110.愛しき人

「クレスト、遅いぞ!! 何やっていたんだ!!」


ボロボロになったレオンがクレストに怒りながら言う。クレストは皆に回復魔法を掛けながら答える。



「いやー、すまん。帰りに色々あってな。これでも全力で帰って来たんだが……」


「マリア先生も、アーニャ君も無事で良かった」


レオンの言葉にマリアが答える。



「お、遅くなりまして申し訳ございません。学長」

「帰ったにゃ~」


ガガドが言う。


「がはははっ、これで久しぶりに『勇者パーティー』が揃ったわけだな!! そうじゃろ、マーガレット」


皆の輪の外で下を向いて黙ったままのマーガレットが、ビクビクしながら顔を上げて言う。


「お、お師匠……」



クレストは同じくボロボロになったマーガレットを見つめる。マーガレットが言う。


「本当に、本当に申し訳ございませんでした!!」


レスターも同じく頭を下げる。クレストが言う。



「お前らの力が戻ったってことは、そういう事なんだろ? それよりもみんなを、俺の生徒達を守ってくれてありがとう」


そう言ってクレストは回復魔法を唱え、折れたままのマーガレットの前歯を治した。


「お、お師匠……」


マーガレットは大粒の涙をボロボロ流しながらむせび泣いた。クレストはマーガレットの頭を子供のように撫でた。マーガレットが思い出す。



(ああ、思い出した……、昔、魔法を学び始めた頃、ひとつ出来るようになると、こうやってお師匠に頭を撫でて貰った。嬉しかった。やっと俺、戻って来れたんだよな、みんなの所に……)


マーガレットは下を向いて止まらない涙を拭った。クレストがマリアとアーニャに向いて言う。



「マリア先生、アーニャ。みんなの回復や避難をお願いします」


「あ、はい!」

「分かったにゃ!!」


そしてクレストはグラディアの方を向きながら言った。




「さて、じゃあ俺はあいつの相手を……、って、ええっ!?」


気が付くとグラディアがを流しながらこちらに歩いて来ていた。驚くクレスト。グラディアは歩きながら思う。




(あの黒いコート、穏やかな声、そして優しい魔力……、忘れもしない。昔、魔界で怯えていた私達姉妹を見逃してくれて、そして食べ物をくださったお方。クレスト様……、クレ様……)


「クレ様っ!!!」


「ひゃっ!?」


グラディアはクレストの目の前に来ると、涙を流しながら思いきり抱き着いた。その光景に驚く一行。グラディアが言う。



「ずっと、ずっとお探ししておりました……、貴方にお会いしたくて、ずっとずっと、お慕い申しておりました……」


急に恋する乙女のような顔つきになったグラディアが上目遣いでクレストに言う。そして小ぶりだがその意外と張りのある胸がギュウギュウと押しつけられる。嬉しさ半分、戸惑い半分のクレスト。グラディアに言う。



「ちょ、ちょっと待て!? 俺はお前なんて知らないぞ! いや、会ったことないだろ。だ、誰かの間違いじゃないのか!?」


グラディアは首を横に振って答える。


「いいえ、そんなことはございません。貴方のことはずっと覚えております。忘れることはありません」



そしてグラディアは昔魔界でクレストに会った時の詳細を話した。


「ああ、そう言えば、食べ物あげた記憶が……」


クレストはボロボロの格好で怯える魔族の少女に手持ちの食べ物を与えたことを思い出した。レオンが言う。


「確かにそこへは行ったが、お前、俺達に黙ってそんなことをしていたのか?」


クレストが焦って答える。



「い、いや、だって、怯えていたし、邪気はなかったし、無暗な殺生はいかんだろ?」


「だからって、一歩間違えれば俺達が……」



「ク、クレスト先生!! これは一体どういうことなんですか!!!」


いつまでもグラディアに抱き着かれているクレストに、ぷっくり顔を膨らませて怒るマリアが言う。クレストが慌てて答える。



「い、いや、これはその、お、おい! お前、いい加減に離れろっ!!!」


そう言って無理やりグラディアを放すクレスト。


「きゃ、いやん!」


そう言って色っぽい声を出すグラディア。更に離れた際に服の一部がはだけ、グラディアの肌が露出する。それを見たクレストが鼻の下を伸ばす。



(ぐはっ!! な、何だか知らないけど、か、可愛い魔族だぞ!! 色っぽく成長したみたいだし。アーニャも魔族だろ? 今回の旅でもランジェリカとかエッチな魔族と会ったりしたんで、ここはひとつ『魔族ハーレム』ってのもいいかも……)


ガン!!


「痛って!!」


すかさず後頭部を殴りつけるマリア。



「ま、またいやらしいことを考えて!!! こんな時に!!!」


「い、いや、これは違って……」


ふたりのやり取りを見てたレオン達が思った。


(夫婦か? このふたりは……?)



クレストが言う。


「おい、お前」


「グラディアですぅ。名前で呼んでくださ~い」



「うっ……、グ、グラディア。とりあえずお前の邪気を祓うぞ。いいか?」


「私は既にクレ様のもの。お好きにどうぞ」


「うっ、わ、分かった。……無の旋律・邪気修祓じゃきしゅうばつ)


魔法を掛けられたグラディアから、これまで放っていた強い邪気がどんどん抜けて行く。そしてすっきりとした顔になったグラディアが言った。



「これで私は、心も体もクレ様のもの、ですね?」


「バ、バカ言うな!! 意味が分からんぞ!!!」


予想以上に可愛いグラディアを見て、クレストが顔を赤らめて言う。マリアが怒って言う。



「な、何でそんなに嬉しそうに話すのよ!!」


「へっ? う、嬉しい……?」


最早クレストにはマリアが何を言っているのか良く分からなかったが、とりあえず怒っていることだけは分かった。レオンがグラディアに尋ねる。



「……で、ええっと、グラディア。これからどうするつもりだ?」


グラディアが髪をかき上げながら答える。


「うーん、クレ様と暮らす、かな?」


「はあっ?」


その言葉に驚くクレスト。グラディアが続ける。



「あとはこの街でお菓子とかお買い物とか、うん、まずはそれだね!」


本当にただの少女になってしまったかのようにグラディアが嬉しそうに言う。マリアが慌てて言う。



「だ、だめよ!!! そんな一緒に住むなんて、わ、私だって!!!」


そこまで言い掛けたマリアが手を口に当てて顔を真っ赤にする。それを笑ってみていたリーティアが言う。



「何だお前達、まだ夫婦の契りは結んでおらんのか?」


「ふ、夫婦の契り……」


クレストは何とも魅力的な言葉にまた妄想を始める。



(マ、マリア先生と夫婦の契り! ああ、あの素晴らしく『えちえち』なマリア先生の体を毎晩弄んで、あんな事やこんな事をふたりで……)


「ぐふふふふっ……」


「お、お師匠……?」


流石に師の変態面に気付いたマーガレットが顔をしかめる。マリアが叫ぶ。



「ク、クレスト先生っ!!!」


「ひゃい!!!」




その時だった。


シュン!!!


「えっ!?」



突如後方より放たれた魔力光線。

それは戦いがひと段落して気を緩めていた一行に向けて放たれた邪を含む光線。


その光線はクレストの話を笑って聞いていた『救世の英雄』レオンの肩を貫いて、空へと消えて行った。



「ぐわああああっ!!」


肩に穴を開けられ流れ出る流血を手で押さえながらレオンが倒れる。皆が叫ぶ。


「レ、レオン!!!!」



クレストが光線を放った先を見つめる。



「……少女!?」


そこにはボロボロの服を着た少女が立ちこちらを見ている。その少女が小さな声でつぶやく。



「お腹減ったよ。こんなに苦しいのに、お姉ちゃん、なんで笑ってるの……、私、お腹減ったんだよ……」


それを見たグラディアが信じられない顔をして言う。



「ア、アナシスタ……、アナシスタなの……?」


魔界で引き裂かれた魔族の姉妹は、数奇な運命を辿ってここ地上で再会を果たした。

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