第176話 作戦開始
玲奈たちを乗せたトラックが急停車する。まだ二時間しか走っていない。だとすれば、原因は一つしかなかった。
地平線の先に土煙が見えている。どうやらコウフを制圧したオークの群れは予想通りに南下していたらしい。
「一八!?」
「落ち着け。先週の戦いと同じだ……」
流石に玲奈は口を尖らせていた。まるで自分が臆病者だと言われているような気がして。
「ふん、今回は私がネームドを仕留める番だ! 見ておけよ?」
先ほどまでのムードが一新されている。とはいえ、これが普通の距離感に違いない。
トラックの荷台から飛び降りる二人。早速とハンディデバイスから愛刀を取り出し、徐に抜刀している。まだオークの群れは遥か先であったというのに。
「玲奈、お前はまだ女神の加護が有効だと思うか?」
ふと一八が聞いた。山脈越えをしてくるのはオークの大軍である。だからこそ、彼女の願いが今も健在なのかと気になってしまう。
「どうだろうな? とりあえず私は生きたオークキングに出会ってはいないが……」
一週間前に死体は確認している。出会わないとの意味合いが魂を含めたものならば、今もチキュウ世界において加護が発動しているはず。
「なら話は早ぇ。玲奈がデカいオーク見つけろ。お前が見つけた進化級オークこそがオークエンペラーだ」
恐らくはマイバラ基地と同じように人工的に生み出されたオークキングがいるはずだ。それが厄介だと考えていたけれど、進化級オークを玲奈に選ばせるだけでオークキングは排除できた。
「一八にしては鋭いじゃないか? よし、ならば私が先頭を走ろう」
玲奈も同意している。余計な仕事まで請け負う必要はない。ネームド以外であれば連合国軍は戦えるはずなのだ。
「君たち、待ってくれ!」
エアパレットを取り出したところで、トラックの助手席にいた男が声をかけた。
「私は連合国軍第一師団の師団長、竹之内という。正式な同盟を結ぶ前からの参戦に感謝したい」
どうやら彼は本作戦の指揮官であるようだ。四個師団という大編成であるけれど、一番目の部隊を率いる竹之内は恐らく将官級に違いない。
「いや、できれば連合国が疲弊しないようにしたい。共和国だけでなく人族の問題として」
ここも玲奈ではなく一八が返す。自分たちが前にでなければ、恐らくネームドオークエンペラーは壊滅的なダメージを与えるだろう。何もできないままトウキョウが陥落する未来までもが考えられた。
何しろ一八は聞いたのだ。人族の未来がずっと以前に途絶える運命であったことを。たった一体の名も無きオークエンペラーによって蹂躙される未来。ネームドオークエンペラーであればそれ以上のことを成し遂げるに違いない。
「そういってもらえると有り難い。君たちへの非礼は私も聞いている。だからこそ謝罪と感謝を。天禍ともいえるネームドオークエンペラー。相手にできるものなど連合国にはいないのだ。よろしく頼みたい」
言って竹之内が頭を下げた。司令官という立場であり、彼はこの侵攻軍のトップであるというのに。
「良いっすよ。それより俺たちはネームドオークエンペラーを討伐するや、共和国へと帰ります。あとのことは連合国軍が自力で何とかしなきゃならねぇ。大丈夫っすか?」
一八の話に頭を戻す竹之内。それも聞いていた話だ。しかし、元よりこの戦いに共和国は無関係だ。居合わせただけであり、一八たちが参戦する義理はない。ネームドオークエンペラーさえ仕留めてもらえれば持ち堪えられるだろうと竹之内は考えていた。
「連合国軍を侮らないでくれ。君たちは見捨てても構わない戦いに助力してくれるのだ。それこそ命を懸けてくれるのだから、我々は本当に感謝している」
竹之内から差し出された手を一八は取った。固い握手は互いの健闘を祈るもの。共通の敵である天軍に勝手はさせないのだと。
「じゃあ、俺たちは本隊が突っ込んだあとで、ネームドオークエンペラーの元へと向かいます。できれば雑魚は引き付けてもらいたいっす」
「任せてくれ。ネームドオークエンペラーを発見次第、君たちに連絡を入れよう」
一八と竹之内は互いにハンディデバイスの認証を済ませる。
このあと直ぐさま作戦開始なのだ。まずは連合国軍の第一師団と第二師団が軍勢に取り付き、オークたちに立ち塞がる。その中でネームドオークエンペラーを発見すれば、直ちに一八へ連絡が入るという段取りだった。
軽く手を挙げて竹之内は去って行く。心なし彼の表情には笑みらしきものが浮かんで見えた。
いよいよ開戦である。大軍勢に潜むネームドオークエンペラー。強大な敵との戦いが再び幕を上げようとしていた……。
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