第13話 未来へ 1
男から黒い拳大の光が、全方位に凄まじい数打ち出された。
ダンの目の前が瞬間的に暗くなる。
小舟の舳先に立ち上がったパインが、ギイを精一杯広げて、周囲40メートルを覆う。
そのおかげで、ダンたちの小舟や、周囲のマーメイドたちは無事だったが、他の小舟や、冒険者。兵士の乗る船には被害が出ている。
むしろ大きい船に乗っている分、彼らの方が被弾率が高い。
ダンが率いていた小舟は、幸いにもほぼ無事だった。マーメイドの魔法のおかげもあるが、乗り合わせていた人たちは、皆腕に覚えのある人たちだったからだ。
チラリと見えた中では、ゲンさんがカタナで魔神の魔法を全て切り伏せていた。
男は、パインが自分の攻撃を防いだのを見ると、不快そうに呻る。
『何だ、貴様は?魔神か?』
パインの見た目から、同じ魔神だと勘違いしたのかも知れない。
『だとしても頭が高いな。我は12魔将。魔界の公爵に準ずる地位を持っている』
神にすれば、水の神ウテナの第一級神に次ぐ、第二級神と同等の力を持っている事になる。生半可な冒険者では手も足も出ない相手である。
パインはフワリと浮かび上がる。
魔神バフが目を剥く。空を飛ぶ魔導師はいない。それは神や魔神であっても、空を飛ぶ魔法を使うことは容易ではないからだ。ウテナも、水を生成してその上に乗って移動しているのであって、飛行能力がある訳では無い。
その法則を無視して、パインは空を飛んでいた。
『貴様、何者だ?!』
パインはその質問を無視して、チラリとダンに視線を送ると、一直線に魔神バフのいる船に向かって飛翔する。
『速い!!?』
飛翔速度は、トリ獣人より速い。
そして、パインは海賊船の正面で浮遊すると、船の最も重要な一本の木で出来た「竜骨」と言われる部分を右手で掴む。
「掴む」とは言ったが、巨大な竜骨である。小さなパインの手では挟んで掴む事は出来ない。だが、パインは指の先の力だけで確かに掴んでいた。
そして、事も無げに、船を持ち上げた。
アイもギイも手助けしていない。
『ば、馬鹿な!?』
魔神バフは、驚き慌て、帆柱にしがみつく。
持ち上げられた船からは、沢山の荷物や、海賊たちが落ちて行く。
船は自重に耐えきれず、帆柱が折れ、船体もメキメキ音を立てて、前部と後部でへし折れる。
魔神バフは、帆柱が海に落下する前に跳躍し、近くの海賊船に飛び移った。
『き、貴様!!何者だ!?』
魔神バフは、またしても同じ質問を繰り返した。
パインは、やはり答えず、ジッと魔神バフを睨む。
『クソ!貴様等、出番だ!!』
魔神バフは、空に向かって蒼い炎を吹き上げた。
すると、湾の外に待機していた5隻の海賊船が湾内に侵入してきた。
その船の舳先には、それぞれ、どう見ても魔神と思われる人物が立っている。
皆、かなり実力のある魔神なのは間違いない。
凄まじい炎の火球がパインを襲う。それをアイが片手で弾く。
巨大な氷の塊が、槍の様に尖った先端をパインに突き刺そうとするが、これもアイがたたき割る。
ギイがうねりを上げて蝕腕を伸ばして、魔神バフを狙う。
『くぅ!!』
魔神バフは、巨大な剣を出現させて、辛うじて受け止める。
『クソ!化け物か!?』
魔神バフは思わず呻く。まるで自らの主、ルシファーと戦ってでもいるような気分にさせられていた。
「おいおい!僕らの可愛い妹を『化け物』呼ばわりは酷いんじゃないかな?」
その声は上空から響く。
人々が見上げると、明るくなり始めた空に、無数の大きな鳥が飛んでいる。
しかし、よく見ればそれがただの鳥ではないことに気付く。
獣化したトリ獣人の集団で、それぞれ紐を持ち、カゴを下げている。
2人から3人で、1つのカゴをぶら下げて運んでいる。
そのカゴ、一つ一つに、1人ずつの人間が乗っている。
そして、そのカゴの一つから、魔神を乗せて湾内に侵入してくる海賊船の先頭の1隻に誰かが飛び降りて行った。
「待たせたね、みんな!もう大丈夫だよ!」
落下しながらその人は、場に合わないほどの明るい声で言う。
そして、船の甲板に音もなく着地する。
「僕の名前は『ポアド・クララー』!『歌う旅団』がこの戦いを引き受けた!!」
魔神と違うが、不思議とクララーの声は、遠くの人たちにも届いていた。
声を聞いた人々は、歓喜の叫び声を上げる。
上空にいるのは、最強の冒険者パーティー「歌う旅団」だ。それが勢揃いしている。魔神が来ようが、恐れる事などもう無い。
続けて2つの人影が、魔神の乗る船に飛び降りる。
一方上空では、何やらもめている声がする。
「おい!もっと速く飛びやがれ!!」
「族長、重すぎです・・・・・・」
「バレル、てめぇ、エレッサ最速じゃなかったのか?!」
「最速ですが、マジで族長重いですって」
「とにかくオレ様たちは港に降ろせ!最速でだ!!」
「んぎーーー!人使い荒すぎです!!」
港に到着しようとしていたダンの耳にも、怒鳴り声が聞こえた。
「あの声は!!」
ダンの表情が明るくなる。忘れるはずもない。
「火炎魔獣、ランネル・マイネー!!」
「おうよ!よく頑張ったな!!」
ダンの上を飛び越していきながら、カゴに乗ったマイネーがダンに手を振る。
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