第5話  初夏祭り 3

 それから、片付けは中々大変だった。

 掃除の方はエドに任せて、ダンは主に書類作成などをパインと行った。

「帳簿がメチャクチャだよ!」

 ダンが呻く。

 商売では欠かせない収支の帳簿の内容が訳が分からない事になっている。

『○月○日(多分でたらめ)。客が来た。逃げた。

 ○月○日(多分でたらめ)。客が来た。言葉が分からない。お金の話が出来ない』

 こんな具合だ。

「パイン。お金の話って、ちゃんとしているの?」

 ダンが尋ねると、パインは明らかに困った様に両手で額を押さえる。

「お金の事なんて、全くわからんのだ!!あんな物がなぜ大切なのだ?!」

 パインはお金の概念をそもそも知らなかったのだ。

「まさか、君。いつも言っている『貴様の大切なものを寄越せ』って、お金の事だったの?」

 ダンが閃いて尋ねる。

「・・・・・・だって、お前たちはお金が一番大切なのだろう?」

 ダンは頭を抱えたくなった。だが、相手は9歳で、学校も行っていない。特殊な能力があるだけで、1人で放り出されたような状況なのだ。パインがあまりにも哀れである。

「お金は大切だけど、言い方ってものがあるんだよ。『いらっしゃいませ』とか、『お金はいくらになります』とか」

 ダンが優しい口調で教えると、パインは少し聞く耳を持つ。

「その『いくら』とかわからん。私は他の魔具師と違うらしい。何かを作るのに、手間はかからん。素材がある程度あれば、大体のものは作れる」

 さらりとパインはすごい事を言う。つまり大天才と言う奴なのだろう。

『料金表が必要だな・・・・・・』

 そう思ったが、ダン自身が魔法道具の価値を正しく知らないのだから、作りようがない。


「それで、今まで取引できたお客はいるのかい?」

 ダンが切り替えて尋ねると、パインは胸を張って頷く。

「へえ~。すごいじゃないか」

 ダンは感心する。パインに感心したと言うより、交渉を頑張った客に感心した。

「ダンとエドだ」

 パインの答えに、ダンは椅子からずり落ちそうになった。

「ダンは2回も客になった」

 言われて、今回の薬の事と、火付け棒の事だと分かる。

 代金はパンと片付けの手伝い。

「・・・・・・わかった。パインも頑張ったんだね」

 ダンは取り敢えずそう答えた。

 だが、このままでは帳簿に書けない。

 そこで、頭で計算する。

 今までパインにあげたパンを、店で売っている値段で合計して、火付け棒の値段とする。

 それと、2人の子どもを雇って手伝いをさせる料金を算出して、これまでのページを破って、帳簿の最初の2行に書き加えた。


 他にも、色んな書類が放置されていたので、整理して、至急提出しなければいけない書類を記入してまとめる。

 昼には、やや怯えた様子のダンの母親とエドの母親が尋ねてきた。

 差し入れを持ってきたのだ。

 そして、少しパインと話すと、安心したように帰って行った。


 二人掛かりと言う事で、夕方にはすっかり片付けも、書類の整理も終わった。

 ついでに店先に並んでいる日用雑貨には適正価格の値札を貼り付けた。

 さらに、店主に話しかける時の注意事項(主に金額交渉について)を書いた紙をカウンターに貼り付けた。

 ダンが魔法道具の適正価格を調べて、ある程度の料金表を作るまでは、金額交渉はダンを通すようにしている。



「じゃあ、エド。お疲れ様」

 先に帰るエドにダンが声を掛ける。

 ただ先に帰るわけでは無い。エドは、これから病院に行って謝ることと、薬を渡しに行くのだ。

「ああ。また明日な」 

 片付けは終了したが、明日は別の用事で、エドとダンとでパインの店に集まる事になっていた。


 エドが店から出て行くと、今度はダンの番だった。

「パイン。これから一緒に出掛けようよ」

 ダンの提案に、パインが難色を示す。

「嫌だ・・・・・・」

 切り捨てると言うより、恐れているようだ。

「大丈夫だよ。僕も一緒なんだから」

 パインはみんなに怖がられることを、思いのほか気にしている様だ。だが、9歳の少女であれば、それも当然だ。

 ダンはパインの小さな手を掴んだ。

「すぐ近くだから」

「手・・・・・・、繋いでくれるのか?」

 パインの青白い頬に赤みが差す。

「もちろんだよ!」

 それで、2人は連れだって、菓子屋「オードルジェ」に向かった。

 


 既に閉店作業を終えていたマッシュは、2人が来るのを待っていた。 

「・・・・・・あの薬。あなたが?」

 最初、マッシュは青ざめて、恐怖と混乱で震えていた。

 しかし、ダンが色々説明する内に、徐々に安心した顔になり、最後には笑顔で元気になったジュリアを抱っこしてパインに見せてくれた。

「それで、これはささやかなお礼なんだけど・・・・・・。ウチで作ったケーキだよ」

 マッシュは、綺麗な箱に入ったケーキを、パインに手渡した。

「あ・・・・・・、ありがとう」

 パインはずっと驚いたような、照れたような顔をしていた。客観的に見ると、何かを企んでいるような、企みが上手くいったような表情だが。

 このケーキは、ダンが昨日頼んでいたものだ。パインの分と、食べられるのかどうかは不明だが、アイとギイの分も合わせて3つのケーキだ。

 パインは、ケーキの箱を大事そうに抱えて、ダンのすぐ後ろを付いて魔法道具屋に戻った。




 翌朝。

 ダンとエドは、早くからパインの店を訪れた。

「ふむ。では、作製するぞ」

 パインの前には、ダンが一週間かけて集めてきた材料が置かれている。

 黒い石、貝殻、錆びた釘、松ヤニ。

 それらを、パインが額の目で吸い込む。


 ダンは今でも何が作られるのか分かっていない。

 伸びて歪みながら、次々目に吸い込まれて行く材料を見ながら、ドキドキする。

 帳簿には、これはいくらと書けばいいのだろうかと、チラリと考えた。


 だが、そう考える間に、光は一瞬止まって、再び光が目から出ると、何かが伸びて歪みながら出現する。

 そして、次第に歪みが納まると、4つの車輪が出現する。

 パインの左ショルダーアーマーからギイが伸びてきて、4つの車輪を受け止め、ダンの目の前まで持ってくる。

「こ、これは・・・・・・?」

 1つの車輪を受け取ると、その作りを確かめる。

 金属の車輪の外側に、弾力のある黒い輪っかが付いている。

 大きさは直径30センチ程。

 金属の車輪には、真ん中に棒を通す穴があるので、車の車輪に使う物だと言う事は分かった。

 ただ、外側の黒い物の素材が分からない。

 丈夫で固いが、柔軟性もある。

 そして、チューブ状になっていて、金属の車輪から1センチほど離れたところに浮いた状態で固定されている。


「これは、車輪だ」

 パインが胸を張る。

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