第9話 罪と山車 7
「カチカチに固まる・・・・・・。ああ、『硬化』言うんやったな。そんな軽い糊みたいなモンは、ウチ等マーメイドの分泌する粘液や」
そう言うと、ネルケは腕を見せる。
いつもは陸上に上がると、すぐに風呂に入って洗い落としてしまうマーメイドの皮膚を守る粘液が、腕の一部からジワリと出てくる。
「これな、戦いの時とかは、カチカチにして身を守るんや。せやから、ウチ等は鎧とか必要ないんよ」
そう言うや、メグの腕から出て来た粘液が一瞬のうちに動きを止める。
ダンが指先で触ってみると、まるで鋼の様にカチカチに固まっていた。
指先でつまむと、ぽろりと取れる。
「硬い・・・・・・。それに、とても軽い」
それから、おもむろに匂いを嗅ぐ。
「臭くない!!」
「ダンは失礼な奴やなー!!!」
メグが真っ赤になって怒る。
「あ、いや。ホラ。マーメイドのあれって、生臭かったから・・・・・・」
ダンは一切フォローにならない事を口走る。
「海の中では良い匂いなんや!それに、あれは空気に長く触れる事で匂い出すだけなんや!!ってか、そんなに臭かったんか?!乙女としてはショックやで!」
「ダン。メグにそんな事言ったの?」
メグが怒り、ネルケもやや呆れた様子だ。
「『マーメイドの涙』って言って、あれって、香水の原料にもなるのよ」
「・・・・・・そ、そうなの?」
香水の事なんか1ミリも分からないので、ダンは小声で呻る。
「その、『マーメイドの涙』って、どの位出せる物なの?」
ダンが尋ねると、メグは首をひねる。
「ええ?そんなぎょうさん必要なん?」
「まあ、出来れば沢山・・・・・・」
「困ったなぁ~・・・・・・」
メグが頭を抱える。
「ホンマはあまり人に言ったらあかんのやけど、ここでなら、それなりに沢山だせるで。秘密やで~」
ダンは秘密にする理由がすぐにわかった。原材料の入手が容易になれば、その原材料は安価になる。
マーメイドが香水の材料として、陸上との取引に使っているなら、その価値を下げる事は避けたいはずだ。
「海に近い川がすぐ裏やから、バケツ二杯くらいは出したるで~」
条件があって、体から分泌出来る量が違ってくるようだ。
「それって、どうすれば固まるの?時間?固まった後で色とか点けられるの?」
ダンは必要な事を聞く。
「色?固まったら色は多分付きにくいで。今ので試したらええんちゃう?固まるんは、ウチが触って固めるんや。時間が経って乾燥すると、香水の材料になるんやて~」
光明が見えた。これなら、炎の張り子は十分出来る。
「もうちょっと欲しいな~」
支柱にする部分は多いほど丈夫になる。
縦はもちろん、横方向にも強くなければならない。
「う~ん。めっちゃご飯食べたら出来るかもな~」
「じゃあ、美味しいおやつ作るよ!」
ネルケがメグを励ます。
「ホンマ?!やったら、カップケーキが良い!!」
メグはパサパサした物が割と好物らしい。
午後になると、人数が増えた。
ブリュック、ジンジャー、メグ。それと従業員のおじさん。
更に、アイとギイも手伝ってくれる。(主にギイ)
まずは、ダンがショルダーアーマーを装着する。パインとダンとでは、体格差があるのに、ピッタリだった。
それから、ギイに話しかけてみる。
「ギイ。大きく広がって炎の形になれる?」
ショルダーアーマーから、尖った不定形の物が飛び出して、小さないくつもの目がダンをジッと見つめる。
パインと違って、ギイの考えている事はわからない。
しかし、アイとギイの事はパインに良く聞いていた。
アイは人間の言葉をよく理解していて、アイを通せば、ギイにも言葉の意図する所が伝わるそうだ。
もちろんパインはアイを通さなくてもギイと意思疎通が出来る。
ダンは左肩のアイに視線を向けると、アイがニュ~とクロヒョウの頭をショルダーアーマーから突き出す。そして、首を傾げてみせる。
ダンは、アイとギイに向かって、自分のイメージを伝えようとする。
「え~と。薄く広がって、いくつも突きだしていくような・・・・・・」
言葉で伝えようとしたが、どうにも表現力が足りない。そもそも、表現力を尽くした所で、そこまでの細かいニュアンスがアイに伝わるか分からない。
「そうだ!昨日の火事!あの炎の形!分かる?!」
ダンはアイに視線を送ると、アイが目をゆっくり閉じた。
話が通じたようで、ギイが素早く伸び上がって、薄く、大きく広がり、膜の様になってから丸まり、炎の形を作り上げる。
「すごいな・・・・・・」
ギイの変化は何度も見ているはずのエドも、思わず呻る。
「ギイって何なの?」
ジンジャーが小さい声で兄であるエドに尋ねる。
答えたのはエドでは無く、もう1人の兄ブリュックだった。
「ギイは、幼いドラゴンが沢山集まって一つになった、生き物と魔法道具の間の様なモノだそうだよ」
「あの猫さんは?」
アイを指さしてジンジャーが言う。少し怯えているようだ。
「猫さんじゃなくって、あれは『クロヒョウ』だよ。死にかけていたクロヒョウの子どもを、パインさんが助けて、魔法道具として修復、成長させているらしいよ」
ダンは思う。
多分、パインならアイもギイも、すぐに助ける事も出来たのだろう。だけど、パインは淋しかった。だから、彼らを友とする為にショルダーアーマーに封じたのだ。
だが、こうしてショルダーアーマーを装着すれば分かるが、アイも、ギイも、パインに対して、家族のような愛情を持っている。
完全に回復して、それぞれが分離出来るようになったとしても、アイもギイも、ショルダーアーマーから出て行く事は望んでいないと、しっかり伝わってくる。
ギイは、高さ3メートル、幅、1メートルほどの炎の形を作り上げると、ダンの目の前に、その部分を置く。
ショルダーアーマーからは、複数の触手が伸びている。
その内の1本が地面をしっかり掴んで、ダンを持ち上げる。「うん。良い感じ!こっちはもう少し広げて!ここはあと少し高く。この間は広げて!」
ダンは触手に支えられて、自在に空中を移動し、ギイに細かく指示を出す。
集まったメンバーは、ただその様子を眺めて感動していた。
「うん。ばっちりだ!」
やがてダンが降りてくる。
「これから、ギイを土台に、張り子をしていくから、みんなよろしくね」
「お、おう!よし、始めるか!」
エドの号令で、みんなが一斉に動き出す。
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