107.レオンの涙

「兄さん、ジーク兄さん!!」


魔騎士ジークは目の前の男が発する言葉の意味が理解できなかった。



「俺はジークだが、お前など知らぬ。何を言う?」


ジークは愛用の槍を構えてレオンに言う。レオンは剣を下げ、目の前にいる探し求めていた兄に言った。


「兄さん、私です。レオンです!! あなたの弟のレオンです!!!」



「レオン……」


ジークも槍を下げてその名前を小さくつぶやく。それを後方で見ていたグランディアが言う。


「えー、なに? 兄弟なの? うっそぉ!? マジマジ? 涙の再会ってやつ? って言うかふたりとも、超イケメ~ン!!」


そんな声も聞こえないふたりがお互いを見つめ合う。ジークが思う。



(確かに、確かに何か既視感を感じる。ローシェル、レオン、そしてこの槍……)


ジークは美しい紋章の入った槍をレオンに見せて言う。


「この槍を、この槍を知っているか?」


レオンはジークが差し出した槍を見て即答する。



「当然です。それが何よりの証拠、それはジーク兄さんが国王から授かったローシェルの槍。その槍を持つ者は世界にただひとり、ジーク兄さん。あなただけなんです!!」


「……」


ジークの頭の中で蘇る槍を使った魔物達との戦い。気付いた時には手にしており、どんな武器よりもしっくりと手につく槍。



「ううっ……」


ジークを締め付けるような頭痛が襲う。


(俺は、俺は魔騎士ジークではないのか……、誇り高き魔族。魔王と共に歯向かう敵を殲滅させるのが使命。だが、分からない……)


ジークが槍を握り締め、そして構える。



「兄さん……」


レオンがジークに声を掛ける。ジークが言う。


「お前が誰だかは知らない。もしかしたら本当に弟かもしれない。だが……」


ジークの邪気が上がる。



「私はグランディア様に仕える『魔騎士ジーク』。さあ、剣を構えよ、ヒト族の勇者よ」


「兄さん……」


レオンはジークの目を見つめる。

迷いのない真っすぐな目。たとえその相手が兄弟だろうと何だろうと手加減、容赦なしに向かって来るだろう真剣な目。レオンも持っていた勇者の剣を握り締め、そして構えた。



「分かりました、兄さん。及ばずながらこのレオン。お相手します!!」


レオンの目から涙が流れた。






「ねえ、クレスト先生。まだ着かないのかしら」


ローシェルへ向かう船上、甲板にいたクレストにマリアが言う。クレストが答える。


「ええ、まだしばらく掛かります。早く戻りたいのはやまやまですが……」


「風魔法で飛んでいくのは無理なんですか?」


クレストが答える。



「行けないこともないですが、流石の私も着く頃には魔法力が激減してしまって戦いになりません。ある程度近付けばいいんですが……」


「そうですよね……」


クレストが尋ねる。



「マリア先生、(戦いの)覚悟はできていますか?」


少し驚いた顔のマリアが答える。


「い、いえ、まだ、(ハーレムの)覚悟はできていないです。やっぱり私は……」


クレストはマリアの手を握って言う。


「大丈夫です、私が付いていれば。何も心配しなくてもいいです!!」


マリアが顔を赤くして答える。



「いや、だからちょっと心配と言うか……、あ、クレスト先生のことは嫌いじゃないですよ」


クレストは驚いた顔をして言う。



「嫌い? よ、良く分かりませんが、私にすべて任せて貰えれば大丈夫です。マリア先生は、ただじっとしているだけでいいです!!」


「えっ!? た、ただ、じっと……、ですか?」


マリアは色々な妄想、ハーレムの中でじっとした自分がクレストに色々な事をされる絵を頭の中で浮かべ、顔中が真っ赤になる。そしてクレストの手を振りほどくと走り去りながら言った。



「も、もうちょっと考えさせてください!!!」


タタタタッ……


「マリア先生……」


クレストは危険な戦いに臨むマリアの心情を考え、改めて自分自身に気合を入れた。






「はあ、はあ……」


レオンは魔騎士ジークの容赦ない槍裁きを、重い腕を振って剣で跳ね返した。ジークが言う。


「見事な剣だ。さすがに勇者と呼ばれることはある」


昇華ブースト掛けて貰っています。私の力じゃありません」



ガンガンガン!!!


レオンの剣撃にジークも槍で応戦。一進一退の攻防に両軍が見つめる。レオンは兄ジークと戦いながら、幼き頃のを思い出していた。





「ぐはっ!! ちょ、ちょっと待って、ジーク兄さん!!」


幼きレオンは既に年少ながら槍聖と呼ばれていた兄のジークに吹き飛ばされ、両手を上げ降参の仕草をした。ジークが槍を地面に突き立てて言う。


「レオンの剣も見事なもんだぜ。同年代なら誰にも負けないはずだ」


レオンが起き上がって言う。


「そうかもしれないけど、僕は誰にも負けない勇者になるんだ!」


ジークが笑いながら言う。



「あはははっ、それはレオンらしい。是非、強い勇者になってくれ。でもその前に……」


ジークが再び槍を構える。そして言う。


「俺ごときに負ける訳にはいかんよな、勇者レオン!!!」


カンカン!!!



「うわあああ!!!」


ジークの槍の前に、簡単に剣を吹き飛ばされるレオン。泣きそうな顔をしてジークに言う。


「無理だよお、兄さんには勝てないよ……」


ジークが言う。


「そんなことはない。誰にだって弱点はある。それを見つけて突破口にするんだ」


「兄さんにもあるの?」


「当たり前だ」


「なに?」


「そんなの簡単には教えられないよ」


「えー、教えてよ!!」


ジークは少し考えてから言う。



「じゃあ、今日のおやつ、俺にくれるか?」


「うっ、う、うん。いいよ……」


レオンは泣きそうな顔をして答える。ジークは笑いながら言う。


「あはははっ、じゃあ教えてやる。俺の弱点は……」





ガンガンガン!!!


「ぐはっ!!」


怪我をして重い体のレオン。速過ぎるジークの槍裁きに徐々に対応しきれなくなる。体には既に無数の槍傷が付けられ、そこから血が溢れている。ジークが言う。


「殺すには惜しい男だ。どうだ? お前も魔族になって大魔王グラティア様に仕えて見ないか?」


レオンは大きく息を吐いてから剣を構えて言った。


「それは例え兄さんからのお誘いでも私には受けられないこと。お気持ちは嬉しく頂戴します」



ジークはボロボロになって今にも倒れそうなレオンを見て言った。


「そうか。お前を見ていたらそう言うと思った。じゃあ、俺が引きずり込んでやろう」


ジークはそう言うと槍を天に掲げ気合を入れる。



「はあああああっ!!!!」


みるみる上がるジークの邪気。

レオンはそんな兄をじっと見つめる。やがて明るい空に真っ黒な雲が現れる。驚く周りの兵士達。そして真っ黒な雲はゴロゴロと激しい雷鳴を鳴り響かせ、ドーンと言う音と共にジークの槍へと雷を落とす。


バリバリ、バリバリ……


天に掲げたジークの槍に宿る黒き雷光。ジークはそれをゆっくり下すとレオンに向けて言う。



「受けよ、我が奥義」


レオンも剣を構える。ジークが叫ぶ。



「奥義・雷撃創波斬らいげきそうはざん!!!!」


ジークは雷で振動する槍を持ち光速でレオンに迫る。剣を構えるレオン。そして思い出す兄の言葉。



――レオン、俺の弱点はな、強い技を出す時に、槍を強く握り直すところ。そこに一瞬の隙ができるんだよ……



(兄さん……)


レオンは向かって来る兄ジークの姿を見て、幼き頃のその姿と重なった。


(兄さん、ジーク兄さん、ありがとう、ずっと大好きでした。そして……)



「はあああああっ!!!」


間合いまで来たジーク。槍を繰り出す瞬間、握り直したのか一瞬動きが止まる。



――今っ!!


「奥義・天翔斬てんしょうざん!!!!」


シュン!!!


一瞬の隙を突いたレオンが、下段より光のような鋭い一撃をジークに放つ。



「ぐわあああああっ!!!!」


後方に吹き飛ばされるジーク。

それにレオンは涙を流しながら跳躍し、剣を振り上げる。



(……そして、さようなら。兄さん)



光波こうは昇天斬しょうてんぎりっ!!!!!!」


ザンザンッ!!!!



「ぐわあああああっ!!!!」


レオンの光輝く剣を受けジークは宙に舞い、そしてドンと言う音を立て地面に落ちた。その体からは真っ黒な血が流れ出す。



「はあ、はあ、……に、兄さん!!!」


レオンが駆け足で倒れたジークの元に駆け寄る。仰向けになったままのジークが空を仰ぎながら思う。



(いい空だ。真っ青で美しい。そう、あの日も、皆に見送られたあの日も、こんな素晴らしい青空だったよな……)


ジークの体はレオンに斬られた個所からボロボロと灰になって崩れていく。



「兄さん、ジーク兄さんっ!!!!」


ジークが気が付くと、のレオンがすぐ近くで泣いていることに気が付いた。ジークが言う。



「どうした、レオン。男が人前で泣くなど恥ずべきことだぞ……」


「に、兄さん!?」


レオンが驚いた顔をする。不思議がるジーク。レオンが言う。



「兄さんですか? ジーク兄さんなんですか!!!」


ジークが少し笑って言う。


「当たり前じゃないか、俺はジークだ」


レオンがジークの体に顔を埋めて泣き叫ぶ。



「兄さん、兄さん、私は……」


ジークは泣き叫ぶ弟の頭に手を乗せて言う。


「一体何があったのか知らないが、俺はもう死ぬようだな。……ひとつ教えてくれ、レオン。俺はお前達に……、何か、迷惑を掛けなかったか……?」


既に話すことも上手くできなくなったジークがレオンに尋ねる。レオンが顔を上げて答える。



「勿論ありません、兄さん……」


レオンは崩れ行く兄の手を握り締めて言った。


「あなたは、あなたは私にとって最高の兄でした。ありがとう、ジーク兄さん」


「そうか……、それは良かっ……、ぁ……」



レオンの剣は魔族を浄化させる剣。

それは魔族となった兄ジークを完全にこの世から消し去る剣であった。



バタン


ジークが消えた後、すぐにその場に倒れるレオン。

彼自身もすでに体力の限界であった。


(あれは、兄さんの槍……)


レオンの目の前にはローシェルの紋章が入って美しい槍が落ちている。ゆっくりとその槍に手を伸ばすレオン。そして兄が愛用していた槍を握り締めながら目を閉じた。



(兄さん……、あなたの弟で本当に良かった。頼りない弟をそちらから見守っていてください……)


レオンは倒れたまま涙を流し意識が遠くなって行った。

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