15.お別れ

「見せてやるよ、本当の魔法」


洞窟の崩壊で中層まで落ちたミタリアとクレスト。そこで出会った音の魔物サウンドベアーに苦戦するミタリア。その前にクレストが立ちそして右手を上げる。



「ゴオオオオオ!!!!」


新たな敵を見つけたサウンドベアーが咆哮する。そして放たれる音攻撃。空間をくような強烈な振動波がクレストを襲う。


(音の旋律・無音)


ゴゴン、ゴン、ドドドッ、ド、シユウ……



「えっ?」


鼓膜を破るような振動波はクレストの前に来ると突然何かによってかき消された。ミタリアの兄が言う。



「え、えおあ? 今、今、何が起こったんだあ?? 何をした? お前??」


理解できないミタリアの兄が言う。

それに答えずにクレストは右手をサウンドベアーに向けて言う。



「音の旋律・サウンドヴォイス」


(えっ!? 無掌記むしょうき? 魔文字を刻まずに発動だと!!)


クレストから発せられる音の衝撃波がサウンドベアーを襲う。



ドンドン、ガラガラ、ドン、ド、ドオオオン!!!


「グゴオオオオオオ!!!」


音の相殺を狙ったサウンドベアーの反撃は、クレストの更にその上を行く音量の音魔法によって簡単に飲み込まれた。魔法の直撃を受けて吹き飛ばされるサウンドベアー。少し唸り声を上げてサウンドベアーがよろよろと立ち上がる。

しかし魔物の本能でその格の違いを理解したのか、クレストを見ようともせずに背中を向けて逃げ始めた。



「嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だあああ。お前一体何者なんだよおおお」


逃げ行くサウンドベアーを見ながらミタリアが両膝をついて叫ぶ。クレストが答える。



「沈黙の魔導士、って一部からは呼ばれている」


「ち、沈黙の魔導士……? 何だか知らないが聞いたことないし、それにお前その力ただの魔法講師じゃないだろ……」


クレストが言う。


「まあ、そうかもな。本当はあまり知られちゃいけないことなんだが、なら問題ない」


「な、何だよ? どういう意味だよ、それ……」



「俺のスキルさあ、あんまりたくさんの人に知られちゃまずいんだよ。まあ、お前死霊だから問題ないし、それに……」


ミタリアの兄はクレストに集まる精霊達に気付いて震え始める。


「お、お前、一体何を……、それそれそれ、まずいやつだよ、まずいよ、まずいいいい」


クレストが言う。


「さっきも言ったが、お前は現世ここにいちゃいけない。可哀そうだとは思うが、俺が送ってやるよ」


「い、いやいやいや、いやだあああああ」


ミタリアの兄はクレストに集まる光の精霊達を見て悲鳴を上げる。クレストが無掌記むしょうきで魔法を唱える。



「光の旋律・霊魂鎮火れいこんちんか


クレストの周りの輝くように光る精霊達がまるで歌う様に舞い始める。


「う、ううっ……」


光の精霊に囲まれ動けなくなるミタリアの兄。薄暗い洞窟に差し込んだ、柔らかい太陽の木漏れ日のような光がミタリアを包む。


「た、助けて……、いやだ、イヤだああ……」


最期に助けを求めるミタリアの兄にクレストが言う。



「可愛い妹が心配なのは分かるが、これからはあの世そっちから見守ってやってくれ」


「うぐぐっ……、うぐ……」


ミタリアの体が優しい光に包まれ、一度強く光ってからその光は消えた。



「よし」


クレストは兄が抜けて気を失って倒れそうになるミタリアの肩を抱く。そして崩壊した周りを見て言う。


「さて、ここはもう危ないから急いで出ようか」


そう言ってミタリアを両手で抱き上げ、頭の中で魔法を詠唱する。



(風の旋律・エアウィンド)


クレストの足元に現れる風の塊。それはクレストとミタリアの体を持ち上げるとゆっくりと宙に舞い上がらせる。



(う、うう……、あ、あれ? 先生……?)


クレストに抱かれて宙を舞っていたミタリアがぼんやりと目を覚ます。そしてミタリアは自分がされて宙に浮いているのに気付き、急に顔を真っ赤にして恥ずかしくなる。



(え、ええ、な、なんでええ? さ、さっきまで確か洞窟でみんなと一緒に、なんかイタチの魔物を、えっと、えっと、何で空を飛んで、ええ? これ誰? えっ、クレスト先生……?)


ミタリアはクレストの周りに集まる強くて暖かな精霊達を感じる。


(凄い、凄い精霊力。これが先生。これがクレスト先生なの……)



クレストは一階層まで飛んで戻ると、安全そうな場所に降り立った。


「先生……」


地面に降りたミタリアがクレストを見つめて言う。


「お、起きたか、ミタリア」



その瞬間、すうっとクレストの精霊達が散って行く。ミタリアが言う。


「はい……、その先生、ありがとうございました……」


ミタリアがクレストに大きく頭を下げてお礼を言った。



(兄のことは覚えていないのかな? まあ、それならそれでいい……)


「大丈夫だよ、怪我はない?」


「はい」


「じゃあ戻ろうか、みんなが待ってるよ」


ミタリアは大きく頷いて先を歩くクレストの後に続いた。そして少しだけ後ろを振り返り、心の中で言った。



(さようなら、お兄ちゃん……)


ミタリアの目から一筋の涙がこぼれた。






「クレスト先生!!! ミタリアさん!!!!」


地上に戻ったクレスト達をマリアが迎えた。


「良かった、良かったああ。本当に良かったあああ」


涙を流して無事を喜ぶマリア。そのあまりの健気さに思わずクレストはマリアを抱きしめる。


「大丈夫です、マリア先生。心配掛けました」


「ううっ、先生……」


(や、柔らか~い。ああ、なんか暗い洞窟から急に天国に来たようだ。最高だああ)


クレストはマリアに抱き着きながらニタニタする。



「ご、ほん。ううん……」


そんなふたりの間に入るようにミタリアは両手でクレストとマリアを離す。それに気付いたマリアが言う。



「ミタリアさん、先生の言うこと聞かなきゃダメでしょ。あんなに急に魔法を放って……」


「はい、すみません。……でもあいつ強そうだったし、どんな顔して魔法くらってどんな声してあえぐのかそれはまた興味あって、あんなの初めてだし……、ぶつぶつ……」


謝りながらもひとりで話し始めるミタリア。

クレストは先に避難した生徒達を見てマリアに言う。



「マリア先生、生徒達の誘導ありがとうございました。みんな怪我もなさそうだし、さすがですね」


それを聞いたマリアが頬を赤くして嬉しそうに言う。


「い、いや、そんな。大したことじゃ、生徒達を守るのは教師の役目ですし……」


謙遜しながらもまんざらじゃないマリア。それを見ていたミタリアがクレストに言う。



「先生先生、私と話をしてください。私と私と。私もとても感謝していますし、それよりも気を失った私にして。びっくりしちゃいました。私、私、恥ずかしくって、でも初めてが先生で良かった。先生凄かったよ……」



「…………」


静まり返る場。

少し間を置いて、別の意味で顔を真っ赤にしたマリアがクレストに言う。



「ちょ、ちょ、ちょっと、クレスト先生!? そ、それは一体どういう意味で!?」


「い、いや、一体、何のことだか、さっぱり!? おい、ミタリア、適当なこと言うな!!」



クレストが焦りながらミタリアに言う。ミタリアは頬を赤くしてひとりつぶやく。


「でも凄かったなあ。私、(空を飛ぶなんて)初めてだったし、だけど意外と気持ちよくってびっくりしちゃったなあ。でも初めての人が先生で良かったし、(怪我も)そんなに痛くなかったし、それはそれで凄い経験をして……、私も嬉しくて……、興奮して涙も出ちゃって……」



それを聞いているマリアの顔が真っ赤に染まりそしてクレストを睨み始める。対照的に真っ青になるクレスト。


「お、おい、ミ、ミタリアさん……、いい加減にその辺でやめてくれないと……」


「ク・レ・ス・ト・先生……!!!!」


「ひい!!」



マリアから放たれる怒りのオーラ。クレストは瞬時にそれを感じ逃げようとする。マリアが大声で怒鳴る。


「ど、洞窟で何をしていたんですか!! 生徒に手を出すなんて、一体どういうことですかああああ!!!!!」


「ち、違うんですよおおおお!!!」


そう言いながらも逃げるクレスト。

マリアは髪の毛を逆立てながらクレストを追いかけた。

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