第6話 素材集め 1
季節は5月。
夏真っ盛で、本来の夏祭りが近づいてきた。
まだ、街の中の装飾はされていないが、坂の街を押して回る山車の準備は進んでいる。
地区ごとの山車は、地区の色をベースにした、毎年工夫された飾り付けがされる。
そんな山車を、若者たちが坂を押して練り歩き、最後は市場の広場で燃やす事になる。
途中で坂を転がり落ちて壊れる山車も毎年少なくない。それによって一部壊れる家もある。大体壊れる家は、難所にある家なので決まっているオチが付く。
夏祭りの期間は4日間。
その間は、町中装飾がされて、出店も並び、夜遅くまで人々が歌ったり踊ったりして楽しむ。
3日目のゾウ広場は踊りの広場として、若い男女が出会いの場として集う。
山車を燃やすのは最終日のクライマックスだ。
ヘルネ市だけで無く、他の都市からも観光に来る人が増える。
現に今も、観光客は増えていて、ダンの家の近所にある宿屋、「足の豆亭」にも客が増えている。
「足の豆亭」は元冒険者の人間族の主人と、同じく元冒険者のエルフ族の奥さん、それと、18歳になる娘の3人で切り盛りしている。
ダンが夕方にパンを配りに行くと、いつもの光景ではあるが、食堂ではこの地区の警備を担当している兵士の1人、パウル、通称「タラシ」がカウンターに座っている。
「タラシ」は、狐のような顔をした、兵士と言うよりは単なる優男で、見回り中にも、すれ違う女の子にニコニコ声を掛けたり、デートの誘いをしたりしている。
そして、勤務が終わると、だいたい足の豆亭にいる。
「タラシ」の本命は、この足の豆亭で働く一人娘エリザである。
エリザは明るく快活で、気っ風のいい女性だが、見た目は母親のエルフの血を濃く受け継いでいて、とても美人だ。
ハーフエルフなので、髪の色は金髪や黄緑掛かった色では無く、薄いオレンジ色だ。
ただ、瞳は美しい緑色をしている。
ダンは、足の豆亭に入ると、ため息を付く。
そして、ワザと大きな声でエリザに話しかけた。
「エリザ!お届けだよ!」
ダンの声を聞くと、エリザは明らかにホッとしたようにダンの元に駆け寄る。
「あ~~~りがと!!本当にあいつしつこいから、助かっちゃった!」
「あいつ」とは「タラシ」の事で、エリザはしっかり本人に聞こえるように言って笑う。
「んん~~~~。エリザちゃんって、いっつもつれないよね~~。でも、そこがまた魅力的だよ」
言われた当人は、全く応えた様子が無くヘラヘラ笑って酒を飲む。
「いいや。ほっとこう、ほっとこう。それより、ダン。いつもありがとね~~。お礼に大きくなったら結婚してあげる!」
エリザはいつもこう言う。勿論冗談だし、タラシへの当てつけだ。
「あと2年の我慢だね!」
ダンも冗談に乗って笑う。
「んん?あと2年?」
エリザが首を傾げた。
「って事は、あんた、誕生日迎えてたの?」
「うん。一昨日13歳になったんだ」
ダンの方がエドより早く生まれていて、3ヶ月だけダンが年上になることを、エドが悔しがっていた。
「何か、人んちの子って、大きくなるの早いね~!」
そう言うエリザも、まだ18歳なのだからおかしくなってダンが笑う。
「2年もあれば、その前にボクがエリザちゃんのハートを射止めるから、全く問題ないよ。ボクは剣はからっきしだけど、弓は上手いんだ」
タラシはいつも通りヘラヘラ笑って手を振る。
「あいつはほっといて、ダン、おめでとう!」
エリザはダンを抱きしめて頬にキスをする。
さすがにそれにはダンも照れた。
「・・・・・・」
当てつけに利用するにしても、手段があるだろうにとダンは思ったが、勿論嫌な気はしなかった。
「エリザも、早くいい人見つければいいのに・・・・・・」
ダンがボソリと言うと、エリザが笑った。
「確かにいい人いないけど、兵士はごめんだよ。あたしはこの宿継ぐ人じゃ無きゃ嫌だもん!」
それにはタラシも肩を竦めて首を振った。
足の豆亭の次は、その向かいの肉屋にパンを配りに行く。
肉屋の主人は
スプリガンは、見た目は青黒い肌をしていて、体毛が無い。
大きな頭に短い足、長い手を持つ。顔にはとがった耳に、長く突き出た鼻、それと、とがった牙のような歯をしている。
見た目は、言ったら申し訳ないが、モンスターのゴブリンによく似ている。
しかし、ゴブリンとは違い、高い知性をもち、社会性を持っている、人間種をベースに魔神が作り出した種族だ。
かつては「亜人」として、モンスターと同一視されていたが、グラーダ国の現国王によって、その人権が認められた
「ルッツ!パン持ってきたよ!」
肉屋「ゴダン」の主人ルッツは、ニヤリと笑う。牙が口から覗くが、スプリガンはそれが魅力的な仕草だという。
「おう、ダン!パンもいいが、俺の嫁はいつになったら持ってきてくれるんだ?!」
ダンは苦笑する。
「ルッツの要求は細かすぎるよ!肌の青と黒と、緑の割合何て、いくら言われても分からないし、鼻の高さとか、物差しで測らせて貰わないと分からないだろ?」
ルッツの注文はとにかく多く、細かい。
「何で人間族にはこの違いがわからんのかね?つくづく不便な生き物だよな~」
ルッツが哀れみの目でダンを見る。
確かに人間族は地上界で一番多い種族で、大抵の事はこなすが、何かの能力で特に秀でている他の種族に比べると、あまりに特徴が無い。
スプリガンは、暗闇を見通せる力。鋭い嗅覚。広い視野を持っている。また、足音や気配を消す能力にも秀でている。
小さく細い体だが、腕力も普通の人間よりある。
昔、神と魔神が争っていた時に、神が創ったのが獣人やドワーフ、センス・シアで、魔神が創ったのが異形のスプリガンやマーメイド、リザードマン、ドラゴニュートなどの
「今度の夏祭りで、いい人を見つけなよ」
ダンが言うと、ルッツが苦々しげに舌打ちをする。
「だから子どもはよ!オレッちには店があるんだよ!夏祭りなんて稼ぎ時に、女の子追いかけて遊んでられねーっての!だからダンに嫁探しの特別任務を与えてやってるんだよ!」
言われてダンは笑う。
「じゃあ、僕の目が育つまで、お嫁さんは待って貰わないとだね」
「ちぇっ!言ってろ!」
そういいながら、パンのお返しにウインナーを一袋包んでくれた。
「夏場は肉はすぐ悪くなっちまうから、早く食べるんだぞ」
ダンは頷く。
冬でも、そこまで寒くならないアインザークは、食事の保存がいつも課題だ。
基本的には肉屋や魚屋など、足の速い物を扱う店は、大抵が魔法使いで、レベル1の生活魔法を習得している。それにより、食品の鮮度を保つ魔法を掛けているのだが、それでも、その日一日の鮮度を保つのみだ。
その為、その日に売り切る分だけ仕入れる必要があり、売れ残りは燻製や調理したり、加工しなければいけない。
店先に置くのも、加工された物で、後は地下の貯蔵室に置いていて、注文が入ると、貯蔵庫に注文された肉を取りに行く。
ルッツは、魔力が低いので、レベル1の生活魔法でさえ、使うのが億劫なのだそうだ。
『何かいい魔法道具無いかな・・・・・・』
ダンはそう思ったが口には出さなかった。
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