第175話 強敵を前にして
緊急的に参戦することになった一八と玲奈。しかしながら、別に動揺はない。パートナーが変わったけれど、玲奈であれば問題はないし、玲奈としても一八がパートナーであれば戦えると感じている。
緊急的な編成が成され、街門前に七万という兵士が集められた。加えてヨコハマやチバといった近隣都市からも兵士が向かっているのだという。
親書を手渡してから四時間あまり。出撃の準備が整ったようだ。ただし、目的地は決まっていない。最終的にコウフ市を目指すそうだが、そこまでは魔道車でも五時間以上かかってしまうとのこと。
先頭の車両へと乗り込んだ一八と玲奈。二人の戦果次第で共和国の戦い方が大きく変わるのだ。意気込まないはずはなかった。
「一八、貴様はネームドオークエンペラーとの戦闘を経験済みだ。どうやって戦えばいい?」
騎士となる前に玲奈も経験していたけれど、あの場面は既にオークエンペラーの防御力をほぼ無効化しており、更には浅村ヒカリが側にいたのだ。この先に待ち受ける状況とは明らかに異なっている。
「あんま期待すんな。滅茶苦茶に堅ぇんだ。渾身の一振りでも腕を切り落とせなかった。何度も斬りかかって落とすしかねぇな……」
「そういえば浅村少佐も同じようなことを話していたな。無理矢理に雪花斬を使うしかなかったのだと……」
ヒカリもまた通常攻撃では攻めあぐねていた。従って彼女は危険を承知で血統スキルを実行している。いち早く窮地を脱するために。
「だから腕を狙う。一太刀で倒そうとすんな。俺と莉子はそれでドツボに嵌まったんだ……」
「なるほど。まずは腕を破壊するのだな。強者に対する常套手段だ」
「そういうことだ。一つ言っておくが、絶対に死ぬな。俺の指示はそれだけだ……」
玲奈としても死ぬつもりはない。けれど、一八が本気でそう考えているのは分かっている。これまでも一八はそうやって仲間を守ってきたのだから。
「私のことは気にせず、貴様が戦いやすいように戦ってくれ。とはいえ、私も少しばかり注文をつけさせてもらおう……」
言って玲奈は視線を外す。少しばかり躊躇いながらも、彼女は要望を伝えていた。
「一八も死ぬな……」
まるで予期しなかった一言。どれだけ恨まれても仕方がない彼女から、そんな話を聞くなんて。
一八はゴクリと唾を飲んでから返答を終えている。
「死なねぇよ。少なくともお前が失われないと確信するまでは……」
いつになく妙な会話となってしまう。それは全て二人が一定の覚悟をしているからだ。もしも失われたとき、伝え忘れた台詞がないようにと。
一八の返答に玲奈は笑みを浮かべている。守られることを良しとしない彼女であるが、やはり守られるという立場に憧れがあるのかもしれない。
「なぁ一八、貴様は私のことをどう思っている?」
一段と妙な話になり、流石に一八は眉根を寄せている。どういった返答が正解であるのか掴みかねていた。
精一杯に考えてみたけれど、まるで分からない。玲奈が何を求めているのか。或いは自身がどう思っているのか。
「…………」
一八は答えられなかった。マナリスが話すような美しい思い出などなかったし、玲奈とは距離を置いた時間が長かったから。
自分がどう考えているかより、玲奈がどう思っているのかが気になって結論を出す気にはなれない。
「私は一八のことを尊敬している……」
一八が黙り込んだからか、玲奈が先に自分の思いを語る。またそれは一八が考えていたような内容ではない。
「それだったら俺も尊敬している。お前は天界で誓った全てを実践しているし」
「んーまあ、尊敬とは違うかもしれない。もっと近い感覚。何というか……」
玲奈は尊敬していると話した直後に首を振っている。その表現では彼女の心情は言い表せなかったらしい。
「私は一八の生き方が好きだ――――」
意外な言葉が続き、一八は目を丸くした。生き方という前置きがあったものの、玲奈の口から好きという言葉が飛び出すなんてと。
「自然と周囲を巻き込む力。一八は周りにいる全員に良い影響を与えている。私は無理矢理にしかできないが、貴様は行動で示す。人を惹き付け、人を育てていると思う。首相との遣り取りだってそうだ。怒りに任せての言動だろうが、結果として藤城首相は無視できなくなったのだからな……」
まさにそれは結果論であった。藤城首相に関してはタイミングよく天軍が侵攻しただけなのだ。
「別に狙ったわけじゃねぇし、さっきのは偶々だ……」
「偶然かもしれん。だがな、私が交渉役をしていたら、恐らく今頃は帰路に就いているはず。ネームドと戦うためにトラックの荷台へ乗り込んでいるとは思えんのだ……」
感情に任せて言い争っただけ。一八としては運が味方したとしか考えられない。
「今ならば前世の私が選んだわけも分かる。あの神雷さえなければ、レイナ・ロゼリナは幸せだったのだろうと……」
ネームドオークエンペラーとの戦闘を前に、玲奈がおかしくなったのではと思う。普段の彼女であれば、そのような話はしないはず。
「じゃあ、神雷が落ちない方が良かったか?」
一八の問いには首を振る。玲奈は途中退場した前世を幸せだったと結論づけながらも、その継続を望んではいないようだ。
「消去された前世の未来が悪くないものだと分かっただけだ。それにな、続きをしようと思えばできる。何しろ相手は隣人なのだからな……」
再び息を呑む。思わぬ話が予期せぬ内容へと変貌を遂げていく。
玲奈の黒髪が風に吹かれて棚引いている。それを掻き上げる仕草を一八はただ眺めていた。
「ま、忘れてくれ。どうも未知なる魔物退治に臆しているようだ……」
驚く一八を察したのか、玲奈は言葉を濁す。精神状態を理由にして妙な話を終わらせている。
ところが、今度は一八が首を振った。玲奈の感情を理解したわけでもなかったというのに。
「忘れねぇよ。必ずネームドをぶっ殺してやろうぜ……」
今もまだ適切な距離感が掴めない。自身の感情すら理解しないままに告げてしまう。
「続きを始めるためにも……」
それは言った直後から恥ずかしくなる台詞であった。もし仮に玲奈の冗談であったとすれば、逃げ出したくなるくらいに。
一瞬、驚いたあと、玲奈は笑みを浮かべる。
「ならば全力で戦え。良いところを見せろ。前世の続きには私も興味がある……」
妙な話は結局のところ、これまでと変わらぬ結論へと導かれていく。
最後に玲奈が口にしたそれは候補生時代からずっと変わらぬものであった。
「だから絶対に死ぬな――――――」
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