10.責任

「な、何だよ、お前は!! 僕ちゃん、家に帰るんだからそこを退けよお!!」


ブルッドの言葉に無言のクレスト。

ただその体は怒りの為に震えている。ブルッドが再び叫ぶ。



「ど、退けって言ってるだろ!!!」



クレストが右手をブルッドに向けて言う。


「二度とうちの生徒に関わるな……」


それを聞いたブルッドが笑って言う。



「はあ? 何、言ってるんだ、お前? 学生か? 先生か? いいよ。撃って見なよ。得意の魔法をさあ!!」


ブルッドは両手を広げてクレストを挑発する。クレストが小さくつぶやく。



「風の旋律・クロスウィンドウ」


それと同時に風の刃がブルッドを襲う。ブルッドが笑って言う。


「きゃはははっ、この服は魔法耐性の服。こんな弱い魔法なんて効くはずが……、えっ? な、なに、痛い!! 痛いいいいいいっ!!!!」



クレストの放った風魔法がブルッドの服を紙のように切り裂いて行く。


「ぎゃあああ!!!」


全身から血を流して叫ぶブルッド。クレストが更に言う。



「火の旋律・ファイヤ」


ゴオオオオオオ!!!


詠唱と同時に燃え上がるブルッドの服。



「熱い、熱い、熱いよおおおお!! 助けてええええ!!!」


クレストの炎はボロボロに切り裂かれていたブルッドの服を一瞬で灰にした。全身を切られ火傷を負ったブルッドが倒れそうになりながら言う。


「ど、どうして、魔法耐性の服を……?」


クレストが黒いフードの中から目を光らせて言う。



「その程度の服で俺に抗えるとでも思ったのか?」


「ひ、ひい……!!」


その一言でブルッドは震えあがった。獲物を狩り殺すような目。心を潰すような声。すべてがブルッドの想像以上の相手であった。クレストが言う。



「もう一度言う。俺の生徒に近付くな。もし近付いたら……」


再びクレストが右手を上げる。



「い、いやだあ、た、助け……」



「風の旋律・ウィンドショット」


ドン!!!



「ぎゃああああ!!!」


クレストの周りから放たれた多数の風の弾丸がブルッドに命中。吹き飛ばされたブルッドが大木に体を叩きつけられ、地面に落ち体を震わせながら血を吐く。


(折れた、折れた、あばらが折れたよおお、痛い、痛い、怖い、怖いいいいいい!!!)



倒れるブルッドにゆっくり近付くクレスト。ブルッドを見下ろしながら言う。


「理解したか? 二度と生徒達に近付くな!!」


「ひいいいいい!!! わ、分かったよおおおお!!!!!!」


ブルッドは半裸のまま立ち上がり、恐怖に潰されそうになりながら逃げて行った。




「ふう」


大きな息を吐くクレスト。


(これだけ脅しておけば大丈夫だな)



クレストは森の出口へと歩き出す。そしてフードを深く被り直し、心の中で小さくつぶやいた。


(後は頼んだぜ、フローラル……)


そしてクレストは直ぐに魔法を詠唱する。



(……風の旋律・ウィンドカッター)


詠唱を終えると、クレストはひとり森の中へと消えて行った。





(風の精霊が? えっ!?)


レイカとフローラルは部屋中で騒ぐ風の精霊を感じる。そして風の音がしたかと思うと、手足を縛っていた縄が自然に切れて落ちた。


「えっ!? 動く!!」


ふたりは体が自由になったことに気付くと椅子から立ち上がり、そして抱き合って泣いた。



「うわああああん、怖かったよおお。本当にもう殺されるかと思って……」


泣き出すレイカを抱きしめるフローラル。


「うんうん、怖かった。私も殺されるかと思ったよ。でも、またあいつが戻ってくるかもしれないわ。早く逃げましょ」



「ううっ、うん……」


レイカは涙を拭くとフローラルの言葉に頷いた。



「大丈夫、誰もいないわ。おいで」


小屋の外を確認したフローラルが部屋の中に居るレイカに伝える。レイカの足が震える。いきなりまたあの男が出て来たらどうしよう。震えて逃げられない。


「大丈夫」


体が固まって動けないレイカの腕をフローラルが掴んで歩き出す。



(大丈夫、大丈夫……)


レイカは自分に言い聞かせて小屋の外へと歩き出す。



「さあ、行くわよ!!」


前にいたフローラルが急に走り出す。慌てて後を追うレイカ。


(あれ? 何か落ちてる)


レイカは小屋の傍に落ちていた落とし物を拾う。


(財布? まだ温かい……)


レイカは走りながらその財布の中身を見る。



――えっ、ま、まさか……


レイカは走りながらその財布を大切にポケットにしまった。





フローラルと別れたレイカはひとり恐る恐る家に帰る。

家に着いた頃には既に薄暗くなっており、部屋には明かりが灯っていた。


(馬車? お客様かしら……)


家の前に止められた馬車。フローラルはあまり関心を示すことなく家の中へと入った。母親は客対応の為か、応接間で誰かと話しているようだ。

レイカはすぐに浴室へと向かう。すぐに体を洗いたい、清潔になりたいと思った。


どれくらい洗っただろうか。

体中が赤くなるほどこすり、そして浴槽に浸かってまた泣いた。


「怖い……」


ブルッドが地震でいなくなって逃げ出したふたり。

明日また見つかれば何をされるか分からない。そうでなくても家を通して何か怖いことをされるはず。そう思うとレイカの涙は止まらなかった。



「レイカ、ちょっと来なさい……」


長風呂を終え浴室から出たレイカを母親が呼び止めた。

呼ばれた母の前に無言で座るレイカ。この時先程やって来ていた客がブルッドのフォルスター家だと言うことにようやく気付いた。母親が言う。



「ブルッドさんのところの使いの方が来ていました」


「はい……」


レイカはうな垂れながら返事をする。母が続ける。


「ブルッドさんがあなたとの婚約を破棄したいと仰っているそうです」


「えっ?」


驚き顔を上げるレイカ。母は悲しそうな顔をして言う。



「もうあなたには会わない。近寄ることもしないと使いの方から一方的に言われました」


「う、そ……」


レイカは自分がどれほど驚いた顔をしているのか理解していなかった。


「あなた、何か心当たりはないのですか?」


「いえ、何も……」


レイカの体が少し震える。


「そうですか、残念です。うちのような三流貴族ではこれ以上何か言っても無駄ですし、はあ。またどこか良い縁談先を探さなきゃ……」


レイカが母親の目を見て言う。



「わ、私あるわ! 良い縁談があるの!!」


「えっ? どこのお家ですの?」


レイカは少し間を置いてから答える。



「それは……、ちょっと秘密! でも近いうちに紹介するから!!」


母親はため息をついて言う。


「立派な家の方を連れてくるのですよ……」


「はい!」


レイカは嬉しそうに返事をした。






「ここ、いいかしら?」


翌日、レイカは学園の食堂で食事をするフローラルの隣に立って尋ねた。


「え、はい。どうぞ」


フローラルが驚いて答える。レイカは昼食をテーブルに置くとフローラルの隣に座った。そして言う。



「あ、ありがとう。あなたのお陰で助かったわ……」


レイカが小さな声で昨日のお礼を言う。そしてカバンから一着の服を取り出して渡した。驚くフローラル。レイカが言う。



「ちょっと前に焦がしちゃったでしょ、あなたの服。ごめんなさい」


フローラルは嬉しそうな顔で言う。


「だ、大丈夫ですよ。でも貰っときます。うち貧乏なので……、それよりも良かった、レイカさんが無事で」


「そう、良かったわ。でも名前はレイカでいいわ」


「えっ」


レイカはフローラルの顔を見て言う。



「私、あなたを誤解していたの。男に媚びるだけの女だと。本当にごめんなさい」


レイカがフローラルに頭を下げる。


「レイカさん……」


「レイカよ、ふ、ふふっ」


「うふふっ」


ふたりは顔を見て笑う。フローラルが言う。



「レイカ……、あれからは大丈夫なの?」


レイカが答える。


「うん、今朝もちょっと心配していたんだけど、大丈夫みたい。何もなかったわ」


そう言って昼食を食べるレイカ。


「本当に良かった」



「あっ、ちょっとごめん。私、少しだけ用事があるんで」


そう言ってレイカはフローラルを残し席を立ち、ひとり食堂の出口へと走って行く。




「先生!」


「ん? ああ、レイカ……」


クレストは食事を終え食堂を出ようとしていたところをレイカに呼び止められた。レイカが言う。



「先生、ありがとうございました」


笑顔でお礼を言うレイカ。それを見てクレストがやや焦る。


「な、何のことだ?」


レイカは胸ポケットからある物を取り出してクレストに渡す。


「これ、落ちてました。先生のでしょ?」


そう言ってクレストの財布を差し出す。財布の中にはクレストの身分証が入っている。クレストが服をバタバタ触って驚いて言う。



「えっ、あ、俺の財布? 落としてたのか? うわ、ありがとう」


頭を下げて礼を言うクレスト。レイカはにこにこして尋ねる。


「先生、来てたんでしょ?」


クレストが少し固まる。



「は? な、何が?」


「それ郊外にある森の奥で拾ったの」


クレストは心臓をバクバクさせながら言う。


「な、何のことだか、さっぱり意味が……」



レイカが腕を組んで顎に手をつけて言う。


「……でもどうやってあんな強い縄、切ったのかしら?」


「馬鹿、あんなもん俺に掛かれば……、あっ」


「ふふっ」



にっこり笑ってレイカがクレストを見つめる。


(は、はめられた……)



「先生」


「はい……」


クレストは半歩後退して返事をする。



「先生以前、困ったことがあったら相談しろって言ってましたよね?」


「あ、ああ……(言ったかそんな事?)」


クレストは更に半歩後ろに下がる。レイカが言う。



「私ね、昨日フィアンセに振られちゃったの。一方的に。酷いと思いませんか?」


「そ、そうなのか? それは残念だっ……」


レイカが言う。


「先生の家柄は、まあ、特にないようなので、これから何か大きな偉業を成し遂げて貰わなければなりませんね」


「は? ちょっと言ってる意味が……」


「私に釣り合うぐらい、先生はそこそこ強いので街を襲う魔物を倒して英雄になるとか、うん、そのくらいならいいかな。お母様も英雄とか言う言葉には弱いし……」



(いや、街どころか既に世界を救ってるんだが……)


心の中でそう思いながらもクレストはさらに後退してレイカに言う。



「じゃ、じゃあな。俺、午後の講義があるんで……」


逃げようとするクレストにレイカが言う。



「責任取ってくださいよ」


「へっ?」


レイカはクレストに肉薄するように近付いて言った。

レイカの女の香りがクレストを包む。もともと美人。接近されて見つめられたクレストの心臓がバクバク高鳴る。レイカが言う。


「フィアンセに振られた責任。先生のせいなんだから、ちゃんと取ってくださいよ」



クレストはお腹を押さえながら言う。


「す、すまん。急にお腹が痛くなって……、その話はまた今度な……」


そう言って逃げ始めるクレスト。レイカが言う。



「ああ、逃げた! ちょっと待ってよお、先生!!」


レイカは逃げるクレストを嬉しそうに追いかけた。

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