げにため息をついた。
どうすることが正解だったのだろう。
あの日以来何度も何度も考えたことが頭をよぎる。
どうすることもできなかった。
少なくともあの時の私には、何の準備もできてはいなかった。
セリナが繰り返し発していた言葉の意味も、戸惑うばかりでじっくりと考えたことはなかった。
最初は何かの間違いか、冗談だと思っていたのだ。酔った勢いでの勘違いとか、吊り橋効果のようなものだろうと、勝手に思っていた。
冗談ではないとはっきり気が付いたのが、あの夜だった。
適当な言葉に適当な言葉で相槌を打つ。
そして笑って、その場を楽しむ。
それが、それだけが私たちの関係だと思っていた。
風が吹く。
砂埃が舞って、思わず目を瞑る。
セリナはどうしているのだろうか。
あれから連絡がなかった。こちらから連絡することも躊躇われたので、しばらくチャットすらしていない。
その時、ブオンッとマフラー音がして、誰かが展望所に入ってきたことが分かった。
停車できる場所はそう多くない。案の定、私のとなりに青緑色のバイクが停まった。
「あ、Ninja同じですね」
「……そうですね」
「この前最新モデルを衝動買いしちゃったんですよ。かっこいいですよね」
「はぁ……」
バイクから降りた男はバイクの知識をぺらぺらと語り始めた。やれマフラーの音だとか、カスタムアイテムだとか、聞いてもいないことをぺらぺらと。
よくいる手合いだ。
私を与しやすい相手だと思って、一方的にしゃべり続けて悦に浸る。
そんな自己満足に私を付き合わせないでほしい。
私は黙ってヘルメットをかぶると、喋り続ける男に軽く会釈してその場を去ることにした。男が慌てた様子で何かを言っていたが、聞こえないふりをして発進する。
そういえば、今まで付き合った男たちは大体あんな感じだったかもしれない。
そうして私がバイクが好きだとか、競馬場に行くだとか言うと、みな揃って、思っていたのと違う、と言うのだ。
自分の見た目は十分理解しているつもりだった。
よく知らない人には背が小さくて童顔だとよく言われた。
だから、付き合った男たちが見た目につられてしまうのも無理からぬことで。
仕方がない、という諦めと、どうして理解してくれないんだ、という悲しみが胸の内で一瞬だけ交錯する。
エンジン音をBGMに坂を下っていくと、行きがけに見た川に突き当たった。
丁度下りれそうな場所があったので、バイクを止めて川に近付いていく。
ひらべったい石を拾って、川に投げる。石は1回2回と苦しそうに跳ねて、最後にドボンと大きな音を立てて沈んだ。
そういえば、セリナは私のどこがよかったのだろう。
普通にしゃべって、普通に笑って、そんな風に過ごしていただけなのに。どこに愛だの恋だの言う隙間があったのだろうか。
もう一度、今度はもっと軽く薄い石を探して川面に投げ入れる。
ぱしゅっと音がして、尾を引くように水を切って石が水紋を形成していく。
今度は大きい石を抱えて、力いっぱい投げ入れた。どっぼんと鈍い音がして、水しぶきがこちらにまで飛んできた。
セリナに会いたかった。
会って、話を聞いてみたかった。
何もかもわからないままで、このままこの関係が終わっていいはずがない。
私は最後に落ちていた笹を拾って船を作ると、できるだけ穏やかな水面へと流した。
舟はするすると岩の間を進み、どこかの時点で浮力を失って沈んだ。
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