第9話  罪と山車 4

「・・・・・・ごめん、パイン」

 詰め所からの帰り道、すっかり暗くなった表通りを歩きながら、ダンはパインに謝った。

「何がだ?」

 パインは、ダンの手を握ったまま、やや引っ張るように歩く。

「僕がうかつだったせいで、パインを傷つけてしまったから・・・・・・」

 ダンはうな垂れる。街の人たちがパインを見て恐怖し、憎悪し、悪し様に罵った。

 ダンは、パインが町の人に受け入れられる事を望んでいた。なのに、結果は真逆だった。

 何事も無ければ、誰にも気付かれずに、傷つけられる事も無く、何とかこの街でも暮らせたかも知れない。

 だけど、今は、町の人の多くがパインを恐ろしい存在だと誤解してしまった。

 それが悲しいし、辛かった。

 自分の愚かさと、無力さが、堪らなく悔しくて涙がこぼれた。

「パインは、僕の事も、街の事も守ろうとしてくれたのに・・・・・・」

 理解されない事がやるせなかった。


「いや。私は嬉しかった」

 パインは平然と言う。

「え?」

 ダンは驚いて、少し前を歩くパインの横顔を見つめる。

「私は雪山で、言葉も知らずに生きていた。クララーに拾って貰って、世界を旅した。でも、行く先々で私は人々から嫌われていた。だけど、ここでは、ダンやネルケ、エドたちが私と仲良くしてくれる。彼らの親もそうだし、ジュリアの親も、肉屋も私を助けようとしてくれた」

 振り返ってパインがニッコリと笑う。それは幼い少女の笑顔だった。

「クララーたち以外では初めてだ。だから私は嬉しい」

 今日のパインは良くしゃべる。本当に機嫌が良さそうだ。


「ねえ、パイン」

 ダンは今まで気になっていたが聞けなかった事を、不意に聞きたくなった。

「パインはまだ子どもなのに、何でお店をやっているの?」

 ダンの質問に、パインは立ち止まって夜空を見つめる。

「・・・・・・私はやっぱり子どもなのか?」

「そうだよ。9歳なら僕より年下だ。僕が子どもなんだから、パインも子どもになる」

 ダンは丁寧に説明する。

「クララーが、『もう一人前だ』って言ったから、私は大人なのだと思っていた」

 クララーとは、最強のパーティー「歌う旅団」のリーダー、「光の皇子」こと、ポアド・クララーである。

 他に、「清廉なる歌姫」にして、伝説のハイエルフ、ピフィネシア。「闇の皇子」シャナ。「黒い稲妻」マイアス・アイン。

 そして、元ではあるが、「火炎魔獣」ランネル・マイネーの5人である。

 確かに、一時期「邪眼の魔女」と呼ばれるメンバーがいたらしいと言う噂はあった。それがパインだったのだ。


「私は『魔女』だそうだ。行く先々でみんなが私を恐れて嫌う。私はクララーと一緒にいたかったが、それでも旅が嫌になった。だから、山に帰ろうと思ったんだ」

 ポツリポツリとパインが、夜空に独白するかのように語る。

「そうしたら、クララーが店をやれと言った。私には特別な力があるそうだ」

 パインが額の目を触る。赤い入れ墨のような目は、ピクリとも動かない。

「店は面倒だったが、山に帰るよりは、それでも人と一緒にいたかった。もう1人には戻れない」

 語る言葉は、とても9歳とは思えない。それこそ千年の孤独に耐えてきた魔女の様な言葉だった。

「君は、本当に9歳なのかい?」

 ダンの言葉に、パインは首を振る。

「分からん。クララーと出会った時は、今よりずっと小さかった。だから5歳くらいだと言う事になったらしい。言葉もしゃべれなかったらしい。良く覚えていないのだがな」

 どんな幼少期を送って来たのか、想像も出来ない。

「だが、クララーと出会って4年だが、それ以前は、その4年よりもっと長く1人だったような気がする。クララーと出会ってから、私の時は流れ出したのではないかという気がする」

 ダンにはよく分からない。

 だが、パインは旅する事をやめて、店を構えるようになり、客も来ない毎日で、考える時間だけが増えた。

 だから、つい色々と考えてしまう。

 パインは考えたくは無い。

 だから、ダンたちが店に来てくれる事が嬉しかった。


「気付けば、私の中で、ダンの存在ばかりが大きくなっているようだ・・・・・・」

 パインが小さくため息をついた。

 一見すると恐ろしい彼女の容姿だが、ふとした瞬間に、ごく普通の少女の様な表情になる。

 その表情と、今の言葉に、ダンは思わず動揺する。

「・・・・・・」

 何も気の利いたセリフが思い浮かばない。

「ダンは私に、沢山の報酬を払ってくれている。だから、商売としても私は『儲けている』のだろうな」

 パインは、真面目に頷いて納得していた。





 翌朝の早朝、ダンと父親は、火事となった造船所隣の倉庫跡に来ていた。

 消し炭だけで、もはや何も残っていない。

 隣の造船所は、壁が一部煤けただけで、被害がなかったのは幸いだった。

 

 ただ、その倉庫には、完成間近だった、祭で使う山車があったはずである。

 今は跡形も無い。

「ダン。『気にするな』とは言えない。男ならば、自らの失敗に対して責任を持つべきだ・・・・・・と、父さんは思うな」

 父親が、表情や口調は穏やかだが、決然とした内容の言葉をダンに言う。

 それに対して、ダンはしっかりと頷く。

 赤地区の人たちの頑張りを、無にしてしまった事はもちろんだが、祭を楽しみにしている人たちの事も、全責任を負ってくれた市長の事もある。なんと言っても、パインに対して、ダンは大きな負債が出来たと考えている。

 「儲けている」などとパインが言ったが、それを素直には喜べない。

 ダンは、パインにもっともっと人と繋がって、楽しく過ごして欲しくなっていた。この街で生きていく事に、喜びを感じて欲しかった。

 当たり前の幸せを、当たり前と思えるようになって欲しかった。

 このまま、パインを「魔女」で居続けさせたくなどなかった。



 しばらくすると、赤地区の大人たちが倉庫跡に集まって来た。

「あ~あ。見事に何にも残ってねぇなぁ~」

 誰かがぼやく。

「ケルナーさん。言いたくはないけど、困ってしまいますね」

「俺たち赤地区だけ、山車が出せないっすよ」

 大人たちは、暗い表情で呻る。

「虎の張り子は別の場所だから無事だけど・・・・・・」

「肝心の台車部分が焼失してるから、祭には間に合いそうも無い・・・・・・」

 祭りまで、あと5日。台車が出来たとしても、炎の部分は間に合わないだろう。

 竹を編んで土台を作るまでがとにかく大変なのだ。

 張り子をして、乾かして、彩色をするだけで、最低でも3日掛かる。

 更に、彩色後に、しっかり乾燥させなければいけないのだから、天気に恵まれても4日。

 つまり、今日1日で土台を編み上げなければいけない事になる。


「こうなったら、山車は諦めて、虎だけ神輿に乗せて担ぐしか無いな」

 それが一番妥当な案だったので、みんなが深いため息を付く。

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