第5話 初夏祭り 4
「・・・・・・うん。それは分かるんだけど、この黒いのは何だい?何で浮いているんだい?」
ダンが尋ねる。エドも1つ車輪を受け取って、マジマジ眺めたり、触ったりしている。
「ダンが凸凹の道でも壊れない車輪が欲しいと考えていたから、壊れないし、揺れないでなめらかに転がるショックアブソーバーとサスペンションをかねた車輪を作った。パンクもしない特殊な製法だ」
パインの説明で、聞いた事が無い単語が飛び出すが、どうもすごい車輪だというのは分かった。
「完璧な車を作る事も出来るが、それでは意味が無いのだろう?」
パインの言葉に、ダンはハッとして頷く。
「うん!もちろんだ!!」
「よし!俺にも手伝わせてくれよ!」
エドも興奮して言う。
「後は頑張りたまえ」
パインは、まるでかなり年上の様な口調でそう言って、魔女のような笑顔を見せる。
片付けが終わって、すっかり余裕な様だ。
「それより、ダン。昨日の『ケーキ』はおいしかった!!」
パインがそう言うと、アイとギイが飛び出してきて、それぞれ喜びの表現をする。
まだ、アイとギイに慣れていないエドは、一々驚く。
「あはは!じゃあ、これからはお菓子と引き替えに依頼を受けるってのも有りかもね!」
ダンは冗談めかしてパインに告げる。
「フフフ」
パインは機嫌良さそうに、店の奥に引っ込んでいった。
「ありがとう、パイン!僕、さっそく車を作るよ!」
ダンはそう言うと、エドと一緒にダンの家の裏庭に行き、車の作製を始めた。
ダンのこれまでの経験と、2人で力を合わせた事で、その日の内に車が出来上がった。
試しに川沿い通りで、互いに押し合って車に乗ってみたが、パインの言うとおり、凸凹な石畳でも、全く振動も感じないし、音も静かになめらかに走った。
車輪に木を押し当てるブレーキで、しっかり止まってもくれる。足で操作する方向転換もスムーズだ。
「よし。じゃあ、明日の早朝に走らせよう!」
ダンが宣言する。
「じゃあ、他の奴にも声を掛けるか!」
エドも張り切る。
ダンとエドは、互いに笑い合った。
そして、翌早朝。
東に斜面を抱えるヘルネ市の日の出は遅い。
だから、まだ日の出前に、人々は動き出す。
その為、ダンたちは、人が動き出すよりも前の、暗い内にグレンベルン坂の上に集まった。
ダン、エド、ブリュック、ネルケ、レオンハルト、リオ。
アンナマリーは、時間が早いので起きられない様だ。その代わりに、無理して起きて付いて来たジンジャーがいる。
「だんばで~~~(がんばれ)」
まだつたない発音でダンを応援する。
ジンジャーの声援に、ダンが笑顔を向けると、なぜかネルケがムッとした様子で、負けじと声をあげる。
「ダン!無茶しないで頑張って!」
ダンは苦笑する。
「ネルケは心配性だな」
言われてネルケは頬を膨らませる。
「そんなんじゃ無いわよ!!」
ダンは手袋とお鍋のヘルメットに、ゴーグルを装着して、車に仰向けに寝そべるように乗り込む。
足で方向、手でブレーキ。頭を起こして、進路を確認する。
全くの無人では無いが、人出は少ない。
「よし!エド、押してくれ!」
「任せろ!」
ダンとエドの、こうしたやり取りに、ネルケもレオンハルトもリオも驚く。
この2人に何があって仲良くなったのか?
そもそも、ネルケは物心が付いた頃にはダンとエドの仲は険悪だった。だから驚きは大きい。
車は勢いよく走り出した。
坂でも車輪が衝撃を吸収してなめらかに走る。
エドも車を追いかけて坂を駆け下りてくるが、車の速度はダンの想定外に速くなり、エドを遥か後方に置いていく。
「は、速い!速すぎる!!」
振動は無いが、その速さにダンは驚くと共に、恐怖を感じる。
「ダメだ!!」
慌ててブレーキレバーを引こうとしたが、その時には最初の平坦な交差点から、再びの急斜面になる所に来ていた。
車は勢いよく宙を舞い、衝撃を吸収しながら地面に着陸する。
「うわあああああああああっっ!」
緩やかなカーブも、この速さでは急な曲がり道に感じた。
再びのジャンプ。
ダンは、何が何やら、全く余裕の無いまま、猛スピードで進む車に翻弄され、しがみついているので精一杯だった。
着地した瞬間、ダンは両手で一杯にブレーキレバーを引いた。
後輪の車輪に木が押し当てられて、車輪の回転を止めようとする。
摩擦の力でブレーキの木から煙が上がる。
車は急な制動で激しく回転しながら坂を滑って下りていく。
「うわああああああああっっ!!!」
バキッッ!!
ブレーキレバーがへし折れると同時に、車体が斜めに浮き上がり、宙に舞う。
ダンを載せたまま、車が回転して坂の下に落ちていく。
「うわあああああああっっ!!」
ダンは叫ぶ事しか出来なかった。この速度で地面に叩き付けられたら、無事では済まない事は分かる。だが、どうする事も出来ない。
その時、坂の下に人が飛び出してきた。
激しい回転の中で、ダンは「ぶつかる」と思った。
次の瞬間、ダンも、車も、まるで真綿で包まれたような感触で受け止められた。
ダンを浮け止めたのは、広がって伸びたギイだった。
「ギ、ギイ?!」
見ると、パインがギイとダンと車を支えて平然と立っていた。
そのパインの後ろには、以前に見た大男も、腕を組んで笑って立っていた。
「おう、小僧。今度は人に迷惑にならないように挑戦したんだな。感心感心」
大男が笑う。
呆気にとられている内に、ギイが優しくダンと車を地面に降ろしてくれた。
「あ、ありがとう、ギイ、パイン」
ダンは何とか礼を言った。
「それで、どうだ?」
パインがニヤリと笑って言った。
「・・・・・・『どうだ』って?」
パインに変わって、大男が続ける。
「次の改善点が見つかったんじゃないのか?って事だな」
言われて、ダンは衝撃から立ち直り、頭を働かせる。
「うん。確かに改善点はいくつかある」
ブレーキも、操作方法もそうだし、車体自体にも改善点があった。
「で、どうする?」
今度のパインの質問の意図は明らかだった。
「勿論やるさ!!」
パインは満足そうに頷いた。
「いいね、小僧!男は冒険してなんぼだ!新しい挑戦だな!!」
大男が高笑いする。
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