第9話 罪と山車 1
ダンの告白で、ゾウ広場が一瞬静かになる。
しかし、すぐに怒号が帰ってくる。
「ふざけるな!お前みたいな子どもに、どうしてあんなことが出来る?!」
叫んだ人は無知である。ダンくらいの年齢で、すでに優れた魔法を身に付けている者などいくらでもいる。
しかし、迷信的な狂乱に飲まれた人たちには、もはや理性的な判断など出来ない。
的確な判断に一番近かったのは、常に魔法と関わりがある冒険者たちである。
パインに向ける武器の先を降ろす。
そこに、ウテナ神がパインたちと民衆との間に滑り降りてきた。
「皆さん、落ち着いて下さい。私は第一級神、水の神ウテナです。この子たちは、私が預かります」
民衆にとって人気の高い水の神ウテナの登場で、人々の狂乱は収まった。
冒険者たちもホッとする。
ダンは、助かった思いで、パインを振り返り、その体をきつく抱きしめた。
「ごめん、パイン。僕のせいで君に嫌な思いをさせちゃった。君は僕の事も、造船所も守ってくれたのに」
自分のうかつさと、無力さで、涙が滲む。
その涙を、アイが舌で軽くなめる。アイの舌は粗めのやすりのようで、なめられるともの凄く痛くてビックリする。
「ダン。私の事はいい。慣れている」
パインが、ダンの胸の中でしゃべる。
「ウテナ様、ありがとうございます」
ダンがウテナに礼を言う。
「あら。これは私の仕事ですもの」
ウテナは優しく微笑む。
「でも、どうしてこうなったの?」
「は、はい、実は・・・・・・」
ダンが説明しようとした所に、横から声が掛かる。
「それは私が訊くべき事ですな、ウテナ様」
見ると、ゴリラ隊長が、部下のタラシとおむすびを連れてやって来た所だった。
「今頃来ておいて、手柄気取り?」
ウテナがゴリラ隊長を睨む。しかし、第一級神に睨まれたというのに、ゴリラ隊長は怯む様子が無い。
「手柄ではありません。職務です。その小僧は、度々問題を起こしておりますので、我々が取り調べます。ウテナ様にはお引き渡しをお願いします」
口調こそ丁寧ながら、ゴリラ隊長はウテナの横から、ダンの腕を掴む。
「あなた、無礼ですよ」
ウテナの青い瞳が、危険な色を孕む。地上人で第一級神に勝てる人物は、グラーダ国王と、白銀の騎士ジーンだけだろう。
周囲の冒険者たちが、青い顔をして防御姿勢を取りつつ後退する。そんな中でも、ゴリラ隊長は平然とダンを連行しようとする。
「ああ~。すみません、すみません、ウテナ様。隊長は融通が利かない馬鹿な男でして・・・・・・」
タラシが顔色を変えながら、必死に謝る。
だが、衝撃は別の所から来た。
ダンの腕を掴んだゴリラ隊長の腕に、ギイの蝕腕が伸びて、圧倒的な力で握りつぶす。
「っっ!!??」
悲鳴を上げる間も無い。痛みにダンの腕を放した瞬間に、ゴリラ隊長は空中を激しく回転して2メートルほど飛ばされる。距離的には2メートルだが、その間の回転数が凄まじく、周囲に装備や服がばらまかれる。
辛うじてパンツだけ身につけた状態で、ゴリラ隊長は意識の無いまま地面に落ちる。
驚きに、人々はその行動を起こした人物を見る。
それはパインだった。
「パ、パイン?!」
ダンも驚く。
パインは、ショルダーアーマーから、アイとギイを伸び上がらせて、二つの目も、額の目同様に赤く光らせて、怒りの形相で立っていた。
気のせいでは無い黒いオーラが全身から立ち上って、周囲の景色を歪ませている。
冒険者たちはとっさに武器を構えたが、日々ダンジョンで魔獣と戦っている彼らでさえも、その様子に息を飲み、逃げ出す構えを見せている。
それは第一級神であるウテナも同じだった。
「う、嘘でしょう?地上にこんなのがいるなんて・・・・・・」
パインが低くかすれた声で言う。
「ダンを傷つけるなら、私は全てを滅ぼしてやる」
大して大きな声では無かったが、かなり広いゾウ広場にいる全ての人に聞こえた宣言である。
同時に、激しい風が街の上空に渦巻き、さっきまで見えていた月を、星を全て隠す様な黒雲が湧き起こった。
「禍々しい」。正に「禍々しい」雰囲気のパインが、フワリと空に浮かび上がる。
人々が、冒険者が、ウテナが息を飲む。
トリ獣人でも無い地上人が空を飛ぶ。
それは魔法を使っても出来ない事である。
小さいパインが、とても巨大な怪物のように見える。
人々が恐怖し、ウテナが身構える。
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