19.とある小道具屋の客
「お、お父様。ちょっとお話が……」
ムノンはクレストとの訓練を終え家に帰って食事を済ますと、ひとり書斎にいる父親を尋ねた。急に現れた娘に父親が言う。
「何だ? 話とは?」
ムノンはばつの悪そうな顔をして言った。
「あ、あの、少しお金を貸して欲しいのですが……」
「金? どうしてだ? お前にはちゃんと必要な分は渡しているだろ?」
「え、ええ、そうなんですが……、どうしても欲しいものがあって……」
父親は少し怒った顔をして言う。
「何を我がまま言ってるんだ。そのようなお金はない。欲しければ自分で働きなさい」
「お、お父様……」
父親はムノンに背を向けてぶつぶつ言い始める。
「まったくあのバカ教師といい娘といい、あのくだらない学園に入れてからすべてが悪くなっている。レオン様の学園じゃなければ即退学させてやるのに……」
ムノンは既に自分の存在などないように独り言を言う父親を見て、静かに部屋へと戻った。
(どうしよう、お金、全然足りない……、何をされるか分からないけど私が我慢すればいいのかな……、それとも先生に相談……、いえ、そんなこと……)
ムノンはひとりベッドの上に座りながら首を振って涙を流した。
「ごめん、ムノン!!」
講義の後、いつも通り魔道館に入ったムノンにクレストが開口一番謝った。
「え、せ、先生。どうしましたか?」
驚くムノンにクレストが説明する。
「いや、昨日、お前のお父さんにあったんだけど、ちょっと話するはずが、ああ、なんだ、そのお、まあ、少し喧嘩と言うか、言い争いじゃないんだけど、男の話がだなあ……」
「喧嘩?」
「い、いや喧嘩はしていない。ちょっと気まずくなっただけで……」
「うふふふっ」
「ん?」
突然笑い出したムノンが言う。
「やっぱりそうでしたか。昨日お父様の機嫌が特に悪かったもので……」
「そ、そうか。そうだよな……」
クレストはばつの悪そうな顔をする。ムノンが言う。
「全然気にしてませんから、さあ、練習始めましょう!」
「あ、ああ……」
クレストはムノンの優しさに救われた気分になった。
「うーん、う、うーーーーん!!!」
しかし一生懸命毎日練習するムノンの努力とは裏腹に、彼女の魔法開花の気配は一向に感じられなかった。
理由は明白で、彼女の気持ちの問題。自分を認めることができず常に自己否定する。それを克服すれば十分可能性はあるのだが、現実はそんなに甘くはなかった。一生懸命に頑張るムノンにクレストが声を掛けた。
「ちょっと休憩にしようか」
「はい」
腰かけるクレストの隣に密接するように座るムノン。最近ずっとこのような形で座るようになっていた。
(ち、近い……)
服を着ていても感じるムノンの体温。少女と汗の匂いが混ざった独特の甘酸っぱい香り。隣にいるだけでクレストの頭はぼうっとしてくる。そんなことに全く気付いてなさそうなムノンが言った。
「先生、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
ムノンの顔は真剣と言うより深刻と言う表情だ。
「んっ? あ、ああ、なんだい?」
ムノンがクレストを見て言う。
「飲むだけで、そのぉ、魔法が使えるようになる薬ってあるんですか?」
「飲むだけでか?」
「はい。冒険者時代の産物とかで……」
クレストは世界各地を巡った記憶を呼び起こす。魔力や体力を一時的に強化する薬はあったが、魔法を開花させる薬など聞いたことはない。ムノンに言う。
「うーん、聞いたことがないなあ。あるのか、そんなもん?」
ムノンは正面を向いて小さな声で言った。
「分かりませんが、そう言われて、あのぉ……、実はちょっと前に買ってしまって……」
「買ったのか? どこで?」
真剣に聞くクレストに驚いたムノンがすぐにその場所を教える。
「路地裏の小道具屋……、ご、ごめんなさい……」
ムノンはやはりくだらないことを言ったと思いすぐに謝った。
「あ、あの、先生……?」
クレストが真面目な顔をして尋ねた。
「ムノン、いくらで買ったんだ? 正直に教えてくれ」
ムノンはちょっと下を向いて再びクレストの顔を見る。そして叱られるのを覚悟して正直にすべてを話した。高額な代金、それが払えずに困っていたこと。父親にも拒否されたことすべてを。
「そうか、そんなことが……、分かった」
「お、怒らないのですか……?」
ムノンがクレストに言う。
「怒る? どうしてだ? 教えてくれてありがとう」
「えっ……」
てっきり叱られるものだと思っていたムノンは逆にお礼を言われて一瞬戸惑う。
「さあ、練習に戻るぞ」
「あ、はい!!」
ムノンは不思議な嬉しさをかみしめつつ、再び魔法を唱えようと必死にうなりだした。
「それなんだい? おっさん」
「ん、これか?」
クレストは暗くなった路地裏にあるとある小道具屋に来ていた。店主は真っ黒なローブを着たクレストを見て少し警戒したが、並べられた小瓶の薬に興味を持ったのですぐに説明を始めた。
「兄さん、お目が高い! これはな、あの冒険者時代の産物で、飲めばなんと魔法が使えるようになるちょーすげー秘薬なんだよ!!」
店主は少し興奮気味に話す。クレストはその瓶を持って中身を見る。中には何かの液体が入っているようだ。クレストが言う。
「じゃあ、こいつを貰う」
「まいどあり!! 代金は……」
そう言おうとした店主にクレストが言う。
「代金はこいつを調べてから払う」
「は?」
驚く店主にクレストが言う。
「これから王立薬剤研究所にこいつを持って行って調べさせる。それでもし本当にそんな効力があるのなら、すぐに代金を支払おう」
それを聞いていた店主の顔が段々赤くなる。
「お、お兄さん。悪い冗談ならその辺にしときなよ……」
クレストがローブの中から睨んで言う。
「冗談? この薬が冗談だと言うのか?」
「き、貴様!!!」
店主は右手を上げると、素早くクレストに殴り掛かった。
シュン!!
それを軽くかわすクレスト。店主は懐に入れてあった笛を取り出し、思いきり吹いた。
ピーーーーーー!!!!
甲高く鳴り響く笛の音。
店主はそのまま店内に逃げ込み、クレストもそれを追うように店の中に入る。店内に並べられたたくさんの薬。どれもこれも怪しそうな物ばかりだ。
店主は店の奥に立ち、勝ち誇った顔で追って来たクレストに言った。
「お前何者だ? 誰かは知らねえが、俺達に探りを入れて生きて帰って者はいねえんだぞ!!」
そうしている間に続々と屈強な男達や魔導士らしき輩が現れる。クレストが言う。
「そうか、じゃあ俺がその最初のひとりになるんだな」
店主が叫ぶ。
「やっちまえ!!!!」
その声を合図に大声を上げてクレストの襲い掛かる男達。クレストは深くフードを被りながら心の中で魔法を詠唱する。
(無の旋律・
ズンッ
「うっ!?」
店内、そして男達に突然何か重い圧力が上からのしかかる。強烈な圧力でそこにいた皆が床に押し付けられる。男達が言う。
「こ、これは、魔法!? だ、誰が? ……あ、あいつなのか?」
男達は重力で抑え込まれ、地面に這いつくばりながらクレストを見上げる。店主が男達に叫ぶ。
「な、何やってるんだ!! 早くやれ!!!」
男達が少しだけ笑みを浮かべて言う。
「へ、へい! 今すぐ……」
床に押さえつけられている店主が苦悶の表情を浮かべて言う。
「こ、こんな高位魔法、す、すぐに魔法力切れで、バ、バテるはず……」
強がりながらも全く動けない店主にクレストが言った。
「ほお、じゃあ、やってみるか?」
その時後方にいた魔導士達が悲鳴のような声を上げる。
「や、やめろ、くだらない挑発は!! 嘘じゃない、この男の言ってることは嘘じゃないんだ!!」
魔導士達は店主に強く言う。更に身を震わせながら言った。
「いるんだよお、大量の精霊が。部屋を埋め尽くすほどの大量の精霊が!!!」
「な、なに!?」
その言葉に驚く一同。それは目の前のローブの男がちょっと命令を下せば、一瞬でここにいる者達全てを潰せることを意味する。腕を組んだままのクレストが尋ねる。
「なあ、教えてくれ。ここにこのインチキな瓶を買いに来た貴族令嬢がいたろ?」
「う、うぐ……」
店主はクレストを見たまま答えようとしない。クレストが言う。
「あ、そう」
ズン!!
「ぎゃあああ!!!!」
更に重力が増し一同を押し潰す。魔導士達が店主に叫ぶ。
「い、言うんだ!! こいつ無詠唱に
それを聞いた店主が震えながら青い顔をして言う。
「い、いた。先日、売った……」
クレストが言う。
「よろしい。では他の誰かにも売ったと思うがそのお金、全部返してこい。明日中に」
「え、そ、そんなこと無理……、ぎゃああああ!!!!!」
クレストが体を半部潰されそうになっている店主に腰を下ろして言う。
「できるよな? 簡単だよな?」
「は、はい……」
クレストはさらに続ける。
「ええっと、それからこの店も明日中に閉めること。いいな?」
「そ、そんなあ……」
「嫌なら俺が手伝ってやる。簡単さ、このまま潰すだけ。お前らごと」
「ひ、ひいいいい!!! わ、分かりました。やります、やります!!!」
男達は泣きながらクレストに返事をした。
「よし、じゃあいいだろう」
そう言って魔法を解除するクレスト。男達に言う。
「当然だが、お金を返した後、二度と彼女らに近づくなよ。近づいたらどうなるか分かってるよな?」
「は、はい……」
店主や男達はもはや抗う気力は一握りも残っていなかった。
「それじゃあ、元気でな」
クレストはフードを深くかぶり直すと店の出口へ向かう。店主が尋ねた。
「あ、あんた、一体何者なんだ?」
クレストは背中越しに答える。
「お前らに名乗る名前はねえ」
バタン
扉を閉めて出て行くクレスト。男達がつぶやく。
「あんな規格外の奴がこの国にいたのか……、勇者レオンじゃあるまし……」
男達は改めて相手にした奴の凄さ、そして今命がある事に安堵を覚えた。
「さーて、明日は保護者参観か。ムノン、頑張れよ」
クレストは奇麗な月を眺めながらひとり街中へと消えて行った。
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