第四節「無能のムノン」
16.無能のムノン
「へいへい、そこのお嬢さん。ちょっと見て行きなよ!!」
「私、ですか?」
ムノンは街の裏通りを歩いている時に古びた小道具屋の店主に声を掛けられた。
(小道具屋?)
ムノンは店の看板を眺める。店前の机に置かれた怪しげな品を手に店主が言う。
「この魔法の小瓶に入っている薬、何だと思う? 実は冒険者時代の産物の『魔導士薬』と言うんだけど、これを飲めば誰でも魔法使いになれるって凄い品なんだよ!!」
「魔法使いに……?」
ムノンは店主の持つ妖艶な小瓶を見つめる。店主が続ける。
「ただ飲むだけ。魔法なんて全く知らないド素人でも、あら不思議。次の日から大魔法使いに変身だ~!!」
「だ、大魔法使い……」
ムノンはゆっくりと店主に近付く。
「さてお嬢さん、こいつに興味を持ったかい? カッコいいよねえ、凄いよねえ、魔法なんて使えたら。だから今日はこの超貴重な薬を特別価格で売ってあげるよ!!」
ムノンが尋ねる。
「あのお、いくらなんですか?」
店主はムノンの身なりを見てから値段を告げる。
(そ、そんなにするの……、でも魔法が使えるようになったと思えば安いものかも……)
ムノンは手持ちのお金を全て払い、店主から薬を買った。ムノンは喜んで家路についた。
翌日、同じ店に再び現れるムノン。少し怒った顔をして店主に言った。
「あの、昨日の薬飲んだのですが、全く魔法は使えませんでした。どうしてですか?」
店主は少し考えた顔をして答える。
「足りないんじゃないかな?」
「えっ?」
「人それぞれ個性があるから、お嬢さんの場合もう一本飲めば多分大丈夫!」
「そ、そうなんですか……?」
店主が言う。
「そう。実はこの薬は大半の人が複数回飲んで魔法を使えるようになっている。お嬢さんもきっとそれだ。ほら、お代は後でいいからこれ持って行きな」
ムノンの顔がぱっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます!」
ムノンは笑顔のままで立ち去って行った。店主はムノンの後姿を見てにやりと笑うと、身支度をして彼女の後をつけ始めた。
さらに翌日、今度は泣きそうな顔をしたムノンが再び店主の元へやって来る。
「あ、あのお……」
「お、お嬢さん、どうだい? 魔法の方は?」
ムノンが横に首を振って答える。
「全然ダメなんです。どうしてですか……」
店主が言う。
「ああ、そりゃきっとお嬢さん、才能ないんだよ。あれだけ飲んでもダメなら無理かもな」
「そ、そんな、酷い……」
ムノンが更に泣きそうになる。そこへ店主が少し真面目な顔をして言う。
「それより昨日の薬の代金。まだ払っていないでしょ。頼むよ、代金は……」
「えっ!」
その額は初日の金額を遥かに上回るもの。とても貴族とはいえ女学生であるムノンで支払える額ではなかった。
「そ、そんなお金ありません……」
ムノンが青い顔をして答える。すると優しかった店主の顔が一変する。
「ああ? 払えないだと? うちの品物を使って金を払わないってのは、そりゃ犯罪だよなあ、犯罪? 違うか、お嬢さんよお」
突然チンピラのような口調でムノンに迫る店主。ムノンが体を震わせて言う。
「お、お父様とお母様に相談させてください……」
店主の目が光る。
「ああ、家に相談? まあいいや、テーラスタ家だろ、あんた」
「えっ、ど、どうしてご存じなんですか……」
ムノンは自分の家を知っている目の前の店主に体が震えた。
「何でも知ってるぜえ、逃げよったってそうはいかねえから。まあ、十日。俺はちょっと用事があるから十日後に払いに来い。いいな?」
「と、十日……」
正直たった十日で用意できる額じゃない。下を向いているムノンに店主が言った。
「払えねえのなら、その体で払ってもらおうか? なに、たった数か月ほどベッドの上で我慢すりゃ十分だぜ」
店主がいやらしい目つきでムノンの体を見つめる。ムノンは手で体を隠す仕草をして言う。
「だ、大丈夫です。そんな心配いりません!!」
そう言うとムノンはその場を走り去った。
(どうしよう、どうしよう……、私……、どうしたらいいの……)
夜ひとり寝室に入ったムノンは、枕に顔を埋めて涙を流した。
「では今日は魔法力向上の訓練だ。魔法力は言って見れば魔法のスタミナ。これが多いほどたくさんの魔法が使える。鍛え方は簡単。とにかく魔法力が空になるまで使うこと。では始め!!」
魔道館にやって来たクレストと学生達。
いつも通りに木の人形に向かって皆が魔法を唱え始める。
ドン、ドドーン!!
ビュウ、ビューン!!
皆それぞれ自分の得意な魔法を全力で放つ。持てる魔法力を全開にして次々と魔法を唱え続ける。
「うおおおおおりゃあああ!!!」
ドオオオオオオン!!!
クレストの目にひとりの女生徒が人形に向かって殴りかかっているのが見えた。思わず叫ぶ。
「おい、バレッタ!! 殴っちゃダメだろ!! 魔法だ、魔法!!」
褐色の肌のアマゾネスであるバレッタが叫びながら人形を殴っている。ボーイッシュな髪形にしなやかな筋肉。実技練習用の服は自由なのだが、上半身はさらしのような白い布を巻いているだけの格好。バレッタが答える。
「だって、魔法なんて威力ないし。いいじゃん、壊せりゃ」
「いやいや、これは魔法訓練だから。そうだと思っても魔法でやらなきゃダメ」
「ちぇっ……」
バレッタは渋々人形から離れて苦手な魔法を唱え始めた。
再び歩き出すクレスト。ゆっくり歩きながら見ているとひとりの男子生徒の笑う声が聞こえてきた。
「あはははっ、なんだよ、ムノン。まだ魔法使えねえのか? だっせえなあ、お前なんで魔法科に入ったんだ? 俺様が教えてやろうか??」
数少ない男子生徒のひとりが、女子生徒のムノン相手に大きな笑い声を上げている。周りにいた女子生徒が彼に言う。
「うるさいわね、あっち行きなよ!! ムノンはこれからしっかり練習するの!!」
男子生徒が言う。
「だから、俺が教えてやろうか? 手取り足取り〜」
「うるさい! あっち行け!!!」
男子生徒が女生徒に追い払われて笑いながら立ち去って行く。クレストがやって来て尋ねた。
「どうした?」
「あ、先生」
女生徒が続ける。
「ムノン、まだ魔法ができなくて。先生教えてあげてください」
「あ、ああ。分かった」
女生徒は頭を下げると自分の練習へと戻って行った。クレストがムノンに言う。
「魔法、まだ無理か?」
寂しそうな顔をしたムノンが顔を上げて答える。
「はい、すみません。先生……」
ムノンは長い銀髪が美しい貴族令嬢。胸はほとんどないが華奢な体つきで、とにかくおっとりしており皆から好かれるタイプだ。先程の男子生徒も口とは裏腹に、興味があるから絡んできている。クレストが言う。
「まだ、まったく感覚も掴めそうにないか?」
ムノンは悲しそうな顔をして答える。
「はい、私は名前の通り『無能なムノン』ですから、何をやってもダメなんです……」
そう言って目を赤くするムノン。今にも泣きそうな彼女を見てクレストは思う。
(な、何て可愛いんだ。ど、どこが無能なんだ? こいつ男を魅了する天才じゃないか!!)
クレストはこのまま一緒に暮らしたらきっとその魅了で、自分など『ぐだぐだのダメダメ人間』にされてしまうことが容易に想像できた。クレストはぎゅっと抱きしめたくなる衝動を抑えて冷静に言った。
「心配するな。俺がちゃんとした魔導士にしてやる。だからそんな暗い顔をするな」
ムノンが顔を上げて笑顔で言う。
「はい、先生。ありがとうございます! 是非お願いします!!!」
(ぐごごごぎょごぐわがあああ……)
クレストはムノンの『可愛い笑顔攻撃』を受けて、既に脳内で何度もぶっ倒されてしまっていた。
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