111.満たされる心
「ぐわああああっ!!」
肩を射抜かれたレオンが倒れて叫び声を上げる。驚く一行。すぐに『回復の女神』リーティアが治療を行う。
光線を放ったその少女、アナシスタはゆっくりとクレスト達に近付いて言った。
「ああぁ、ねえ、どうして私だけ、お腹が空くの……、そこに居るのって、お姉ちゃんでしょ……? グラディアお姉ちゃん……、どうしてそんなに幸せそうな顔なの……、ねえ?」
グラディアが妹であるアナシスタに叫ぶ。
「アナシスタ!! 私よ、お姉ちゃんよ!! 恐いことはしないで!!」
アナシスタは首を横にゆらゆら揺らしながら答える。
「何言ってるの……、あなた。意味分からない、私はねえ、お腹が空いたのよ……」
そう言って右手を皆に向ける。クレストが叫んだ。
「気を付けろっ!!!!」
ドン、ドドドン!!!!
「ぐっ……」
アナシスタから放たれた黒き衝動。
咄嗟にクレストが張った魔法障壁によって防がれたが、クレスト自身その威力に驚いていた。
(何だ、今の攻撃? 見たこともないし、それにこの威力……)
クレストは連射を受けたらどれほど持つか分からないと思った。そして大声で言う。
「攻撃はやめろっ!! お前と戦いたくない!!!」
アナシスタはゆらゆら揺れながらそれに答える。
「意味分から……、ない……、私は、お腹が空いたから、食事をするんだよ……」
ドン!!!
「ぐっ!!」
再び放たれる黒き波動。クレストが魔法障壁で防御する。その桁違いの威力に一同が驚く。それを見ていたグラディアが叫ぶ。
「アナシスタ!! アナシスタ!!! 私よ、もう止めて、この人は……」
そんな姉グラディアの叫び声も虚しく、アナシスタは今度は両腕を上げてにやりと笑った。クレストが叫ぶ。
「下がれっ、全員っ!!!!」
「……うるさいのよ。食事の、ジャマするな」
アナシスタから放たれる巨大な黒き爆発。同時にクレストが魔法を詠唱する。
(無の旋律・魔法障壁っ!!!!!)
ド、ドドド、ドオオオオオオオオオオオン!!!!
「ぐ、ぐぐっ……」
クレストが張った魔法障壁にアナシスタの黒き爆発が襲い掛かる。これまでどんな時でも余裕の表情をしていたクレストが、人一倍真剣な表情になる。
後ろに避難したマリア達は更にマーガレットやガガド達が張った防御壁の中で見守る。マリアは前方でひとり戦うクレストの様子を見て心配そうな表情を浮かべた。クレストが思う。
(こいつ、まともに話ができる状態じゃない。俺も全力で行かないとやられる可能性がある。レオンも負傷し、あいつとまともに戦えるのはやはり俺ひとり。だが……)
クレストは少し離れた街の城壁付近でこちらを見つめるエルシオン学園の生徒や多くのローシェルの兵士達を見て思う。
(あんなにたくさんの人の前で力を使えば、俺の『
クレストは大きく息を吐いてから思った。
(でも、今、そんなことを言っている余裕はない。今を守らなければ!!!)
クレストはゆっくりと前に、アナシスタの方へと歩き出す。そしてその少女に対峙すると言った。
「お前の相手は俺がする。正気失っているかもしれないが、全力で行くぞ」
クレストから強力な魔力が四方に発せられる。それは目に見えない渦巻のようにクレストを中心に広がっていく。
魔法に縁のない者でも感じるその圧倒的魔力。ビリビリと感じる痺れの様な魔力。黒いコートの男は本気を出し始めた。
「クレスト……」
それを見たレオンが小さくその名前をつぶやく。アナシスタがくすくす笑いながら攻撃を始める。
「うふふふっ、ジャマよ、ジャマジャマ。食事のじゃま。消えて……」
ドンドン、ドドドオオオオオオオン!!!!
「クレスト先生っ!!!!」
アナシスタからクレストに向けて放たれた黒き大爆発。
辺り一面の地面を削り取り、かなり離れた生徒達の方まで巻き上げられた土が飛び散る。
轟音、爆音。衝撃、狂気的な波動。
どれをとっても人が成し得る技ではなかった。
そして皆が心配して見つめる中、黒炎と砂埃が消えるとそこには結界を張ったクレストが立っていた。無傷のクレストが言う。
「いい攻撃だ。俺がしっかりと基礎から教えてあげたい位の素材だ。だがその前にお礼だ。手加減なしで行く、死ぬなよ」
「うっ!?」
クレストの視線がアナシスタの中にある何かに突き刺さる。同時にクレストが魔法を詠唱する。
「火の旋律・バインドファイヤ!!」
火のロープがアナシスタの自由を奪う。
「炎の旋律・イグニスヴァーン!!!!」
続けて溶岩の様な灼熱球が現れ動けないアナシスタに落とされる。
そこからはクレストの連続魔法が一方的に発せられる。
「
「音の旋律・サウンドクラッシュ!!!」
あまりにも速く、そして連続で発せられる魔法に一同が驚きの表情を浮かべる。そしてクレストが精霊を感じる。
(ああ、いい音だ。お前らも聞こえるだろ? この旋律。まるで上質なクラッシックを聞いているような美しい音階。……こんなにも応えてくれて、ありがとう)
そして精霊達に感謝を伝えると、その魔法を発動した。
「天の旋律・神の裁き」
アナシスタの上空遥か彼方から、真っ白な神々しい雷が落とされる。
無音。
その場にいた誰もが、そんな激しく輝きながら落ちる白雷の音が不思議と聞こえなかった。音のない空間。そこにまるでスローモーションのように空を伝わり、そして目的へと落とされる白雷。
そしてそのすぐ後、その衝撃音が皆に響いた。
ドドドド、ドオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「きゃああ!!」
衝撃と爆風、そして太陽のように光る白光に怯え、皆が身を屈める。
どのくらい時間が過ぎたのだろうか、レオン達が顔を上げると先ほどと変わらぬ場所にクレストが立っている。そしてその先には横に倒れる少女の姿が見える。
クレストは青空が戻った空を見上げふうと息を吐くと、先で倒れているアナシスタの元へと歩き出した。
クレストの全力の攻撃を受け気を失い倒れているアナシスタ。クレストは未だに残る邪気を祓おうと、一応魔法を唱えてみた。
「無の旋律・
そう唱えると倒れているアナシスタの体が白く光り始める。そして抜ける邪気。クレストが驚きながらその黒いもやを見つめる。
(あれ? まだ魔法が使える? 『沈黙の旋律』がまだ残っている?)
クレストが周りを見回すとある異変に気付いた。
(生徒達が、兵士が倒れている? ……この感じは、えっ、これは魅了!?)
クレストは街の方にいた生徒や兵士達がみな、魅了に掛かって倒れているのに気付いた。そしてレオン達の方を見ると嬉しそうに手を振るアーニャの姿がある。
(まさか、あいつ、全員に魅了を掛けて、眠らせた……!?)
いつの間にか、クレストとの旅で鍛えられたアーニャ。クレストの
「う、ううん……」
目を覚ますアナシスタ。
クレストがゆっくりと近付きその顔を見る。
(邪気が抜けて、もう大丈夫だな……)
既に先ほどまで発していた強大な魔力はなくなっている。そして少し目を開けてクレストを見つめている。アナシスタが小さな声で言った。
「お腹、すいたよ……」
「ああ、分かってる」
クレストはアナシスタの傍に腰を下ろすと彼女の体を半身起こし、そして懐の袋にあった食べ物を取り出し食べさせた。アナシスタが口を開けて食べ物を頬張る。
「もぐもぐもぐ……、美味しい……」
疲れていたアナシスタの顔に笑みが浮かぶ。クレストが言う。
「たくさん食べな。遠慮するなよ」
「うん」
アナシスタはクレストが差し出す食べ物を両手で持って美味しそうに食べる。満たされるお腹、そして心。自然とその頬に涙が流れた。
――これだ、これだよ。満たされて行く。私が、満たされて行く……
アナシスタはクレストの顔を見てにっこり笑い、また食べ始めた。
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