17.有能

「あー、面倒臭せえ……」


魔導士マーガレットは予定の日時よりずいぶん遅れて『魔界の門』へとやって来た。寝巻のような格好、両脇には露出の多い女が付きそう。同行した国選魔導士がマーガレットに言う。



「それではマーガレット様。どうぞお願い致します」


自分の孫のような年齢のマーガレットに国選魔導士が深々と頭を下げて言う。


「ふわあああ~あ……」


大きな欠伸あくびをするマーガレット。


(お酒を飲んでいる……?)


国選魔導士は少し顔を背けた。マーガレットが言う。



「じゃあ、行くよ。それ!」


「えっ?」


マーガレットは女を抱いたまま封印魔法を唱えた。驚いた国選魔導士が尋ねる。



「あ、あの、魔空間へは行かないのでしょうか……?」


魔界と現世をつなぐ魔界の門。その緩衝地帯として存在する魔空間。そこに魔界から多くの魔物がやって来てこの目の前の門を破壊しようとする。

魔空間に赴いて魔物を退治するのもクレストやマーガレットにとっては大切な任務であった。マーガレットが答える。



「ああ、いいのいいの。どうせこの門、破られないから」


「し、しかし……」


マーガレットでなくても魔道をたしなむ者ならば、魔空間からの圧力が日に日に強くなっていることは感じられた。マーガレットが不満そうな顔をして言う。


「なんだ? 俺の言うことが信じられないのか? 今開けるぞ、この門」


「ううっ……」


この世界で唯一この門の封印ができたのがクレスト。そのクレストからただひとり封印魔法を教わったのがマーガレットであった。国選魔導士が下を向いて言う。



「……分かりました。お勤めお疲れ様でございました」


マーガレットはそんな老人の話に興味がないのか既にその場を立ち去っていた。国選魔導士は弱々しい封印を見て思う。



(クレスト様……、もしあなたがここにいらっしゃったら、我々はどれだけ心強いことか……)


老人は自分の無力さを思いその目に涙を溜めた。






「ハックション!」


エルシオン学園、魔法科教室。

生徒の前に立つクレストが皆の前で大きなくしゃみをした。生徒が言う。


「先生、風邪ですか?」


クレストは鼻を押さえながら話し始める。



「いや、大丈夫だ。ええっと、いよいよ来週に保護者参観が迫ったな。例年通り魔法科はみんなの魔法演武を行うことに決まったぞ。親御さんの前だからって緊張することないからな」


毎年行われる保護者参観。今年も魔法科は魔法演武。内容は保護者の前で日頃鍛錬している魔法を披露するものだ。

それを聞いた生徒の中からざわめきが起こる。クレストが言う。


「と言うことで、さあ、みんな着替えて。今日も実技だ」


「はーい」




魔道館。生徒達の熱のこもった魔法が飛び交う。

クレストはひとり汗をかいて木の人形に対峙するムノンの傍へとやって来た。


(精霊が……、戸惑っている?)


クレストはようやくムノンの周りにいる精霊達の違和感に気付いた。クレストがムノンを呼ぶ。



「ムノン、ちょっとおいで」


「あ、はい」


クレストに気付いたムノンがタオルで汗を拭きながら走って来る。傍に立つムノン。その汗と女の香りが交ざってクレストの鼻につく。


(ああ、甘酸っぱい少女の香り、これで『にゃお』とか言って甘えられた教師の職捨てて即駆け落ちもんだな、……って、おい!! なに考えてんだ、俺っ!!!)


ひとりだらしない顔をしたり真剣な表情になったりするクレストを見て、ムノンは不思議に思った。


「せ、先生?」


「い、いや、駆け落ちなんて、大丈夫だ。しない、しない!!」


「駆け落ち??」


不思議な顔をするムノン。慌てたクレストがすっと本題に入る。



「ええっと、精霊だけど、まだ感じられないかな?」


「はい……」


ムノンが寂しそうな顔をする。


「来てるんだよ、近くに」


「えっ?」


驚いた顔をするムノン。クレストが尋ねる。


「ちゃんと感じているか? 恐れてないか? 疑ってないか?」


「……」


「自分から心を開いて話し掛けないと、決して応えてくれない。信頼関係があって初めて精霊と対話できる」


「はい……」


ムノンはその話を聞いてその通りだと思った。

無能な自分。何をやってもできない自分。こんな人間が精霊と会話、魔法なんて扱えるはずはない、そう心のどこかで決め込んでいたのかもしれない。



「放課後、ここ魔道館に来い。俺が教えてやる」


「え、いいんですか。こんな私の為に……」


クレストは笑顔で言う。


「いつでもどれだけでも付き合ってやるよ」


「はい、ありがとうございます!」


ムノンも笑顔で答えた。





「精霊を感じろ。自分を肯定しろ。恐れるな、怖がるな、相手を信頼して」


夕方、魔道館。

クレストとムノンの二人が早速居残りの特訓を開始していた。


「ううーん、ううっ、うーーーーん……」


必死に目を閉じて精霊を感じようとするムノン。既に一時間以上同じことを繰り返している。クレストはまたサービス残業かと思いつつも、健気なムノンを見ているとそんなことはどうでも良くなっていた。


(精霊達は、まだ、変わらないか……)


何故か戸惑う精霊達を感じながらクレストがムノンに言った。



「ちょっと休憩しようか」


「は、はい……」


汗だくになったムノンが頷いて返事をした。



「難しいですね、魔法って。どうして先生はそんなに上手に魔法が使えるのですか?」


隣に座ったムノンがクレストに尋ねる。


「うーん、何でだろう。それを聞かれると自分でも分からないな……」


正直、物心ついた時には自分の周りにたくさんいた精霊達と会話するように遊んでいたクレスト。それらを感じるなと言う方が難しいレベルであった。ムノンが言う。



「私ね、先生」


「うん?」


「私、子供の頃から何ひとつ上手にできることがなくって、お姉様達がどんどん才能を発揮して成長していく中、私だけがずっと取り残されていたの……」


無言で聞くクレスト。ムノンが続ける。


「お父様にも才能がないと言われて、せめて娘に拍でもつけたかったのでしょうね、無理やりこの学園に入れさせられたの。魔法もできないのに……、滑稽ですよね」


ムノンは泣きそうな顔で話す。


「今度の保護者参観、お父様は来ないって仰ってました。当然ですよね……」


クレストは無言で聞く。ムノンが続ける。


「『無能のムノン』、これが子供の頃からの私のあだ名。大きくなった今でもそれは変わらない。せめてここに入って魔法でも使えるようになったらなあ、って思ったけどやっぱりそれも駄目みたい。本当に無能ですよね、私……」



クレストは思った。彼女の原因はその多くが自己否定から来ている。それがすべて彼女にマイナスの影響を及ぼしているのは明白だ。特に心の安定が必要とされる魔法についてはそれが顕著に出る。クレストはムノンの顔を見て言った。



「お前が無能? 馬鹿言ってんじゃねえよ」


「えっ?」


「気付いてないのか? お前の有能さ」



「私が、有能……?」


驚いた顔をするムノンにクレストが言う。



「ああ、そうだ。お前の能力は魅力」


「魅力……?」


「お前の周りにはいつも友達が溢れているだろ。人を退き付ける能力がある。特に男。お前の魅力に掛かったら普通の男なんて……」


そこまで言ってクレストは話過ぎたと思った。ムノンが尋ねる。



「先生も、ですか?」


「えっ、あ、な、何が?」


「先生も、もしかしてその私の魅力にはまっているですか?」


ムノンが小悪魔的な顔をしてクレストに言う。


(うげっ、この顔。やばいやばい。魅了全開だあああ!!)



「ば、馬鹿言うな。お前らみたいなガキ。こ、この俺が……、うっ!」


ムノンはクレスト顔を近づけて言う。


「私、魅力ないですか?」


「う、ううっ、いや、その、無い訳じゃ、ないような、いやあるんだが、あってもそのお……、それはちょっと、今は、俺の口からは、だから、いや、それは……」


「ぷっ、あははっ!!」


ムノンは口に手を当てて笑い出す。



(あ、いい笑顔)


クレストは初めて彼女の無防備な笑顔を見た気がした。


(!! 精霊が?)


そんな彼女に周りにいた精霊達が興味を示す。クレストが言う。



「さあ、もう少し練習しようか!!」


「はい、先生!!」


ムノンが笑顔で答える。

その笑顔を見てクレストは、この『笑顔攻撃』には絶対誰も敵わないだろうなと改めて思った。

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