第177話 ディザスター

 本隊が侵攻を始めた五分後。一八と玲奈はオークの軍勢に接触していた。玲奈を先頭にして一八がそれに続く。


「一八、突っ込むぞ!」

 まだネームドオークエンペラーの目撃情報は届かない。こうなると玲奈頼みである。彼女の希望をマナリスが叶えたと信じるしかなかった。


 狙いを定めたのか、玲奈が加速していく。眼前に見える大きな影。他にも複数体確認できたけれど、迷うことなく進む玲奈は目標を定めたらしい。


「いくぞっ!!」

 刹那に宙を舞う玲奈。一八もまたエアパレットに魔力を送り、彼女に続いて空を飛ぶ。

 第一師団が取り付くオークの群れを飛び越し、二人は靄の向こうに見える影を目指す。


「デカいな! 当たりかもしれん!」

「俺のハンサム具合より叶ってんじゃねぇのか!?」

 眼下にはオークの大軍。荒野での接触を予想していなかったのか、軍勢は混乱している感じだ。だが、それは関係のない話だ。玲奈たちはネームドオークエンペラーの討伐のみが任務であるのだから。


「一八、よく見ておけ! 私の生き様を!」

 何だかよく分からない台詞だが、一八は頷いている。なぜなら玲奈の刀身が雷を帯びていたのだ。


「絶対に当てろ! 怯んだ隙に斬りかかる!」

 玲奈が遠距離攻撃を繰り出そうとしているのは分かった。ならば一八の初撃が隙を突ける可能性は高い。


「うあああぁぁあぁああっっ!!」

 振り下ろされた零月から放たれる稲妻。真っ直ぐに撃ち出されたそれは目にも留まらぬ速さで進化級オークへと着弾する。


「ナイス、玲奈!!」

 濛々と煙を上げる巨体に一八が接近していく。もう既に彼の斜陽も属性発現が成されている。燃え盛る大太刀にて一八は斬り付けていた。


「ぶった切れろぉぉっ!!」

 左腕を狙う。渾身の一振りによって、いち早く斬り落としてしまおうと。

 しかしながら、斜陽は振り切れない。斬り落とすことは叶わず、それどころか皮膚ですら切り裂けていないのだ。その事実には一定の推測が成り立つ。一八の全力攻撃が防がれてしまうなんて、一つの結果にしか結びつけられない。


「大当たりじゃねぇかよ……」

「ふはは! こんなことなら天主に出会わぬようにと願っておくべきだったな!」

 眼前にいるのは間違いなくオークエンペラーであった。ネームドかどうかはともかく、人工的に進化したオークであるはずがない。


 とはいえ二人が落胆することなどなかった。元よりネームドオークエンペラーの討伐が使命である。疲弊する前に出会えたことを喜ぶべき場面だ。


 一八と玲奈は眼下にいるオークを斬り裂き、進化級オークの前へと降り立っている。

「人の子よ、良い度胸だな?」

 二人と視線が合うや、進化級オークが話し始める。やはり人工的な進化ではない。彼らは強くもなければ言葉を操ることもなかったのだ。


「てめぇはオークエンペラーか?」

 例によってオークたちは円を描くように取り囲んでいたけれど、一八は堂々と問いかけている。自分たちの標的なのかと。


「如何にも。我はディザスター。ガブリエル様の命を受け、参上した」

 確認事項は少ない。名を知れただけで十分だ。またその口調は少しばかり理性的にも感じられている。


「ガブリエル? そいつは天主か?」

「人の子よ、口を慎めよ? 我は四天将の一角ガブリエル様に人族の街を滅ぼすよう仰せつかっておるのだ」

 四天将なる言葉は初めて聞く。更にはディザスターを従えている天主がガブリエルなのだと分かった。


「残念だが、お前たちの進軍はここまでだ。輪廻へと還ってもらうぜ?」

「勇敢なる人の子、名を聞いておこうか? 我を前に軽口が叩ける者などそうはおらん」

 どうにも調子が狂う。言葉を操る魔物は往々にして気性が荒かったのだ。いきなり戦いになるかと思うも、騎士道に則ったような性格であった。


「奥田一八だ。覚えておけ? 俺はカイザーっていうオークエンペラーをぶった切った男だ……」

「そうか、カイザーを斬ったか。それなら我も本気を出さねばならんな……」

 ディザスターは動揺するどころか笑みさえ浮かべている。どうにも嫌な予感がした。

 カイザーと同じネームドオークエンペラーであるけれど、ディザスターは同格以上の可能性が高い。


「さっさと始めようぜ。俺たちは先を急いでいるんだ。お前に付き合っている暇なんかねぇよ」

 玲奈の自己紹介がまでであったけれど、一八は会話を打ちきる。話し込んだとして友好度が上がるはずもなく、戦いは避けられないのだから。


「奥田一八、その名は覚えておく。我が寿命を全うし、天に還るとき再会するとしよう。貴殿は臆することなく、先に天へと還ってゆけ……」

 ディザスターは少しも敗北など考えていない。カイザーを討伐した者と知ってもなお、揺るぎない自信があるようだ。


 対する一八は不満げである。最強を目指す彼にとって、如何に強敵であろうとも簡単に殺されるつもりはなかった。


「俺の名は忘れてくれ。天界での再会は果たせそうにない。なぜなら……」

 鋭い眼光で睨み付け、一八は戦闘の行方を口にする。


「お前は地獄行きだ――――」

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