20.初めての魔法
保護者参観日当日。
クレストは緊張する生徒達の前で言った。
「何も心配することはない。日頃のお前達を見せてやればいい。楽しめ!! それだけだ」
「はい!!」
特別な魔法衣に着替えた生徒達が元気に返事をする。クレストは歩きながらムノンに小さく声を掛けた。
「頑張れよ」
そして肩をポンポンと叩く。大きく頷くムノン。
そして大勢の保護者達が見守る中、生徒達の魔法演武が始まった。
ドン、ド、ドオオオオン!!!
次々と発せられる様々な魔法。
冒険者時代が終わり、一部では興行の見世物と言う側面すら持ち始めた魔法。扱える者が少なくなってきたこの時世、派手な魔法の使い手はそれだけで絵になった。
ドンドン、ドドーーン、ドオオオオン!!!!
「おお!!」
魔法が得意な生徒達が次々と強力な魔法を披露する。特別に用意された標的用の特大人形が派手な音を立てて破壊されていく。その都度、観戦に訪れた保護者達から歓声や拍手が起こった。
(やっぱり来てないな……、ムノンの親御さん)
クレストは教員席に座りながらぼんやりと保護者の顔ぶれを見つめていた。司会の学生が叫ぶ。
「それでは次、ムノン・テーラスタさん!!!」
生徒からは大きな拍手、そして保護者からはパラパラとした拍手が起こる。名前を呼ばれて緊張した面持ちのムノンが皆の前に現れ一礼する。
無言で見つめるクレスト。同じく無言で目の前の人形を真剣に見つめるムノン。そしてゆっくり右手を上げて魔法の詠唱を始めた。
(落ち着いて、落ち着いて。感じるの、同調、調和……)
ムノンは右手を上げたまま同じことを何度も心の中で繰り返す。
静まり返る会場。ムノンの額を流れる汗。持ち時間終了の鐘を持つ学生がムノンを見つめる。
そしてムノンは目を大きく開け、叫んだ。
「火の旋律・ファイヤ!!!!」
「…………」
静かな会場にムノンの声だけが響いた。
泣きそうな顔になるムノンが思う。
(出なかった、やっぱりできなかった……)
無情にも会場にいた精霊達はムノンの呼びかけに応じることはなかった。
ガタガタと震え始めるムノン。手が震え、顔が震え、そして心が震え出した。
『何あれ、魔法、全く出なかったじゃん』
『え、あれで魔法科? どうなってるの?』
騒めく保護者席。ひとり震えて佇むムノンを前に心ない声が発せられる。それは小さくない雑音となり生徒が座る席にまで届いた。
「いくら何でもあれは、……えっ!?」
教員席で座っていたマリアが怒りを露わにすると、突然隣から強烈な魔力が発せられた。
ドオオオオオオオオオオン!!!!
「きゃああ!!!!」
これまでの生徒達とは比較にならない程の大きな爆音がムノンの標的の人形で起こる。跡形もなく砕け散る人形。空に登る黒煙。
大きな悲鳴を上げながら、一体何が起こったのか理解できない保護者達。しかしもくもくと煙を上げ燃え盛る爆炎は騒めいていた保護者を一瞬で黙らせた。マリアが立ち上がってクレストを見て言う。
「クレスト、先生……?」
クレストは教員席から歩き出し、震えるムノンの前に立って保護者達に向かって言った。
「失礼。ちょっと手が滑りました」
それを聞いた保護者達が戸惑いの表情を見せる。そして一部の保護者が小さな声で文句を言い始める。クレストが大きな声で言った。
「あと、今は授業中。参観はお静かに、以上」
クレストはそう言うと後ろを振り返り、体を震わせて目を赤くするムノンの肩に手を乗せて言った。
「よく頑張った。お前の頑張りは俺が一番知っている」
それを聞いたムノンの体が不思議とふっと軽くなった。
――私、認められたんだ。頑張ったって言っていいんだ……
(あっ)
クレストは涙を流すムノンの頭の上に数体の精霊が舞っているのに気付いた。そしてその精霊達はムノンの頭に乗ったり肩に乗ったりし始める。
クレストはムノンの頭を撫でながら言った。
「さ、みんなのところへ戻りな」
「はい、先生」
ムノンは涙を拭いて笑顔でクレストに答えた。
翌日、講義の後、クレストとムノンはお互い確認した訳ではないが、自然と魔道館に集まった。先に来ていたムノンがクレストを見て言う。
「先生、おそーい」
「ああ、ごめんごめん。ええっと、始める前にちょっと話が……」
「はい? 何ですか?」
クレストはムノンを座らせて話始める。
「この間お前に教えて貰ったあの、道具屋だっけ? 興味があってあそこに行ってきたんだけど、潰れてたぞ」
「えっ?」
「レオン学長に聞いたら『そんな薬はない』って言ってたから気になって行ってみたんだが、もう店は跡形もなくなくなっていたんだ」
「うそ……」
ムノンは昨晩、突然自分宛てに支払った薬代が返金されたことを思い出す。クレストが言う。
「だからもう大丈夫だと思うぞ。あの件は」
「は、はい……」
ムノンは一体何が起こっているのか理解できなかった。クレストが言う。
「さあ、魔法の練習だ! 頑張れよ!!」
「はい!」
ムノンは大きく息を吐くと、いつも通り、毎日、何度も行ってきた精霊との会話に取り組む。
(感じるんだ。対話、調和、そして協力……)
ムノンは全身から汗を拭き出して意識を集中する。
(ん? あ、あれは!)
壁にもたれかけて見ていたクレストの目に、ムノンの頭上で楽しそうに舞う精霊達の姿が映った。
(え、え、な、なにこれ? 何かが、何かがいて、感じる、え、まさか、これが精霊?)
初めての経験に動揺するムノンにクレストが叫ぶ。
「何か、何か魔法を書いて詠唱して見ろ!!」
少しだけ落ち着きを取り戻したムノンが宙に魔文字を書き、そして言った。
「光の旋律・フラッシュブライト!!!」
ムノンの叫び声と同時にぱっと明るくなる魔道館。精霊達がムノンの呼び掛けに初めて応じた瞬間であった。
「やった、やったよおおお、先生!! できたあああ!!!!」
嬉しくて飛び上がりながらクレストに走って来るムノン。クレストも走って来るムノンを抱きしめ喜びを表す。
「良かったなあ、良かった、本当に良かった!!!」
抱き合うクレストとムノン。しばらく喜んでいたムノンが突然泣き始めた。
「う、ううっ、うう……」
肩を震わせてなくムノン。焦るクレストが言う。
「ど、どうしたんだ、おい?」
ムノンが答える。
「ごめんね、先生。私、嬉しくて、嬉しくて涙が止まらないの……」
「そうだよな、初めての魔法だし……」
首を振るムノン。クレストに言う。
「違うの。違うの先生。私ね、先生に認められたのが嬉しくて……、もう頑張ったって言ってもいいんだって、私、全然ダメで無能なんだけど頑張ったって……、そう思ったら涙が止まらなくて……」
クレストの胸に顔を埋めてむせび泣くムノン。クレストは優しくムノンの頭を撫でながら言った。
「言っただろ? お前は無能なんかじゃなくて、有能だって……」
「冗談だと思ってました……、先生……」
目を腫らして笑顔でムノンが言う。クレストが言う。
「よし、俺との練習は今日で最後だ。明日からはお前ひとりで……、えっ?」
ムノンはクレストに顔を近づけて言いう。
「嫌です、先生。明日からもまたお願いします」
ムノンはクレストの両手を取って目を見つめて言う。
(うっ、で、出たあああ、ムノンの魅了!! こ、これに掛かるとさすがにまずい……)
ムノンが続ける。
「先生言いましたよね?」
「な、何を?」
「私がちゃんとした魔導士になるまで面倒みるって?」
クレストが驚いて言う。
「い、言ったかそんなこと?」
ムノンがむっとした表情で言う。
「あー、先生のくせして生徒に嘘つくんだ!!」
「い、いや、そんなつもりじゃ、言ったかな、言ってないかな?」
クレストは少しずつ後退しながらつぶやく。ムノンが言う。
「ねえ、先生」
「は、はい……」
逃がさないようにムノンが再びクレストの両手を握る。
「私ね、ハーレムでもいいよ。先生となら!!」
「う、うそ、まじで!? い、いや、それはまずい。ちょ、ちょっと、待て!!!」
「先生約束だよ、私をハーレムに入れて!!」
「いや無理、生徒は無理無理!!!」
手を振り払い逃げ始めるクレスト。それを見たムノンが言う。
「あ、先生!! 待って、逃げてもずっと追いかけるから!!」
クレストはちょっとだけ本気でハーレムを作ろうかと思いながら必死に逃げ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます