第12話 玲奈の確固たる意志

 同刻、岸野家でも朝食の時間となっていた。降りしきる雨のせいでロードワークを止めた玲奈はいつもより早い朝食を取っている。


「いっただきまーす!」

 早速と卵焼きに手を付けた玲奈だが、彼女の箸は玲子によって遮られてしまう。


「玲奈ちゃん、机の上に進路調査のプリントがあったわよ! ちゃんと見せなきゃいけないじゃない?」

 どうやら小言のよう。始業式の日にもらったプリントを玲奈は両親に見せていなかったらしい。

「母上、別に隠していたわけじゃないぞ? 以前から話しているように私の希望は騎士学校だけだ。第二希望も第三希望も存在しない」

 毅然と玲奈は答える。しかし、そのような返答で玲子を納得させられるはずもない。


「じゃあ騎士学校に落ちたらどうするの? カラスマ女子でも合格者は十人いるかいないかでしょ?」

 騎士学校は狭き門である。大勢が小さな頃から目指している騎士という職業。だが、中学や高校と進学するたび徐々に振り落とされていく。加えて合格率の高い高校へ進学できたとしても推薦してもらえるのは一握りであり、仮に推薦を得られたとしても最大の難関である試験に合格せねばならない。


「母上、私は必ず合格する。なぜなら殿下が合格するからだ。私はどこまでも彼女の支えとなり最後まで彼女の剣となり盾となる。今度こそは……」

 玲奈の強い意志は玲子も分かっている。幼少期から騎士を目指したいと話していた。中学に入ってからは特に熱を入れて勉学に励んでいたこと。決意とも受け取れる生き方を娘は選んでいたのだ。


「七条公爵の娘さんだって合格するとは決まっていないのよ? 家柄的には有利かもしれないけど……」

「母上、私は自分を信じたい。自分自身を誇りたいのだ。それは守るべきものを最後まで守ること。だからこそ強さを求め、更には並び立てる存在となるため私は勉学にも励んでいる……」

 我が娘ながらストイックすぎる気がしないでもない。昔から手のかからない子供であったけれど、成人を間近に控えた今は崇高な目標を立てていた。


「しょうがないわね。じゃあ約束しなさい。騎士学校に落ちたのなら道場を継ぐこと。大学に進学してもいいけれど、一般兵として戦場にでるのだけは認められないからね?」

 玲子の望みは一つだ。それは娘の幸せ。天軍との最前線は屈強な男たちの職場である。一般兵にも女性は少なからずいたけれど、それは補助魔法を使う魔道士ばかりだ。剣を取り先陣を切って戦うだなんて玲子には許可できない。


「そんな未来は絶対にない。しかし、母上がそれで安心するのなら約束する。もし万が一にも試験に落ちた場合は岸野魔道剣術道場を継ぐ。岸野玲奈はここに約束しよう……」

 いつになく真面目な話であった。普段は緩い会話しかない食卓であるけれど、話題が人生の節目であるのだから冗談は挟まれない。


「玲奈よ、儂は別に何をやっても構わん。だが、母さんが言うように一般兵はやめておけ。功を上げたとして士官の戦果となってしまう。純粋な愛国心でもない限り精神を病むだけだ……」

 どうやら武士も同じ意見である模様。一般兵はよほど圧倒的な戦果を収めない限りは評価されなかった。よって武士は騎士学校の合格以外に戦地へ赴くような未来など望んでいない。


「父上も母上も心配しないでくれ。私は岸野家の娘だぞ? 騎士になると決めたのだ。今は駄目だったときなど考えない。私は努力を続けるだけ……」

 両親の心配は嬉しい反面、実力不足を認識させられてしまう。それだけ狭き門であるのは明らかだが、両親を安心させられない実力しかないないことも明確になっていた。


「どうか見届けて欲しい。私が立派な騎士となるまで。主君だけでなく祖国をも守る士官となれる日まで……」

 最後まで玲奈の気持ちは変わらなかった。彼女は一つの未来しか見ていない。

 今もまだ目指す理想の姿を追い求めるだけだ……。

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