第13話 未来へ 6
一ヶ月が経った。
今は11月。冬本番だが、アインザークは冬でも日中は20度程度なので、薄い長袖があれば充分だ。
ただし朝晩は冷えるので、上着が必須になる。
中等部はあと一年あるが、軍師になるには、早い内に弟子入りした方が良い。このまま中等部を続けることに、ダンはメリットを感じていなかった。アインザークの中等部で学べることは、その気になれば、どこでも学べる。
少し前までは、学校には行かずにパン屋で働くつもりだったが、今は新しい夢がある。
「父さん、母さん。話があるんだ」
夕食の時に、ダンが話しを切り出した。
ダンの考えている事などとっくに知っていたダンの両親は、にっこり笑って頷き、先を促す。
「僕、アインザークの軍に入る。その為に軍略を学びに行きたいんだ」
ダンは、すでに市長に話しをして、マイネーと連絡を取り合っていた。
紹介されたのは、グラーダ国による狂王騒乱戦争の「世界宣戦布告」前に、当時は成り上がり程度にしか見られていなかったグラーダ国の脅威に気付き、いち早くグラーダ国との同盟を、前アインザーク国王に申し入れた「敗者軍師」と呼ばれているロド・シューベル。
すでに隠棲している人物だが、マイネーの評価はとても高い。
弟子入りすれば、指揮官への推薦も得られる可能性が出てくる。
ロドからも、良い返事がもらえている。弟子入りすれば、当然住み込みだ。家の手伝いは出来ないし、当分帰ってくる事は出来ないだろう。
「僕は、戦いたくない。戦うのが怖いし、何よりも誰かが傷つく事が嫌だ。だから、僕は軍師になって、みんなを守りたい。今の時代は国同士の戦争は無いけど、モンスターや海賊、野盗、魔神、それに竜種が襲ってくる事もあるから、みんなを守る兵士は必要だと思う。僕は、そうした脅威から犠牲を出さずに戦う方法を考える軍師になりたい」
ダンの言うとおり、現在はグラーダ条約によって、国境を跨いでの他国との戦争はなくなっている。
ダンは、必死に自分の思いを、絞り出すように両親に話す。
頭の中では、メグが死んだと思った時の事が繰り返し思い出されていた。メグが無事だったと、今では分かっているが、自然と涙が出て来た。
「僕は、やっぱりあの時、メグを助けてやりたかったんだと思う・・・・・・」
それに尽きた。
「分かってる。いや、分かっているつもりだ。いいよ、ダン」
父親がダンの背後に回って、両肩に手を置く。
「お前の事だ。むやみに人を傷つけたり、他者を顧みない事や、権力に溺れたりするような事はないと信じている。今の気持ちを忘れず、決して奢らず、よく学んで、自分の望む道を生きなさい」
母親がホロリと涙をこぼす。
「お金の事も、店の事も心配しなくて良いんだからね」
実際には、弟子入りするにはかなりの金額を用意する必要があったが、その点は、マイネーからの紹介なので全く必要なかった。菓子折を持っていく程度で良い状態になっているそうだ。
恐らく、すでにどこからかお金が支払われているのだろう。
その事は両親は知らない。
ダンは両親と話し合い、中等部の最終学年を待たずに、1月から軍師の修行をするため、ロド・シューベルの元に弟子入りすることになった。
ダンは両親が許可してくれた事を感謝した。
「ありがとう、父さん、母さん」
次の日の学校から帰った時、父親がパインの店に行くようにダンに言ってきた。
何事だろうかと思ったら、泣きそうな顔の冒険者たちが、パインの店の入り口にある階段に座り込んでいた。
屈強そうな戦士が青い顔をしているし、盗賊職らしい、多分普段は陽気そうな男も震えている。
女魔法使いはメソメソ泣いていた。僧衣を着た回復魔法使いは、神に祈っていた。もっとも、エレスでは神に祈っても大して効果が無い事は誰でも知っている。
「どうしたんですか?」
ダンが声を掛けると、戦士が必死な様子で、ダンの腕を掴む。
「仲間の1人を置いて来てしまった!だが、どうしても助けに行けなくて困っている」
普段はダンジョンにでも平気で入っていく強者たちが、ただのお店に入るのを、恐怖から拒んでいる。
「もう契約を持ちかけられたから、きっと逃げられないわ!」
魔法使いが泣きながら叫ぶ。
ダンは何があったか理解した。冒険者たちの反応が、何だか新鮮に思える。
「ああ。分かりました。大丈夫です。僕が一緒に行きますから付いてきて下さい」
そう言うと、怯える冒険者たちを引き連れて、階段を上って、右に曲がり、次に左に曲がり、白いポーチに向かう。
そして、カラン!カラン!とベルをならして店に入る。
店の床には、軽装の戦士が腰を抜かして怯えている。
とたんに店の奥から、少しさび付いたような声が出迎える。
「クックックッ。貴様の望みを言うが良い。代わりに貴様の最も大切なものをよこすが良い」
隣の魔法道具屋さん 完
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