第174話 動き出す世界

「コウフが天軍によって壊滅しました!」

 思いも寄らぬ報告である。未だかつて連合国はただの一度も攻撃を受けていない。だが、報告によると天軍はヒダ山脈を越え、連合国内に侵攻したとのこと。


「コウフが? あそこには五万を超える兵が配備していただろう!?」

「壊滅です。高度な魔法を操る天主とオークの大軍勢によって占領されたという話。特に脅威であるのは……」

 兵が続ける。取り乱す原因を口にしていた。


「ネームドオークエンペラーです――――」


 絶句する藤城。今し方、その名は聞いたばかりだ。本当に存在するのかも分からぬレアモンスターだったはずが、あろうことか自国に攻め入っているのだという。


「恐らく既に軍勢は南下している模様。逃げ延びた兵が言うにはコウフの陥落は二日前とのことです!」

 間近に迫る明確な危機である。天軍の目的地は間違いなくトウキョウ市であろう。


 問題は通信ではなく、逃げ延びた兵による情報であることだ。もう既に二日も経過しているのなら、トウキョウを目指していてもおかしくはない。


 立ち止まって聞いていた一八だが、玲奈を一瞥したあと再び出口へと歩き出す。

「待ってくれ! 共和国の使者!」

 大声が二人の足を止めた。背後より届いた声の主は藤城首相に他ならない。


「何だよ? 言ったはずだぞ? 俺たちはもう知らねぇって……」

「不体裁も無礼も分かっている。だが、我ら連合国は明確な危機を覚えていなかったのだ! 君たちが誠に強者であるのなら力を貸して欲しい。トウキョウには十万を超える兵がいるけれど、ネームドオークエンペラーと戦った強者はいないのだ……」


 縋るような目をする藤城。先ほどまでの態度を翻している。

 彼もまた国家のために存在しているのだ。プライドなんてものは国家存続の前には如何ほどの重さも持つことはない。


「生き残りゃいいだろ? 俺たちみたいに……」

 腹に据えかねた一八は簡単に同意しない。戦う前から逃げ腰である藤城には呆れて物が言えなかった。


 流石に藤城はショックを受けている。彼らが本当に強者であるのなら、連合国は救いの手を自ら突っぱねたことになるのだ。また藤城は一八が本当に強者なのだと理解していた。怒りと共に漏れ出す彼の魔力は今まで感じたことのない異質なものであったからだ。


「どうかお願いだ! 国民を守って欲しい! どのような同盟でも受け入れる! 私の首が必要なら、後々に共和国まで赴こう!」

 藤城は本気であった。五万という兵を抱えるコウフ市が一瞬にして壊滅させられたのだ。天軍はそれを圧倒する大軍勢であったのだと考えられる。更には情報が二日も遅れた事実。コウフ市が援軍を要請する間もなく滅びたのは明らかであった。混乱のうちにネームドオークエンペラーに壊滅させられたはずだと。


 頭を下げる彼は同一人物のようには思えない。国民のために頭を下げる様子は見下していた先ほどとは異なる。自らの命を捧げるような話は怒り心頭に発す一八とはいえ、流石に無視できなかった。


「玲奈、戦えるか?」

「誰に言っている?」

 まずは確認をする。また返答は予想通りであった。昔も今も彼女は勇敢な騎士であるのだから。


「藤城首相、別にあんたの命はいらねぇ。人族は手を取り合うべきだ。今後、連合国が協力してくれるのなら、俺たちは手を貸してもいいぜ?」

 一八は引き受けようと思う。どうせ天軍を全滅させるつもりなのだ。ここでネームドオークエンペラーを倒しておくのは悪くないと思う。背後より侵攻されるなど悪夢でしかないのだから。


「協力しよう。本当に君たち二人で討伐できるのか?」

「確約はできない。ネームドオークエンペラーはそれだけの相手だ。でも可能性がゼロならば、俺たちが引き受けるはずもないだろう?」

 一八の話には頷きを見せる。確かにその通りだった。引き受けなくてはならない状況とは違う。既に立場は逆転しており、一八たちが断るという選択肢が生まれている。従って勝つ見込みがない話を彼らが請け負うなんてあり得なかった。


「藤城首相、我らがネームドオークエンペラーを請け負う。ただし、それだけだ。話したように私たちは進軍を控えているのだ。残りは連合国で何とかして欲しい」

 ここで玲奈が条件をつけている。数すら分からぬ敵の全てを任されるなどあり得ない。それこそ十万というトウキョウの兵力にて防衛すべきことである。


「エンペラー以外にも、やたらとデカいオークがいるはずだ。だが、そいつらは作られた偽物。間違ってもオークキングじゃねぇ。デカいだけのオークだ。練度のある兵士であれば倒せるはず。そっちは自力で何とかしてくれ」

 忠告として一八は知り得る情報を伝えている。見た目だけで逃げ出したくなるオークがいること。臆することなく戦えばいいのだと。


「すまない。この借りは必ず返す。最後になって申し訳ないが、君たちの名を聞かせてくれないか?」

 藤城は再度、頭を下げている。横柄な態度はもう見られない。まるで救世主を見るような目が向けられていた。


「私は岸野玲奈だ!」

 真っ先に返答を終える玲奈。彼女のチラリとした視線を感じたあと、一八もまた返答を終えている。


「俺は奥田一八……」

 名を告げるだけでは我慢ならない。見下された倍以上の尊厳を一八は求めている。だからこそ名乗ったあと堂々と告げていた。


「世界最強を目指す刀士だ」――――と。

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