第13話  未来へ 5

「『軍師』?」

 初めて聞く言葉だ。

「軍略を練り、作戦を立てる。地形を読み、時期を識る。ことわりを利用し、人を観る。それが軍師だ!」

 ダンの胸が熱くなる。自分の思い描いていた漠然としたなりたかったものに色が、形が与えられた様な気がした。

「う、うん」

 ダンは小さく頷く。

「俺が良い奴知っている。グラーダでもアインザークでも良いが、まずはそいつに習えば、軍師として軍に登用される。お前は体は弱いが、心が強い。いきなり民兵を組織して指揮する事が出来るなんざ、たいした才能だ!学校卒業する前に、決心が付いたら市長に話せ。オレ様に連絡とれるようにしておいてやる」

 マイネーが自分の胸をドンと叩く。


「おい!ダン!お前兵士になるのか?!」

 話を聞いていたエドとレオンハルトが身を乗り出してくる。

「う、うん。まあ、『軍師』になりたいって事なんだ」

「要は指揮官だよね?」

 レオンハルトの言葉に、ダンは自信なさげに頷く。

「よし!俺も兵士になる!頭はそこそこだけど、体は丈夫だ!兵士になってダンの下で働くぜ!」

 エドが宣言する。

「ボクもダンの指揮でなら戦いたい。是非軍師になってボクの上官になってくれ!エド。君もボクと一緒に兵科学校に行こう。そうすれば、卒業後、少なくともゴリラ隊長の上官にはなれる」

 レオンハルトがエドの腕を取る。

「そりゃあ良い!ゴリラ隊長を顎で使ってやるか!」

 エドとレオンハルトが笑った。

 


 今度はネルケが血相を変えてダンの所にやって来て、テーブルを勢いよく手のひらで叩く。

「ダン!メグに聞いたんだけど!!キスしたってどういう事よ!?」

「いいね。賑やかで」

 マイネーが笑うと、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、ゾウ広場の噴水の前に、ゆらりと歩いて行く。


 ドン、ドン、ドン。

 力強い足音が噴水の方から響く。

 パンパンと手を叩く音も同時に聞こえてくる。

 手と足音がリズムを刻む。

 すると、クララーが、ピフィネシアが、シャナが、アインが、小さな女の子が立ち上がる。


 クララーは懐から銀の横笛を取り出して、美しい音色を奏で出す。

 アインは、背負っていたギターをケースから出して弾き出す。

 シャナはハーモニカを吹く。

 小さな女の子は、鈴を持ってクルクルと回って踊り出す。

 そして、ピフィネシアが、この世の物とは思えない美しい声で、明るく流れるような歌を歌い始めた。


「すごい!歌う旅団の演奏会だ!!」

 ダンだけで無く、広場に集まった全員が興奮して感動する。

 

 そして、パインも立ち上がり、歌う旅団に合流する。

 パインはアイがショルダーアーマーの中から引っ張り出したピアノを見事に弾きこなす。

 更に、ギイがバイオリンを弾き、アイが上手にタンバリンを叩く。

 マイネーも、誰かから差し出された太鼓を叩き始めた。


 皆が音楽に、歌に聞き惚れ、小さな女の子の踊りを暖かく見守る。

 やがて、マイネーの太鼓のリズムが代わり、一気に陽気な音楽になる。ピフィネシアの歌も、楽しい調子になる。

 歌詞は田舎の農夫が、牛を売って、ニワトリを買う民話だ。沢山の失敗をするが、結局農夫は自分1人で幸せに解決出来たという、みんなになじみ深い話しだ。


 その曲に合わせて、広場のみんなも、次々に踊り始めた。

「ねえ、踊ろう!!」

 ネルケがダンの手を取る。

「え?うん」

 ダンはどちらかというと、眺めていたかった。だけど、そう答えて立ち上がると、もう片方の手を、意外な人が取った。

「私も一緒に踊りましょう、ダン?」

「テ、テテテ、テレーゼ?!」

 今日のテレーゼは、珍しく普通の恰好をしている。それだけにとても可憐で、ダンは一気に真っ赤になる。

「よ、喜んで!」

 隣のネルケの頬が、盛大にふくれた。

「おやおや。我が娘の旦那は、中々競争率が高そうやなぁ」

 メグの父親が眉間にシワを寄せて呻る。

「・・・・・・父ちゃん、アホやな~」

 メグが母親と笑う。

「男はいくつになってもアホなんやで~」

「ウチは、アンナ誘って踊ってくるわ~」

 メグは、ヨチヨチと歩いてアンナマリーを探しに行った。

 エドは弟妹と輪になって踊っていた。

 レオンハルトは、多分多くの女の子に声を掛けられていた事だろう。だが、女の子には気の毒な事に、レオンハルトに、今のところ本命の女子はいない。


 ちなみに、足の豆亭のエリザは、魚屋のゲンさんと踊っており、女性に縁の無かったゲンさんは、細い目を更に細めて、終始無言だった。

 ルッツも、スプリガンの女性と踊っていたので、ついに嫁候補を見つけたのだろう。



 



 翌日、歌う旅団は去って行った。

 マイネーは、再びダンの背中を叩いて、「こいつの事を頼む」と言ってから去って行った。

 

 海では、海の一族、マーメイドたちとのお別れがあった。

「メグ。また会えるかな?」

 ダンが涙ぐむ。

 メグも涙を浮かべて、フニャリとした笑顔を浮かべる。

「ダン。アール海は1つや。必ず会えるで~」

 マーメイドたちは、移動しながら生活している。

 一度その海域を離れると、次は何年後に戻って来るか分からない。

 1つの大きなアール海の中にいるのは確かだが、アール海は広い。

 再び会えるかどうかは本当の所は分からない。だから、2人とも、これが今生の別れなのではと予感している。

「うん。また会おう。元気でね、メグ」

「うん。ダンも、みんなも元気でな~」

 メグはそう言うと、家族や仲間たちが待つ海に帰っていった。

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