18.飾り物

「頑張れ、頑張れ、感じて。怖からずに、自信を持って!!」


クレストとムノンの特訓は毎日続けられた。

しかし長年に渡って積み重ねられてきたムノンの自己否定が、たった数日の訓練で消えることはない。自分を肯定する。たったそれだけのことが彼女にとってとてつもなく大きな壁となって立ちはだかった。



「先生、私、やっぱり無理かも……」


汗を体中にかきながらムノンが弱音を吐く。クレストが言う。


「大丈夫。お前はできる。もっと自信を持っていい。絶対にできる!!」


ムノンが座り込んで答える。


「私、無理です、先生……、無理なんです。やっぱり何もできない無能なんです……、先生みたいに立派じゃないから……」


再び入ってしまったムノンの袋小路。

この思考を弱めないと精霊との交渉など到底無理である。クレストが言う。



「俺が立派? お前、何か勘違いしてるんじゃないか?」


「勘違い?」


「そうだ。よし、お前だけに話そう。いいか、絶対に誰にも言うなよ」


「は、はい」


ムノンが興味深い顔をして頷く。クレストが言う。


「実はな、俺の夢はな……、年金でスローライフを送ることだ」



「スローライフ?」


「ああ、そうだ。働かずしてぐうたら生活を送れる夢の世界。どうだ、お前が立派など思っている先生様が、実はこんな低俗な考えを持って生きてるんだぞ?」


「ぷっ、あはははっ!! 年金でぐうたら生活? 本当ですか、先生?」


「ああ、真面目に考えている。ここに来たのものその一環の為だ」


「あれ、ハーレムじゃなかったんですか?」



「はっ? ハーレム? お前何言って……」


ムノンが頬を赤らめて言う。


「だって先生、前そんなこと話てたでしょ?」


「えっ?」


クレストは洞窟の実技訓練の前にマリアとそのような話をしていた事を思い出した。



(き、聞かれていたのか? あれ……、いや、もしかしてもはや広まっているとか?)


クレストは鬼の形相をして怒るレオンの顔が浮かんだ。黙るクレストにムノンが言う。



「そっか、だからやっぱり学園に来たんですね。ハーレムの女の子を探すために」


「はあ??」


「先生も男の人ですもんね。そのくらいの野望があっても……」


「おいおいおいおいおいおいおい!!! お前凄い勘違いしてるぞ!!! ここに来たのは資金稼ぎ。お前らみたいなガキを漁りに来た訳じゃ……」


ムノンがクレストに近づいて言う。


「私は魅力ないですか?」


「うっ、いや、そんなことは……、十分魅力的だと、はい、思うよ……」


「うふっ、良かった」


笑顔になるムノン。


(こいつ、やっぱり男を手玉に取る天才じゃないか……)


クレストは笑いながら頷くムノンを見て思う。クレストが言う。



「あ、そうそう。今日の午後、お前の家行くから」


「えっ?」


急に顔をこわばらせるムノン。そして言う。


「ど、どうしてうちに行くんですか……」


「ああ、お前の家だけ保護者参観欠席になってたから、一応確認にな」


「……」


無言になるムノン。クレストが言う。


「これは教師の役目。心配するな。ちょっと確認するだけだよ」


「はい……」


ムノンは不安そうな顔をして答えた。






「こんにちは。エルシオン学園の魔法講師クレストです」


クレストは講義の後、早速ムノンの家、テーラスタ家を訪れた。

テーラスタ家だけが保護者参観の欠席になっていたのがその理由だが、すこし余計な事だと思いつつもクレストはムノンの父親に会わなければならないと思った。



「あなたがエルシオン学園の魔法講師で? 失礼ですがどちらの家でしょうか」


ムノンの父親は立派な顎髭を生やした品のある紳士で、中級貴族であるテーラスタ家当主に相応しい堂々とした風格であった。


「いえ、家などは特に」


それを聞いた父親の顔色が少し落胆に変わる。クレストはそんなことを気にすることなく尋ねた。



「今度の保護者参観ご欠席のようでしたが、何かご理由でもありましたか?」


父親は興味なさそうに答える。


「いえ、特に。行く必要がないと判断したから欠席したまでです」


「行く必要がない?」


クレストの言葉に父親は面倒臭そうに答える。



「ええ、そうです。魔法の演武でしたっけ? 魔法も使えない娘を見にどうして学園まで行かなければならないのですか?」


クレストが言う。


「お嬢さんは今魔法を覚えようと必死に練習しています。上手くいくかは分かりませんが、その姿を見るだけでも十分意味はあるんじゃないですか」


父親はため息をついてクレストを睨んで言う。



「そもそも、あなたは魔法講師でしょ? 失礼ですがあなたの教え方が悪いじゃないですか? だからせっかくエルシオン学園に入れたのに下等な魔法ひとつ覚えられない。学園側の責任でしょう」


クレストは怒りを抑えて静かに言った。


「お言葉の通りです。我々も一生懸命生徒達を応援しています。だからこそ結果ではなくその努力を見て頂くだけでも……」


「私に恥をかかせたいのかね、君は」


「えっ……」


父親の言葉に一瞬固まるクレスト。父親が続ける。



「他のご子息ご子女の方々が見事に魔法を使う中、ムノンだけが何もできずに突っ立ている状況。このテーラスタ家の当主の私に一体どれだけの恥をかかせようと言うのだね、君は?」


それまで我慢して聞いていたクレストだったがついに限界を超えた。立ち上がって言う。


「生徒達は、ムノンは、あんたらの飾り物じゃない!! 見栄の為に子供を巻き込まないで頂きたい!!!」


突然怒鳴るクレストに驚く父親。同じく立ち上がって言う。


「失敬な!! なんと失礼な奴、出て行け!! 二度とうちに来るな!!!」


クレストは一度頭を下げると無言で家を出た。



「くそっ、若造が……、おい!!」


ムノンの父親はクレストが出て行った後に、従者を呼びある指示を出した。


「御意」


従者が頭を下げて部屋を出る。父親が言う。


「貴族を侮辱しおって。見ておれ。後悔させてやる」


父親はクレストが飲んでいた来賓用のグラスを思いきり蹴飛ばした。





(何て親だ!! あれじゃあムノンがあんな風になってしまうのも無理ない。……とはいえ、あとで彼女に謝んなきゃな、ただ話すだけじゃなくなったんで……)


クレストは怒り心頭ながらも、ムノンのことを考えると怒鳴ってしまったことを少し後悔した。

やがてクレストはテーラスタ家を出てしばらく歩き、暗い路地裏に差し掛かる。クレストはそこで足を止めると少し大きな声で言った。



「おい、出てこい。俺に用があるんだろ?」


クレストがそう言うと背後から数名のローブを着た男達が現れた。クレストが振り返って言う。


「何か俺に用か?」


男達は無言で戦闘態勢を取ると、真ん中の男がクレストに言った。



「貴族に逆らう愚か者に天誅を!」


そう言って魔法の準備にかかる。クレストが目を光らせて言う。



「おい、お前ら。魔導士が魔導士相手に魔法を唱える、分かってるよな?」


それを聞いた魔導士達の詠唱が止まる。クレストが続けて言う。



「今日よお、俺、すっげえ気分が悪いんだ。お前らから仕掛けて来るなら正当防衛。跡形もなく吹き飛ばして多少はスカッとさせて貰うけど、いいか?」


魔導士達はクレストから発せられる覇気に飲み込まれてしまった。一瞬で戦意を失う男達。同じ魔導士だから分かってしまう相手の力量。

男達はゆっくりと後ずさりして、ひとりひとりと逃げて行った。



クレストは再び歩き始める。


(下らねえ世の中だ。早くスローライフをしたいとは思うが、あんなやつに可愛い女の子がいたぶられていると思うと、それはそれで放っておけないな……、いや、俺が巨大ハーレムを作ってそんな女の子達全てを救えばいいのか?)


クレストは素晴らしい名案だと思いつつも、すぐにその考えを否定した。


(いやいや、よく考えたらそれだけの女の子を囲えるお金がどこにあるんだ? はあ、やっぱりもうちょっと働かなきゃならないなあ。楽して儲けたいが、一発大きな仕事やったら俺の力なくなっちゃうしな。まあ、今度レオンに賃金交渉でもしてみるか……)


クレストはひとりとぼとぼと家へと向かった。

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