第7話  海の子 2

『まあああっっってぇぇぇ~~~』

 

 それでも女の声は遠ざかる。

 少し離れて、余裕が出来たのか、リオの羽根にしがみついていたアンナマリーが、背後を振り返った。

「!!??」

 アンナマリーがリオの羽根の付け根を強く引っ張った。

「止まって、リオ!!」

「ええええ???」

 必死にドスドスと足を動かしていたリオは、言われて足を止める。

「お化けじゃ無いよ!!」

 アンナマリーがそう言うので、リオは恐る恐る振り向く。

 

 地面を這って追いかけてくる女は、びしょ濡れで、上半身は胸に下着のような物を身に着けているだけだ。そして、下半身は魚のようになっていた。

 青い髪に、肘から手首に掛けてヒレがついている。


「まぁってぇ、なぁぁぁ~~~」

 泣きそうな、弱々しい声で、顔に掛かった髪も振り払えないほど必死になって這ってくる。

「マ、マーメイド?!」

 アンナマリーが驚く。


 マーメイドは、海に住む特化人スピニアンで、ドラゴニュートやスプリガン同様、30年前のグラーダ狂王戦争以後、人権を認められた種族だ。

 人権は認められたが、元々陸上生活をしない種族なので、ほとんど地上界と関わりが無い。

 正確な数も、生活様式や習慣も分かっていない。

 関わりと言えば、海の中で生産された物やマーメードでしか収穫出来ないようなものでの交易ぐらいで、陸上のどの国家にも属していない。


「ぼ、僕、マーメイド初めて見る」

 希少種であるドラゴニュートのリオが呟く。

「バカ!あの子すごく弱っているよ!!」

 アンナマリーはリオの背中から飛び降りて、マーメードに駆け寄っていく。

 「あの子」と表現されたように、そのマーメイドはどう見ても子どもだった。だが、多分アンナマリーよりは年上だろう。

「大丈夫?!」

 アンナマリーがマーメイドの少女に声を掛けると、マーメイドの少女は、ホッとしたような顔をして泣き出した。

「アンナ。この子、ひどい怪我をしています!」

 マーメイドの少女は、上半身は人間で、肌の色も変わらない。

 下半身はほぼ魚で、薄水色で、真珠のように輝く鱗を持っていた。

 腰の辺りに短い足が、ほぼヒレの状態で付いている。

 基本的には人間ベースなので、魚の下半身の部分は、大半が尻尾といえる。

 その足の部分と、尻尾の部分に大きな傷が有り、血が流れている。


「うううう~~~。せっかく人に会えたのに、逃げるなんてひどいで~~~」

 マーメイドの少女はグッタリしたまま泣く。

「これ、どうしたんですか?」

 リオが問うと、マーメイドの少女は、泣きじゃくりながら答えた。


 かいつまんで言えば、嵐で一族と完全にはぐれてしまい、海岸沿いを彷徨っているうちにサメの集団に襲われたそうだ。

 何とか海岸から陸に上がって逃れたが、海にはまだサメはいるし、足を怪我して歩けなくて困っていたところ、リオとアンナマリーを見つけたので、必死になって這って来たと言う事だ。



 話を聞く間にも、アンナマリーはスカートを脱いで、包帯代わりにする。

「とにかく、街に運んで病院に行こう!」

 リオと、アンナマリーは、必死になってマーメイドの少女を抱え上げようとするが、一歩も歩かない内に3人してつぶれてしまう。

 リオも非力だが、6歳のアンナマリーには、マーメイドの体重を持ち上げることなんか出来ない。

 しばらく色々試したが、どうやっても上手く運べなかった。

 マーメイドは尾の部分が長く太いので、子どもなのに、人間の大人ほどの体重がある。

 少女も傷の痛みで悲鳴を上げる。


「あ、あたし、誰か助けを呼んでくる!!」

 灯台に一度近づかなければいけないのは怖かったが、今はそれどころでは無い。アンナマリーは灯台に向かって走って行った。




 アンナマリーが横手に灯台を見ながら、怯えつつ街に向かう道を下り始めた時、行く手からエドが走ってくるのに行き会った。

 エドはアンナマリーに急かされて、丘の下にいるリオの所に急ぐ。

「うわ!!マジでマーメイドだ!」

 エドも驚きを隠せない。

 走って来たので、汗びっしょりだし、かなり息を切らせているにも関わらず、エドは直ぐにリオに指示を出す。

「俺が体を持つから、リオは尻尾だ!ダンや、大人たちも来るから、それまではとにかく頑張れ!」

 エドのかけ声で、リオは踏ん張って尻尾を持ち上げた。

「あたしは?!」

 アンナマリーがそう言うので、改めてアンナマリーを見ると、スカートを包帯にしているので、ズボンの様な下着姿である。

「アンナははしたないなぁ~」

 エドがクスクス笑うと、アンナマリーが怒る。

「もう、エドのバカ!そんなだから女の子にモテないのよ!」

 はしたなさで言えば、マーメイドの子は、胸に下着のような、面積の非常に少ない物を身に着けていて、下半身は腰に薄布があるだけで、ほぼほぼ全裸である。

 リオはそう思ったが、口には出さなかった。特化人(スピニアン)は、服が煩わしい事も少なくない。リオ自身、両親とグレンネックに住んでいた時は、家ではほぼ全裸だった。


 そのまま2人は、フラフラしながら、何とか丘を登り終えた。

 そこへダンがやって来たが、これまたリオに劣らずフラフラな状態だった。

「ああ、よかった!リオもアンナも無事だったか・・・・・・」

 そういうのがやっとで、座り込んでしまう。

「おい、ダン!手伝ってくれよ!」

 エドの言葉に、ダンは状況の説明を視線で促す。

 それを受けて、アンナマリーが説明する。

「ああ。それは大変だ」

 ダンは顔を上げて、マーメイドの少女を見てから、みんなに指示を出す。


「リオ。僧衣を脱いで。エドは真っ直ぐな長い棒を探してきて。150センチ以上の長いのがいいな。アンナはその子に声を掛けて励ましてあげて」

 言われて、エドは直ぐに茂みに飛び込んで行った。リオは、戸惑いながら、僧衣を脱ぐ。アンナマリーは少女に「もう大丈夫だからね」と声を掛ける。

 ダンは呼吸を整えながら、着ていたシャツを脱ぐ。そして、グッタリしている少女に着せる。

「ダンって、エドと違って紳士だよね。エドはチラチラこの子の裸見てたもん」

 アンナマリーが囁くように告げ口する。

「見てねーーーーし!んなガキの裸に興味はねーし!」

 さすがに行動が早いエドは、すぐに目的の枝を見つけて持ってきていた。しかも地獄耳だ。

「自分だってガキなのにね」

 ようやく息が整ってきたダンが、苦笑しながら言う。

「くあああぁぁ!俺だってモテるんだ!!」

 確証も無いし、実感も無いままエドが吠える。


「まあまあ。それよりも、さすがはエドだ。ぴったりの棒を見つけてきてくれたよ」

 ダンが褒めると、エドは胸を張る。

「おうよ!」

「エドって、チョロいね」

「シ~~~ッ!」

 アンナマリーの呟きに、リオが慌てる。エドはしっかり聞こえていたようで、ジロリと2人を見る。

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