第13話 理事会の通達に抗う

 早朝から降り続けた雨は午後になると上がっていた。空にはまだ厚い雲が残っていたけれど、日が暮れる頃には晴れ間も覗いてくるらしい。


 本日は入学式があり玲奈は生徒会役員として忙しい一日を過ごしていた。また放課後には役員全員が反省会として会議に出席している。

「皆様、本日はお疲れさまでした……」

 生徒会長の恵美里が役員たちを前に話を始めた。主に入学式の雑務に対する慰労であったが、話は以降の活動内容へとシフトしていく。


「昨日のことがあり、わたくし個人的に色々と考えたのですけれど、やはり玲奈さんが指摘されましたようにアネヤコウジ武道学館との境にある壁の撤去工事は白紙に戻すべきだと思います」

 昨日とは一転して壁の必要性を訴える恵美里会長。同じ学校法人が経営する学校だからと彼女は甘く見ていたらしい。実際に男子校を体験した彼女は見解をがらりと変えていた。


「賛成です、殿下! あの者たちは油断ならない相手です。仮に同盟を結んだとしても、全面的に信用してはなりません。やつらは倫理観を持たない豚畜生なのですから!」

「いやあ、あたしも賛成! やっぱ男子校って怖いね……」

 玲奈に続いて舞子も賛成のようだ。喧嘩っ早いところもさることながら、玲奈の話に恐怖を覚えている。全国有数の剣士である玲奈ですら危ういのなら、自分など真っ先に餌食となってしまう。舞子も考えを改めていた。


「会長、それならば併合自体を無効にできないのでしょうか?」

 書記である木幡秀美が手を挙げて質問をする。もっともな意見だ。生徒が乗り気でないのならば敢えてする必要性を感じなかったようである。


「それは難しいです。二校の併合はキョウト会での決定事項。それを否定するなんて力を生徒会は有していません。また壁を維持するにあたっての代案も必要となります……」

 壁の撤去は学校法人キョウト会からの通達だった。反対するつもりなら、それなりの理由を呈さなければならない。

 しばし黙り込んで考え込む五人。生徒会は既に併合否定派で占められていたから思案する表情も真剣そのものである。


「はい、恵美里会長! それなら歩道橋的なもので繋げばいいかと思います。もちろん、施錠できる扉つきで!」

 副会長の大和田小乃美おおわだこのみが挙手をして提案する。


 現状の壁は向こう側が見えないほどの高さ。橋を作るとすれば本当に歩道橋レベルの高さが必要となるはずだ。

「そうね……。本当に妥協案だけど併合が基本線ならば仕方ないわね。理事会には武道学館の荒れ具合を併せて伝えてみましょう……」

 壁の撤去に関しては両校にFAXが送られていた。従って、いち早く動かねばならない。工事が始まってからでは遅いのだ。


「恵美里ちゃん! もしも、このみんが提案した通りに橋を架けるとしたら、開校当初より植えられている一本杉をどうにかしなきゃならないけど……」

 このみんとは副会長である小乃美のことだ。彼女の意見を受けて舞子が抱える問題を提起した。

 隣り合う壁面には橋を架けられる場所が少ない。どちらの敷地にも部活棟であったり体育館があったりする。橋を架けるとするならば道路側の一部分しかなかった。


「ああ、あの一本杉ね……。伐採するとしたら怒られるかしら……?」

 恵美里が窓の外を眺めながら話す。

 設置可能な場所には大きな杉の木があった。それは開校を記念して植樹されたものであり、学園の歴史そのものである。しかしながら、橋を架けるとするならば伐採しないことには不可能であった。


「恵美里殿下、キョウト会からの資料によると壁の撤去時でも伐採は予定されていませんが……?」

 玲奈がFAXを読み上げた。それにある工程では壁の撤去とあるだけだ。一本杉の伐採は予定されていない。


 玲奈の物言いに眉を顰めるのは恵美里だ。彼女は既に伐採する気満々のよう。

「玲奈さん、あの一本杉を見ていると、わたくしは無性に心がざわつきます。更にはなぜか頭が酷く痛むのです。一本杉と聞くだけで、わたくしは激しい動悸がするのですよ。どうしてかしらね……?」

 真顔で恵美里が聞いた。とても意味深な発言。当然のことながら玲奈は動揺する。


 一本杉というキーワード。玲奈の記憶に残るあの一本杉を恵美里が思い浮かべているとは思えない。しかしながら、玲奈は顔中に大量の汗を滲ませていた。


「ど、ど、ど、どうして私にそれを!? き、気のせいでは!?」

「さあ、なぜかしら。玲奈さんなら、その理由を知っているかと思ったのですが……」

 惚けているようにしか思えなかった。無意識だとすれば、かなり質が悪い。確かに一本杉を落ち合う場所に指定したのは玲奈であるが、それはレイナ・ロゼニアであって前世の記憶を引き継いでいない恵美里には分からないはず。かといって玲奈へかかる圧力は最大にまで達していた。


「いち早く切り倒しましょう! 杉の木など本校に必要ありません! あのような邪魔な木は伐採するに限ります!」

「そう……良かったわ。それなら手配の方、お願いできますか?」

「任せてください! この玲奈、命に代えてでも切り倒してみせます!」

 業者を呼べば問題なかったというのに、まるで玲奈は自身が伐採するかのように答えた。


 玲奈が同意したことにより一本杉の伐採が決定。恵美里は小さくコホンと咳払いをする。

「ならば、この案で理事会に掛け合いましょう。それで次なる議題ですけれど、どうやって交流を図るかです。壁を残しつつ交流が可能であるのなら理事会を説得する材料になるはず。何かよい案はないでしょうか?」

 次なる議題も壁の取り壊しに関係している。それは元々理事会から求められていたことであるけれど、良案が提出できたのなら取り壊しの撤回を求める助けとなるだろう。


 恵美里の問いかけに小乃美が手を挙げる。副会長に指名された彼女はどうにも張り切っているらしい。

「授業中の交流は難しいから、休み時間だけでも行き来すればどうでしょう?」

「このみんは武道学館を見てないからそんなことが言えるんだよ。玲奈ちゃんがいなかったら、今頃あたしは入院してたかもしんない」

 小乃美の意見に舞子が返した。また同行した恵美里も同意見であるらしく舞子の話に頷いている。


「小乃美さん、申し訳ありませんが、そういった交流が可能ならば壁の撤去に反対などしません。女生徒たちの安全を考えると交流は限定的である方が望ましいかと考えます……」

 いの一番に意見を口にした小乃美だが、舞子と恵美里に否定されてしまう。やはり当事者と伝え聞いただけの者には温度差が生じているようだ。


「そこまで荒れているのですか……?」

「このみん殿、男は押し並べてオークと考えて差し支えありません。豚畜生は一日中どころか一生涯アレのことしか考えていませんゆえ……」

 このみん殿も気をつけてくださいと玲奈。少なからず武術の経験がある恵美里でさえも恐怖する集団である。小乃美は考えを改めるべきかもしれないと思い直していた。


 恒常的な交流をしない。それが前提になってしまうと理事会を丸め込むなんてできそうになかった。五人は眉根を寄せて考え込むも時間だけが過ぎていくだけのよう。


「では定例行事のみの交流ならどうでしょうか? 音楽祭とか!」

 ここで秀美が手を挙げた。定例行事とは全生徒参加型のイベントに他ならない。

 この意見に首を傾げる者はいなかった。何らかの交流が必須なのだ。だとしたら妥協点はイベントなどの行事となる。


「それは良いですね。では我が校の提案は音楽祭ということでよろしいでしょうか?」

「殿下、誠に恐縮ですが、奴らは学びの全てを放棄しています。音楽もまた然り。教養のないクソ馬鹿共が音楽を理解しているとは思えません」

 玲奈の指摘に恵美里は黙り込んだ。更には、まあ確かにと頭を抱える。

 カラスマ女子における音楽祭は演奏やオペラを楽しむ一大イベントであったものの、武道学館の荒れ果てた校舎を見ていると音楽祭など開催する雰囲気ではなかった。


「玲奈さんは奥田生徒会長とお知り合いですけれど、何かお話を伺っておりませんでしょうか?」

 困った挙げ句、恵美里は玲奈に問うことにした。悩んだとして解答は得られない。彼らの日常を少しも把握していないのだ。だとすれば接点を有する者に聞くべきである。


「そうですね。確か一八は文化祭について話していたことがありました。まともな内容だとは思えませんが、文化祭であれば存在するのは間違いありません」

 なるほどと全員が一様に頭を上下させた。もうこれしかないと思う。文化祭であれば下手なことにはならないだろうし、何より武道学館側にヤル気がないほど交流は浅く済むはずだ。


「皆様、文化祭を提案するということでよろしいでしょうか? 他に妙案があるとも思えません。揉め事のない交流など……」

 恵美里の話に全員が頷きを返した。文化祭であれば許容範囲内である。何の問題もないと四人は同意を示していた。


「他に意見がないようでしたら交流は文化祭に決定です。わたくしはこれから理事長に会って参ります。あと申し訳ないのですが、玲奈さんは武道学館に本校の提案を……」

 恵美里は急いでいた。通達事項の撤回を求めているのだ。意志表示だけでも早急に済ませる必要があった。


「了解しました。豚共の相手はお任せを。有無を言わせず突きつけてやります!」

「できれば穏便にお願いしますね? それでは本日は解散とします……」

 割と早めに会議は打ち切られた。まだ話すべき議題は残っていたものの、壁撤去案の見直しを急ぐあまり次回以降に持ち越しされている。

 会議のあと玲奈は一人きりで学園をでていく。恵美里より仰せつかった通りに武道学館での用事を済ませるつもりだ。


 学園をあとにした玲奈。彼女が武道学館の校門前に現れるや下校中の武道学館生がどよめく。

「き、昨日の女だ!」

「あの悪魔が戻ってきた!」

 またも竹刀を片手に現れた玲奈に戦々恐々の男子たち。ただ今日は恵美里たちが一緒ではなかったから、玲奈が睨み付けることはない。加えて昨日の大乱闘を知る武道学館生から喧嘩を売ることもなかった。


 平然と肯定を歩く玲奈。ところが、校舎の入り口に二人の大男が仁王立ちしている。どう考えても玲奈を足止めするために立っているとしか思えない。


「そこを通してくれ。私は一八に用事がある……」

「女は帰れ。奥田会長は忙しいのだ。お前なんぞの世話を焼く暇はねぇ。お前の相手はアネヤコウジの風神雷神こと、風見酉雄かざみとりおと……」

来田一郎らいだいちろうが相手をさせて頂こう!」

 玲奈は呆気にとられている。興味などなかったというのに、強制的に自己紹介を聞かされてしまう。更には強引すぎる二つ名。嘆息するには十分な状況であった。しかしながら、喧嘩を売られていることくらいは玲奈も理解している。


「この私に挑むつもりか? 豚共が束になろうと所詮は家畜……」

 売り言葉に買い言葉。やはり平和的に解決するような未来は存在しなかった。

 穏便にと命じられていた玲奈だが、既に竹刀を構えている。いつでも来いと万全の体勢であった。


「昨日はうちのやつらが世話になったらしいな!?」

「ははん! 同時にかかってきても構わんのだぞ?」

 玲奈はニヤリと不敵な笑みを浮かべている。


 万が一にも彼女は負けるような未来を想定していなかった……。

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