第5話  初夏祭り 6

 子どもたちが祭り衣装で集合しているので、いよいよ何か始まるのかと、行き交う人々は足を止めて、規制線の外に人が集まり始める。

 そうしていると、数人の楽器を持った人が造船所の中から出て来た。

 その最後尾には、上半身裸のマイネーが、首に2本の木の棒を縄で繋いだ物を掛けて出てくる。

 鍛え上げられた見事な肉体の大男に、人々がどよめく。

「間に合ったわよ!」

 ダンの後ろから、母親の声がする。

 振り返ると、祭り衣装を着せられたパインが、どこか恥ずかしそうに手を引かれてやって来ていた。見覚えのある服の色使いから言って、多分ネルケのお下がりを借りてきたのだろうが、それでもブカブカだ。

 紫の唇や、目の周りの隈取りも、お化粧で、たぶん可愛く彩られている。

 額の目は、飾り布や花で装飾されて、全く気にならない。

 赤と青の帽子も似合っている。

 こうしてみると、本当に小さい女の子だ。・・・・・・と思えなくも無い。

 いや、客観的に見ると、かなり違和感はある。だが、周囲に紛れることが出来る位には恐ろしさを振りまいていない。

「うん。いいんじゃないかな?」

 ダンは平然とパインを受け入れるが、ネルケは初めて間近で見る邪眼の魔女にギョッとする。

「だ、誰?!」

 ネルケがダンに囁きかける。

「後で話すよ」

 ダンは苦笑して、もう片方の手をパインに差し出した。

 パインは怖ず怖ずとダンの手を握る。

 母親はそれを見て、ニヤニヤ笑って口笛を吹く。

「始まるぞ!」

 ダンはそんな様子にお構いなしに、列の最前列でマイネーに集中する。



『さあさあ、お立ち会い!オレ様こそが傲慢にして豪放!奔放にして仁義に厚い色男、ランネル・マイネー様だ!!このたびは仁義によってのお騒がせだ!てめぇらみんな、楽しんで行きやがれ!!』

 そう言うと、首に掛けた2本の棒を1本ずつ持って構える。

 あれは、武器で言うヌンチャクだ。

 

 後ろの男たちが楽器の演奏を始める。笛や弦楽器で不思議な明るいメロディーを奏でる。

 演奏しているのはみんな獣人たちだ。

 すると、音楽に合わせて躍るように、マイネーが足を浮かせて動き出す。

 ゆっくりした動きから、一転して、手にしたヌンチャクを目にもとまらないほどの速さで振り回す。

 そして、ドンッ!ドドドンッッ!!!と、ヌンチャクで、並べられた沢山の太鼓を叩いていく。

 そのリズムに狂いは無く、軽快に、爽快に太鼓の音が響く。

「・・・・・・すごい!すごいすごい!!」

 ダンは興奮して叫ぶ。エドたちも、周囲の観衆も、息を飲む。

 ヌンチャクを操って、激しい太鼓の音が広場を越えてヘルネ市に響き渡る。

 

だが、それだけでは無かった。

 よく見ると、マイネーが部分獣化して、尻尾を出していて、その先にも布に包まれた重りが付けられている。

 その尻尾でも太鼓をたたき出し、観衆は大歓声を上げる。

 更に、マイネーの長い金髪の先にも、尻尾と同じ重しが付いている。

 マイネーは頭を振りながら、髪の先でも音を鳴らし出す。

 重しの材質か、重さの違いで、尻尾と髪の先と、ヌンチャクとでは、それぞれ音の出方が違っている。


 ドンドンッ!ズドドドドドンッ!!ドドンドンッ!!


 マイネーは荒々しく、それでいて流れるように躍っている様に見え、その中でリズムを崩さずに太鼓を叩き続ける。

 観衆たちは興奮して歓声を上げて、そのリズムに体を、魂を揺すぶられる。

「すごいや!もう溜まらないよ!!躍ろう!ネルケ、パイン!!」

 ダンはそう叫ぶと、2人の手を取ったまま、飛び跳ねて回って躍り出す。

 それを見た周囲の人たちも、誰彼構わず手を繋いだり、組んだりしながら、リズムに合わせて飛び跳ねたり、回ったりして踊り出す。

 やがて、音を聞きつけた人たちも集まり、ゾウ広場は踊る人たちで埋め尽くされた。

 

 興奮の一時はやがて幕を閉じる。

『さあさあ、てめぇら!最後の大見世物だ!これで、この祭りは終了だ!!』

 そう言うと、マイネーは手を空に向ける。

 手の先に、いくつもの光り輝く赤い魔方陣が浮かび上がる。


『エル・デ・フレアード!!!』


 マイネーが叫ぶと、いくつもの魔方陣から炎の柱が伸び上がり、遥か上空で爆音と共に弾けた。広がりながら消えていく炎が空にいくつもの花を咲かせたようだった。


 驚く人々は、やがてその光景に大歓声と、盛大な拍手を贈った。


 マイネーは、観衆が空に見とれている内に、いつの間にかいなくなっていた。




 これがヘルネ市の「アーデ・フリュートネルり」の起原となる。

 

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