第173話 交渉

 一八と玲奈は荒野を突っ切っていた。迂回したならば街道があったけれど、急ぐ二人は直線的に進むことにしている。


「玲奈、街門が見えてきたぞ!」

 一八が声を上げる。出発してから六日目のことであった。片道一週間と聞いていたけれど、二人は一日早く到着している。


「ようやくだな。ただ帰路を考えると気が滅入る……」

 玲奈は苦笑いを返す。既に二人共が疲れ果てていたのだ。観光するような時間がない二人は役目を果たせばトンボ返りである。


 見渡す限りに街壁が続いていた。それこそ地平線の先まで続いていそうだ。二人の故郷であるキョウト市の何倍もあるように感じられる。


 街門へと到着し、二人はエアパレットを降りた。守衛らしきものに身分証を提示し、許可が降りるときをただひたすら待つ。


 三十分程度だろうか。身分証を手渡した守衛が戻ってきた。どうやら確認が取れたようで、言葉ではなく手首を動かすだけで二人を呼ぶ。言語は基本的に共通であるというのに。


「歓迎されてねぇのか?」

「まあ、そうだろうな……」

 既に雲行きが怪しい。丁重とはいえぬ扱いに二人は困惑している。ろくな休みもなく突っ走って来たというのに、面倒ごとのように扱われてしまっては……。


 守衛と一言も話すことなく、二人は魔道車へと案内されていた。乗り込むや否に何の話もなく動き始めている。

 少なからず不快感を覚えていた二人であるけれど、窓から見る景色には息を呑んだ。どこまでも続く街並み。整備され尽くした街の全貌を目の当たりにして。


「すげぇ……」

 碁盤の目のように張り巡らされた通りの数々。整然と立ち並ぶビル群は都市計画の賜物であろう。また軒を連ねる商店もどこか洗練された感じであり、大都会の雰囲気を醸し出していた。


「玲奈、これは駄目かもしれねぇ……」

 ふと漏らすように一八がいう。どうにも国力が違いすぎるように感じる。数多の小国からなる連合国であるけれど、一つの都市であるトウキョウだけを見ても共和国は劣っているように思う。


「確かに。どう考えても足下を見られるだろうな……」

 天軍の脅威はまだ連合国にまで達していない。つまるところ、共和国の問題と捉えられているだろう。従って余計な手間と費用をかけたくないと考えているはずだ。


「まあ、それでも我らは使者なのだ。親書を手渡し、返答をもらうのみ」

 やるべきことは決まっている。断られたのならそれまでだ。

 元トウカイ王国と連合国の国境はヒダ山脈という険しい山々に守られ、尚且つ連合国は十分な国力を持つ。仮に断られるのであれば、説得する術などなかった。


 返答をもらうや、直ちに帰還し進軍に備えるだけ。次に共和国がやるべきことはナゴヤの解放であるのだから。


「ま、気楽にいこうや。どうも俺たちを起用した時点で少将は期待していないってことだな?」

「そういうことだろうな。完全に駄目元であったと思える。侵攻準備の合間に助力が得られたならとしか考えていないのだろう」

 玲奈も諦めムードである。そもそも親書を持たせたとはいえ、外交に公人が同席しないなどあり得ない。騎士とはいえ兵隊二名だけだなんて、侮辱していると取られても仕方がなかった。


 魔道車が着いたのはトウキョウ市の中央。宮殿と呼ぶべき首相官邸である。

 一応は使者として認められているのだろう。使用人が扉を開いてくれ、玲奈をエスコートしている。


 場違いなところへと来たことを今さらながらに痛感する。なぜならフカフカのカーペットの上を兵団支給の装備にて歩いて行かねばならない。ともすれば使用人の方が、この場所に相応しいとさえ思う。


 使用人に連れられ、二人は迎賓室へと通された。そこには既に藤城首相を始め、各エリアの代表者たちが集められている。

 二人が部屋に通されるや、失笑にも似た笑い声が響く。場違いな格好なのは重々承知していたけれど、やはりいい気はしない。


「あー、遠いところ悪かったね。そこへ座ってくれ」

 以外にも柔らかい物腰で藤城が二人に声をかけた。とはいえ二人に用意されたのはパイプ椅子だ。首相を初めとした面々は革張りの豪華なソファであったというのに。


 ここでもクスクスといった笑い声が聞こえる。座れと言われたものの、一八は藤城を睨んでいる。加えて何を思ったのかズカズカと藤城に歩み寄っていた。


「貴様、無礼だぞ!」

「うるせぇ、知るか! 俺はただの運搬人なんだよ!」

 直ぐさま兵に取り囲まれるが、一八は親書を取り出し、兵たちを押しのける。藤城の目の前まで到達するや、それをスッと手渡していた。


 玲奈は唖然としている。馬鹿だとは考えていたけれど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。しかしながら、玲奈は一八を制止しない。なぜなら、彼女が親書を持っていたとして、同じことをしたと思えるから。


「豪胆な使者だな? まあ確かに兵を送るとは聞いていたが……」

 クックと笑って藤城は親書を受け取る。

 共和国からの通信はナラからイセへと伝えられ、シズオカ、ヨコハマと経由しトウキョウまで伝達されていた。兵に親書を持たせるという簡潔な内容を。


 静かに封を切り、藤城が親書を改めた。しかし、少しばかり目を通しただけで、彼は親書を閉じてしまう。


「お帰りいただこう。残念だが、この話を受諾することはできない」

 概ね予想通りであった。だが、一八は背を向けることなく、藤城を見ている。駄目だった場合は即時帰還であると考えていたはずなのに。


「どうしてっすか?」

「んん? 君は内容を知っているのか?」

 一八の疑問には質問返しがある。だが、一八は内容を知らない。だから藤城の問いには首を振るだけである。


「知らないのであれば、教えてやろう。この親書には天軍の脅威と対応策が記されている。君たちが共和国に戻ったあと、ナゴヤへと進軍することまで……」

 意外な内容であった。てっきり媚びへつらうものとばかり考えていたというのに、川瀬は共和国の作戦を伝えただけのようだ。


 しかし、ここまでは拒否する内容など含まれていない。知らされたとして、そうかと思うだけの内容だ。けれども、最後には連合国に対する要求が記されていたらしい。


 藤城はニヤリとした笑みを浮かべながら、親書の内容を明らかにする。

「天軍を滅ぼしたあと、共和国は中央大陸を統一するとある……」

 藤城がそう言った直後、集まった者たちが立ち上がった。流石に看過できない。援軍要請だと思い込んでいた彼らが、宣戦布告とも取れる内容を受け入れられるはずもなかった。


「マジっすか……」

「まあ最後には援軍を送るのなら連合国の存続を認めると記されているがな……」

 川瀬の一存で決めたような文言であった。どうせ駄目ならと強気にでたのかもしれない。如何にも共和国が勝利するといった内容であるのだから。


「まあでも嘘じゃないっす。俺たちは天軍に勝ちます」

 一八は川瀬の話に乗っかるように言った。もう結果は見えているのだ。ならば信念に基づき心のままに語るだけ。


「礼節を欠いた使者であることは君たちも理解しているだろう? 何を思って君たちを向かわせたのか分かりかねる。決して近いとは言えぬ距離だというのに……」

 藤城は頭を何度か振っている。予想とまるで異なる使者。交渉ごとができそうにもない使者を向かわせるなんてと。


「元から共和国は期待してなかったんじゃないかと思うっす。たぶん、それは警告なんだ」

 川瀬の文面から感じられる思惑。焚き付けるだけのような内容に一八は真意を汲み取っていた。


「今動かなきゃ人族は全滅する――――」


 現状では連合国を動かすなんて不可能だろう。窮地に立ってからしか人は理解できないものだ。想像を絶する最悪の未来であれば尚更のこと。


「天軍は君たちが滅ぼすのだろう?」

 やや皮肉にも聞こえる返しがあった。川瀬の意図は明確でなかったけれど、一八はその問いに答え始める。


「もちろんそのつもりっす。でも大陸統一なんて連合国が少しでも考えてくれるようにと言ってるだけ。もし仮に俺たちが全滅した場合、連合国だけで天軍と戦わなきゃいけなくなる。だから考えて欲しかったんだと思います」

 玲奈は黙って聞いていた。一八は無茶も言うけれど、確固たる信念があることを知っていたから。絶対強者の意識を残す彼はただ前を向き続けられるのだと。


「そうなるが、実際のところ連合国には地の利がある。簡単に攻められるとは考えていない」

 やはり楽観的に考えている。一八は同じ過ちを連合国が犯そうとしているのだと察した。


「共和国も同じだったんすよ。タテヤマ連峰があるからと。トウカイ王国とは違うって考えていました。でも天軍は険しい山々を越えてきたんだ。強大な魔物を引き連れて……」

「いやだとすれば、もう少しマシな使節団を用意しないか? 君たちでは本当に我々を煽っているようにしか思えん」

「煽ってる? 俺たちは天軍のネームドをぶった切った剣士だぞ? 馬鹿にすんな……」

 一八の話に迎賓室にどよめきが起こる。物言いもさることながら、一八が語った内容に対して。


「ぶった切っただと? 生き残ったの間違いだろう?」

 藤城はハッハと笑っている。物は言いようだと言わんばかりに。幸運にも大勢で斬りかかった末に生き残っただけだろうと。


「確かに生き残ったぜ。何しろ俺とパートナーは二人で倒したんだからな。カイザーと名乗るオークエンペラーを……」

 一八が話す具体的な話に藤城は口を噤む。正直に言葉がなかった。オークエンペラーといえば師団級を動員してもおかしくない相手なのだ。しかもそれがネームドであるだなんて、にわかに信じられる話ではない。


「俺たちは二体のネームドを含む合計八体の進化級オークを一夜で討伐した。あんたたちが考えるほど弱ぇ集団じゃねぇんだよ……」

 最後まで煽るような一八。もう同盟が成立する未来はない。よってへりくだる必要などなかった。


「せいぜい頑張ってくれ。連合国に何かあっても俺たちは知らん。あんたたちも知らぬ振りなら、おあいこだろう?」

 言って手を挙げて一八は背を向ける。本当に時間を無駄にしたと思う。危機感がない者たちには媚びへつらおうが煽ろうが意味などないのだと。


「首相、大変です!!」

 そんな折り、迎賓室に大声が轟く。一応は外交中であったというのに、慌ただしく扉が開かれていた。


「どうした? 何があった?」

 不満げな表情を浮かべる藤城だが、ちょうど話し合いは終わったところ。一方的に打ちきられたのだから、兵を咎めるつもりはない。


 しかしながら、その報告には愕然とさせられてしまう。居合わせた各国の代表者たちも全員が困惑する。


「コウフが天軍によって壊滅しました!――――」

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