第三節「超魔力ミタリア」

11.音魔法のミタリア

「い、いや、違うんだミタリア。これはわざとじゃなくて……」


少年は妹の部屋で真っ黒に焦げたぬいぐるみを前に必死に弁解する。


「う、ううっ……、うう……」


妹のミタリアはそんな兄の言葉など耳に入らず涙を流す。兄が言う。


「ま、魔法なんて俺、使える訳ないと思ったんだよ。まさか、本当に出来たなんて……」



兄が冗談半分で詠唱した火魔法。それは妹ミタリアが最も大切にしていたぬいぐるみを真っ黒に焦がす結果となった。ミタリアの体が震える。


「ううっ……、きらい……」


「え?」


兄が異変を感じる。


「きらい、きらい、きらいきらいきらい……」


「お、おい……、どうした……?」


「きらいきらいきらい!! だいきらあああああああああい!!!!!」



ドオオオオオオオオオオン!!!!


「ぎゃああああ!!!!」



爆音。悲鳴。

割れる窓ガラス。辺り一面を揺らす振動。


「ど、どうしたの!!」


慌ててやって来たふたりの両親が部屋に入って悲鳴を上げた。


「きゃあああああ!!!!」



「きらいきらいきらい……、みんな大きらい……」


そこにはたったひとりで焦げたぬいぐるみを抱く少女の姿があった。






「で、何の用なんだ? レオン」


クレストはレオンに学長室に呼ばれその大きなソファーに座って尋ねた。レオンが真正面に座りながら答える。


「ああ、まあ、どうだい? 新入生は」


クレストは体だけは大人である女生徒達を思い浮かべて答える。


「まあ、粒ぞろい、かな……」


レオンが眉をしかめて言う。


「おいちょっと待て。お前また変なこと考えてたろ? お前のスローライフには文句は言わんが、未成年を使ったハーレムだけは認めないからな」


「うっ……」


(こいつは人の頭の中を覗けるのか?)



クレストが口籠っていると先にレオンが話題を変えた。


「ああ、それからお前を呼んだのはちょっと聞いて欲しい話があってな」


「話?」


「そうだ。ラスタ村って覚えてるか?」


「ラスタ村……?」


正直、聞いたことがある程度。実際クレスト達が巡った村や街は数えきれない程あり、まだ若かったクレストはその全てをはっきりとは覚えてはいなかった。



「まだ子供だったからな。まあいい。そのラスタ村でを抜き取られて村人が多数殺される事件が起きた」


「魂、だって?」


クレストは昔の冒険で見たその景色を思い出した。

外傷はないが、白目で土色になって息絶える人達。小さな集落であったが突然人がいなくなったような景色は異様であった。

そして当時クレスト達はその原因も突き止め解決している。クレストが言う。



「それって、まさか……」


レオンが真剣な顔をして言う。


「ああ、死神と同じ状況だ」


「……」



死神と言えば上級悪魔。

『魔界の門』をしっかり封印している現状ではそこからやってくる可能性は低い。それとも南方大陸の弟子マーガレットに何か起きたのだろうか。


「マーガレットに何かあったのか? それともそんな強い奴がどこかに生き延びていたのか?」


「分からない。ただラスタ村の位置を考えれば南方大陸のマーガレットの線は薄いだろう」


「そうか……」


頷くクレスト。レオンが言う。


「とりあえず俺が行って調べてみようと思う」


「大丈夫か?」


クレストは心配した。実態を持たない死神はクレストの付加魔法を掛けなければ勇者レオンとて勝負にならない。



「ああ、無茶はしない。調査だけだ。ただ、もしかしたら……」


「ああ、俺も手伝う」


「そうか、有り難い」



レオンは笑顔で答えた。

クレストは正直なところ面倒臭えと思ったが、そんなことを言えば真面目なレオンが激怒することは容易に想像できる。そして内心思う。



(はあ、俺のスローライフがまた遠のいたな……)


真剣な顔をして考え込むクレストを見てレオンは思う。


(スローライフとか年金とか言っているが、やはり勇者オレの仲間。自分のことのように真剣に考えてくれているんだな)


クレストは難しい表情をしながら、どうやったら夢の年金ライフが無事に送れるかを真剣に悩んでいた。





クレストの魔法実技授業。

今日も魔道館に集まって生徒達の前で話を始める。


「えー、では今日は前の講義で説明した『異属性魔法』の練習をする。みんなはもうある程度自分の得意属性は理解していると思うが、それ以外でも意外と使えたりすることがある。それを探そう」


「はーい」


生徒達が返事をする。


「コツはいつもと違う精霊を感じること。何か違和感を感じたらそうかも知れない。じゃあ、始め」


そう言うと生徒達は、以前のように魔法耐性の服を着た木の人形に向かって魔法を唱え始める。



「うーん、うーん……」


目を閉じ一生懸命に精霊を感じようとする生徒達。

生徒達を見ながら歩いていたクレストをレイカが呼ぶ。



「先生ー、教えてくださーい」


「ん? レイカか」


綺麗な金色の髪。近付くだけでいい香りが鼻をつく。レイカが言う。


「私、火しか扱えなくて、どうしたらいいんですか?」


「意識を集中させる。いつもと違うものを感じるんだ」


レイカは手を前に出して唸り始める。


「うーん、ううーん……、あ、せ、先生感じ始めて来た!!」


「おお、そうか!」


「せ、先生、私の手を握って。早く!!」


「えっ? 手をか? わ、分かった……」


言われるがままにレイカの手を握るクレスト。



(や、柔らかい……、何て、か細い手なんだ……)


クレストは心臓の高鳴りを気付かれないように細心の注意を払う。レイカが言う。



「せ、先生。感じるわ。感じるの、先生のを……」


頬を赤らめて、うっとりとした顔のレイカがクレストを見つめて言う。


「おい!!」


手を離してクレストが言う。


「当たり前だろ、手を触っているんだから!! 真面目にやれ」


「は~い……」


レイカは詰まらなそうに答えた。




ドオオオオオオオン!!!


「ぐはっ、な、何だ、今度は!?」


突然の爆音にクレストが音の方を見ると、ひとりの少女が人形に向かって激しい魔法を撃ち放っていた。



「ミタリア!!」


クレストはそのツインテールの背の低い少女の前に行く。直ぐに感じる音精霊達の騒めき。かなり強い魔力を感じる。クレストが言う。


「ミタリアは音魔法が得意だったな。他の属性にも挑戦してみてくれ」



「ぐふふふふふふっ……、音の旋律・コレクトヴォイス」


ドオオオオン!!


「うわあああ!!」



ミタリアの周りから人形に向けて音の衝撃波が放たれる。大きな音を立てて壊れる人形。ミタリアはひとり薄笑いをしている。クレストが言う。


「ミタリア、聞いているのか? 他の属性をだな……」


クレストが話す間にも再び音精霊がミタリアの周りに集まり、騒ぎ出す。



(まったく……、仕方ない。……音の旋律・無音)


クレストは頭の中で素早く詠唱する。



「音の旋律・コレクトヴォイス」



「……?」


ミタリアが詠唱を終えるが何も起こらない。

少し首を傾げるミタリア。周りにはもう音精霊はいない。


「……どうしたのかなあ、音の精霊ちゃん達。私が呼んでいるのよ、出ておいで。あ、そう。この周りの人達が嫌なのね。そうよね、私もイヤよ、男とか特に存在自体がおかしくて、精霊ちゃん達にはもう会わせられなくて。私は大丈夫、だからまた一緒に……」



何やらひとりぶつぶつとつぶやくミタリア。クレストは思う。



(はあ、こりゃまたくせの強い生徒が現れたなあ……)


他の生徒が遠めでじろじろ見るのを意に介することなく、ミタリアの独り言は終わりなく続けられた。

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