13.実践訓練・洞窟編
「スタリオン様、今回の分でございます」
魔界。
その外れにある高き山の頂。そこに作られた祭壇の上にその子供の魔族は寝かされていた。その前に立つ若き魔賢者が死神から受け取った魂を手にして言う。
「さあ、食べなさい。そして早き目覚めを」
魔賢者スタリオンは魂を持って勢いよく横たわるまだ幼き魔族の体に押し入れた。
「……よし」
音もなく体に沈んでいく魂。
それを見たスタリオンが言う。
「まだ足らぬ。まだまだ足らぬ。もっと集めよ。もっとヒト族の魂を集めよ」
「御意」
少し離れたところにいた大きな鎌を持った死神が頭を下げて消える。
スタリオンは横たわる子供の魔族に向かって言った。
「早く目覚めよ、魔王グラディアよ」
「きゃああ!!」
「うはっ!!」
洞窟の中。突然飛び出したコウモリに驚いたマリアが隣にいたクレストに抱き着く。
(ななな、何ておいしいシチュエーション!! マリア先生の巨乳が、が、がああ……)
マリアに抱き着かれデレデレになるクレスト。その胸圧がクレストを天国へと昇天させる。
ドン!!
「いてっ!!」
突然誰かに足を蹴られたクレスト。周りを見るが誰も居ない。
「だ、誰だ!?」
ひとり叫ぶも周りは女生徒からの冷たい視線が注がれる。
「き、気を付けて行こうな……」
クレスト達はゆっくりと歩き出した。
「せ、先生。魔物です!!!」
歩き始めて数階下った場所に初めての魔物が現れた。
「ほ、本物だ!!」
初めて魔物を見た一部の生徒から驚きと恐怖の声が上がる。出現したのは中型のイタチのような魔物。攻撃力は低いが動きが素早い。
「落ち着いて。相手をよく見て意識を集中!!」
動揺が広がる生徒にマリアが的確にアドバイスをする。
怖がる生徒の中、一部の生徒は言われた通りに落ち着いて集中、そしてこの場にいる精霊を感じ始める。マリアが言う。
「撃てる子は、撃って!!」
「はい!!」
マリアの声に反応するように場の精霊達が動き出す。
「火の旋律・ファイヤ!!」
「風の旋律・ウィンドカッター!!!」
一部の生徒から弱々しい魔法が放たれる。しかし威力こそ低いが数名の生徒が一斉に放ったので、攻撃を受けた魔物が驚いて奥へと逃げだす。
「あ、逃げた!! 待て!!」
魔物の逃走に気付いた男子生徒の一部が逃げるイタチの魔物を追いかけ始める。
「おい、こら!! 深追いはだめだ!!!」
クレストが気付いて声を上げるも、興奮した一部の生徒達が暗闇へと走り出す。
「見てきます! マリア先生はこの子達をお願い!!」
「は、はい!! 気を付けて!!」
クレストはマリアに残った生徒を預けると、深追いして行った生徒を追いかける。
「感じる、感じる、感じるぞお。これだけ精霊を感じられれば!!!」
魔物を追っている生徒達が興奮しながら走る。周りにはたくさんの生徒によって呼び寄せられた精霊達が集まる。
――僕達は強い!
逃げる魔物を追う生徒達。ただそれは自在に魔法を使えるようになった初級者に陥りやすい危険な状態であった。
「止まったぞ!!!」
イタチの魔物は全力で逃げ、そして少し広い空間に入るとゆっくりと立ち止まった。生徒達がそれを見て叫ぶ。
「止まった、追い詰めたぞ!! それ、魔法を食らえ!!」
広場の中央で止まり、そしてゆっくりこちらを振り向くイタチの魔物。
それを追いかけてやってきた数名の生徒がその前に行き魔法を唱え始める。
「火の旋律・ファイヤ!!」
「風の旋律・ウィンドカッター!!!」
数は減ったが生徒達は精霊を感じ始める。調和、協力、そして素早く文字を書く。
教科書通りに行い、そして見事に魔法がイタチの魔物へと放たれた。
シュン!!
「よし、やった!! ……あれ?」
生徒達が一斉に放った魔法が順に空間の中央付近で消えて行く。焦る生徒達。再び魔法を放とうとするが、今度は初めて感じる不安が邪魔をして魔法は不発に終わった。
「ちゃ、ちゃんとやれよ!!」
「やってるよお!!」
お互いに罵り合う生徒。
そして彼らの前に更に恐怖を与える光景が広がった。
「えっ、うそ……」
中央にいたイタチの周りの闇からぞくぞくと同じイタチの魔物達が現れる。震える生徒達をよそにあっという間に広間いっぱいの魔物で溢れた。生徒が言う。
「こ、これ、まずいよ……」
震えながら泣きそうになる生徒達。
「グルルルルッ……」
魔物達が唸り声を上げてゆっくりと近付いてくる。
「い、いやだ。た、助けて……」
恐怖のあまり腰を抜かした生徒達が動けずに助けを求める。
(いた、あいつら!!! ……って、何だ、あの数は!!!)
生徒達を追っていたクレストがようやくそれが見える場所まで辿り着く。そしてその魔物の多さに一瞬驚く。
(あの数では全員骨まで食べられるぞ。仕方ない!!)
クレストは走りながら魔法を唱える。
「地の旋律・アースウォール!!」
ゴゴゴゴゴゴッ!!!
「な、何だ!?」
突如響き渡る地鳴り。
そして恐怖し震える生徒達の前の土が次々と盛り上がり、分厚い土壁となって魔物達を遮断した。
「な、何これ……?」
驚く生徒達にクレストが走り寄る。
「おい!! 大丈夫か!!」
「あ、先生!!!」
腰を抜かしていた生徒達が立ち上がりクレストの元へと走り寄る。クレストが言う。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です……」
まだ恐怖に襲われている生徒達が弱々しく答える。
「さあ、早く逃げるぞ!!」
「は、はい。せ、先生、あれは……?」
生徒が土壁を指差して尋ねる。クレストが言う。
「マリア先生だよ!!」
生徒達は頷いてクレストと一緒に逃げ出した。
「せ、先生。何か来るよ……」
一方、マリアは多くの生徒達と一緒にクレストの帰りを待っていた。
そんな中、ひとりの女生徒が暗闇を指差してマリアに言った。マリアが魔法を唱える。
「光の旋律・フラッシュブライト!」
マリアは生徒が持っている松明よりもっと明るい照明魔法を唱えた。そして暗闇に浮かび上がる魔物。それを見たマリアの顔が引きつった。
「う、うそ……、あれはアイスリザード」
ワニのようにドタドタと歩く真っ青な魔物。全身を冷たい冷気に覆われ、その大きな顎はもちろん氷結攻撃を得意とする中級魔物である。
「な、何でこんなところにいるの……」
マリアの顔に緊張の色が浮かぶ。低階層では決して遭わない魔物。しかしマリアは皆の前に出て言った。
「下がって、みんな。そして決して騒がないで」
マリアは額に汗を流しながら冷静に努めて言う。
ドンドンと足音を立てて近寄るアイスリザード。マリアは魔法を唱える。
「火の旋律・ファイヤ!!!」
ボフッ
「うそっ!?」
マリアの起こした炎はアイスリザードの体の上でほとんど燃えることなく消えてしまった。
「ならば……、地の旋律・アースウォール!!!」
ゴゴゴゴゴッ……
マリアが魔法を唱えると辺りが微妙に揺れ出し、そしてアイスリザードの前に薄い膜のような土壁が現れた。
バリバリバリ、バリ……
そんな壁などなかったかのように破壊しながら進むアイスリザード。
(ど、どうしよう……、こんな強敵戦ったことないわ……)
焦るマリアにアイスリザードは容赦なく攻撃を始めた。
ゴオオオオ!!! ドーーーーン!!!!
突如その大きな口から放たれる氷塊。マリアは咄嗟に魔法を宙に刻む。
「風の旋律・風壁!!!」
直ぐに集まる風の塊。それが一瞬で薄い膜の様な壁となる。
ガン!! ガガガガッ、ドオオオオン!!!!
「きゃああ!!!」
しかしアイスリザードの氷塊はそんな風の壁を簡単に破壊すると、後ろにいたマリア達に直撃した。
「うぐぐぐっ……」
生徒を庇ってひとり怪我をするマリア。腕から鮮血が流れる。後ろにいた生徒達から恐怖の声が上がる。
(どうしよう、どうしよう、私が焦っちゃ、この子達は……、えっ?)
そんなマリアの前にひとりの少女が立つ。マリアが言う。
「ミタリアさん、あ、危ないから下がって……」
ミタリアの顔が不気味に笑う。そしてドタドタ歩き寄るアイスリザードに更に近寄ってぶつぶつ言う。
「なになに、この生き物。初めて見る、こんなの居たんだ。強い? 強いの? ねえ、答えて、私強い? あれ、あなた誰? いいわ、教えてあげるよ……」
「ミ、ミタリアさん!? 聞いているの? 危ないからこっちに……」
その時辺りの音精霊達がざわざわと騒ぎ出した。
(何この、違和感……)
マリアが通常ではない精霊達の様子を感じ辺りを見回す。そんな中、ミタリアが魔法の詠唱を行いそして宙に文字を刻んだ。
「音の旋律・サウンドクラッシュ」
「やめろおおおおおお!!!!」
ミタリアが魔法を唱えると同時に、生徒達を追って奥へ行っていたクレストが叫びながら帰って来た。
「クレスト先生!!!」
それに気付いたマリアが叫ぶ。
ミタリアの音魔法は、目の前に迫っていたアイスリザードを音の圧力で上下左右から激しくぶつかり潰しにかかる。クレストが大声を出しながら駆けつける。
「こんなところで、そんな魔法を……、しまった!!」
クレストが到着すると同時にミタリアが立っていた辺りの地面が音を立てて崩れ始める。
ゴゴゴゴゴゴオオオ!!!
「えっ!?」
ミタリアが驚きの表情をする。同時に地面にできた大きな穴に落ちるミタリア。クレストがマリアに叫ぶ。
「先生は先に地上へ!! ミタリアあああ!!」
「クレスト先生ーーーーー!!!」
クレストとミタリア、そしてアイスリザードは、突如地面に空いた大穴に轟音と共に消えて行った。
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