第5話  初夏祭り 1

 薬を手に入れた2人は、はす向かいの菓子屋「オードルジェ」に向かった。

「ダン。遅かったけど、買えたのかい?」

 店を閉める作業をしていたマッシュが、ダンとエドを見て心配そうに尋ねる。

 特に、ダンは上半身裸なので、かなり怪訝そうだ。

 それに対して、エドが苦悩に表情を歪め、ダンも、申し訳なさそうにズボンのポケットから預かったお金を出して、マッシュに渡す。

「すみません。病院で薬は買えませんでした」

「・・・・・・そ、そうかい」

 マッシュはダンを責めることなどせずに、力なく笑った。

「次に薬が届くまで、何とかジュリアには頑張って貰うよ」

「いいえ。病院では薬は買えなかったけど、もっと良い薬を手に入れてきました」

 ダンは、パインに作って貰った薬の瓶を見せた。そして、驚くマッシュを伴って、奥の部屋に向かう。

 勝手知ったる近所の家なので、すぐにスプーンを取ってきて、小さなベッドに寝ているジュリアのそばに行く。

 

 ジュリアは、今は眠っているが、顔色が悪く、かなり消耗しているのが分かる。眠りながらも、小さな乾いた咳を、時々して苦しそうだ。

 ダンは薬瓶から、スプーン1匙分だけ、とろりとした液体を垂らして取り、ジュリアの口に近付けた。

 変化はそれだけで起こった。

 ジュリアの咳が止まった。そして、薬が意志を持ったかのように、ジュリアの口に吸い込まれて行った。

 

 薬が吸い込まれると、すぐに顔色が良くなり、咳もピタリと出なくなる。

「す、すげぇ・・・・・・」

 エドが呟いた。

 作っている工程を見ているだけに、この薬のすごさがエドには理解できた。

 これは普通の人間では作り出すことができない、魔具師だけの特殊な魔法道具なのだ。

 魔具師は、不思議な道具を作り出せるが、その実、効果に関しては確実では無く、狙った通りの効果のあるものを作り出せる魔具師は存在しないと言われている。

 しかし、パインは狙った通りのものを作り出す事が出来る、魔具師の中でも特別な存在なのだ。

 それには、あの額の赤い目が関係しているのだろう。


 ダンは、いよいよパインの事をもっと知りたくなった。

「エド。この薬をジンジャーにもあげてみてよ」

 ダンがエドに薬を渡した。

「・・・・・・いいのか?」

 エドは今にも泣きそうな顔でダンを見る。

「いいさ。エドも手伝ってくれたんだ。早く飲ませてやってよ」

 ダンに言われると、エドは嬉しそうに「わかった!」と言って、オードルジェから飛び出して行った。




「これはどういう事なんだい?」

 状況が飲み込めていないマッシュが、ダンに尋ねる。

「ああ。あの薬はですね・・・・・・」

 ダンは説明をしようとして、言い淀んだ。

 パインの事は、近隣の人たちみんなが不気味がって怯えている。見た目があまりにも不気味で恐ろしい。

 付いたあだ名が「邪眼の魔女」だ。

 そんな魔女が作った薬だと知ったら、マッシュは娘の回復を素直に喜べるのだろうか?

 「恐ろしい薬を飲まされた」、「この後どんな変化があるか知れたものではない」と思うだろう。さらに、「どんな恐ろしい要求をされるのか」と考えるだろう。

 それは今のエドが思っている不安と同じに・・・・・・。

 

 ダンはパインの為人ひととなりを自分だけの秘密にしてきた事を反省すると共に、町の人に誤解されているパインがかわいそうになってきた。

 そう言えば、「みんなに怖がられる」とパインが言っていたことを思い出す。

 パインはあれでも9歳の小さな女の子だ。

 みんなに怖がられて、嫌われているのは、多分辛いのだろう。


 そう考えた時に、ダンはパインから「貴様」では無く、「お前」と呼ばれるようになっていた事に気づいた。名前でも呼ばれている。

 これは仲良くなった証なのだろうか?

 ダンがパインの事を知りたいと思うのは、パインと友達になりたいからなのだと気付く。

 パインの為に出来る事・・・・・・。

「マッシュさん。薬のことは、明日説明しますから、お願いがあります」 

 ダンの言葉に、マッシュは戸惑いながら頷いた。




 それから、ダンは家に帰った。

 上半身裸なので、親に見られないように裏から入り、服を着替えて下の階に行く。

「あら。お帰り。ちょうどご飯だから手伝って」

 母親が言うので、ダンはすぐに食器の準備などをする。準備をしながら申し訳なさそうに言う。

「明日と明後日の休日だけど・・・・・・。店手伝えないんだよ」

「おや?どうかしたのかい?」

 咎める様子も無く母が言う。

「大切な約束があるんだ」

 ダンの表情を見て、母は笑う。

「いいよ。あんたには、色んな経験が必要なんだ。店のことを一々気にしないで、好きなようにやりな」

 ダンは、両親のこうした態度が有り難かった。

 両親にしても、幼い頃は喘息で、満足に遊びに行けなかったダンを不憫に思っていたのだ。

 母親は、今日のダンが、少し成長したように見えて、嬉しくなった。

「いい顔する様になったね」

 そう言って、ダンの背中を叩く。

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