9.フードの男

「こ、こんな森の奥に一体……?」


フローラルはひとり森の奥へと歩いて行くブルッドを尾行しながら不安な気持ちになっていた。


(でも、絶対にレイカさんがいるはず!!)


不思議と妙な自信があり、そしてブルッドが入って行った小さな小屋を見た時にそれは確信へと変わった。


(な、なにこの小屋? こんなところに……)


フローラルは音を立てないように小屋に近付きカーテンの隙間から中を覗く。



「!!」


直ぐに身を隠すフローラル。

心臓はバクバクと音を立て、そして体の震えが止まらない。


(い、いた。やっぱりいた。レイカさん……、ここに捕まっていたんだ。どうしよう……)


フローラルは落ち着いて冷静になって考える。

ここで突入して上手く行けばすぐに助けられる。だけど失敗すればふたりとも捕まる。


(助けを呼ぶべき?)



そう悩んでいたフローラルの思考を中にいたレイカの悲鳴が一瞬でもみ消した。



「いやああ!!!」


「レイカさん!!!」


そう思ったら勝手に体が動いていた。

ドアを勢い良く開け中に突入。小太りの男がレイカと向き合っている。そして泣きながら震える彼女を見て心は直ぐに決まった。



(風の精霊達よ! お願い。私に力を……)


精神を研ぎ澄ませ、同調、対話、協力。



「何だよ、お前は……」


振り向きながら静かに近寄るブルッドを見ながら、フローラルは素早く魔文字を宙に刻む。そして叫んだ。



「風の旋律・ウィンドカッター!!!」


フローラルの叫びと同時にブルッドの周りにあった風がビュウビュウと音を立てて暴れ始める。そしてその風が鋭利な刃のようになって真ん中にいたブルッドに襲い掛かる。


ザンザンザン!!!


「ぎゃっ!!」


突然の攻撃にブルッドが悲鳴を上げる。それを見たフローラルがレイカに叫ぶ。



「レイカさん、今のうちにこっちへ!!!」


レイカが立ち上がりフローラルの方へ向かって走り出す。



バン!!!


「きゃああ!!!」


その瞬間、ブルッドの横を走り抜けようとしたレイカが顔を殴られ壁まで吹き飛んだ。フローラルが叫ぶ。


「レイカさん!!!!」


レイカは壁にもたれて震えながら血を吐く。フローラルが無傷のブルッドを見て言う。


「な、なんでよお……、どうして……?」


ブルッドが笑って答える。



「きゃはははっ、僕ちゃんには魔法は効かないのよ。魔法耐性の服、知っているでしょ?」


「!!」


フローラルは全身の力が抜ける感覚に襲われた。

しかし壁で倒れているレイカを見て気持ちを入れ直す。



「水の旋律・プルウォーター!!!」


再び素早く魔文字を書き水魔法を発射。



シユウウウウウ……


「!!」


渾身の魔力を込めて放った水魔法もブルッドの服に当たると蒸発するように消えて行った。


(ダメ……、勝てないかも……)


「もう終わり? じゃあ今度は僕ちゃんの番ね~」



ブルッドはそう言うと素早くフローラルの横へ行き、脇に強烈な蹴りを入れる。


ドン!!


「きゃああ!!!」


レイカ同様に壁まで吹き飛ぶフローラル。

余りに激しい攻撃。たった一撃でフローラルの戦意は消滅してしまった。



(怖い、怖いよ……、殺される……)


フローラルは何の考えもなしに突入したことを後悔した。ブルッドが笑いながら言う。



「ねえ、君は誰なんだい? どうしてここに来たのかな? レイカちゃんのお友達? 悪い子だねえ。君も僕がお仕置きしてあげようか?」


フローラルがブルッドの特異な迫力に飲み込まれる。恐怖と震えで体が動かない。



「い、いや、いやよ……」


辛うじて絞り出した声。それを聞いたブルッドがフローラルを殴る。


バン!!


「きゃあ!!」


フローラルの顔が赤く腫れる。

もう抵抗はできなかった。レイカもせっかく助けに来てくれたフローラルがあっと言う間にねじ伏せられ、止まっていた震えが再び始まる。



――怖い、寒い……


ふたりともブルッドへの恐怖に心を潰され震えるように寒くなった。



「じゃあ、またここに座って貰おうかな」


ブルッドはそう言うと椅子をふたつ用意し、棚の中にあった新しい縄でふたりの手足を縛り上げた。ブルッドが言う。



「これはね、魔法耐性を持つ縄だよ。もう魔法で切ることはできないからね。けけけっ」


ブルッドのひとつひとつの行為、言葉に心をえぐられるふたり。レイカに至ってはもう何も考えることができなくなっていた。

ブルッドがふたりの前に立って言う。



「さあ、始めようか。午後のお仕置きタイムだよ」


ふたりの目から恐怖の涙が流れた。





(こんなところに小屋が?)


講義を抜け出したフローラルを不審に思ったクレストが、やや遅れて森の中にある小屋へと辿り着いた。


(あの中に入ったのか? 嫌な予感がする……)


クレストがゆっくりと小屋に近付き、窓のカーテンの隙間から中を覗く。


「!!」


そこには椅子に縛られたふたりの女生徒の姿があった。クレストはゆっくり小屋から離れると、目を真っ赤にして言う。



「許さねえぞ、俺の生徒を!!!!」


その言葉に辺り一面の精霊達が騒ぎ出す。

クレストは更に小屋から離れると右手を前に差し出して詠唱する。



「地の旋律・激震憐歌げきしんれんか!!」


クレストが叫ぶと突如小屋を中心に大地が泣き叫ぶように強い地震が起こる。中にいたブルッドはその大きな揺れに驚き悲鳴を上げてひとり小屋の外へ逃げだした。



「ママ、ママ!! 恐いよお。僕ちゃん、怖いよおお!!!」


ブルッドが悲鳴を上げながらひとり逃げ出す。その前に真っ黒なローブを着たクレストが立ちはだかる。突然現れた男に驚くブルッド。そして言う。


「な、何だよ、お前は!! 僕ちゃん、家に帰るんだからそこを退けよお!!」



「……」


無言のクレスト。

そして深く被ったフードの中からギロリとブルッドを睨みつけた。

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