第4話 ダンとエド 2
ダンはその声を無視して歩き続けた。
殴って薬を奪っていったエドは許せない。
かといって、エドの妹が虚咳病で苦しむのも嫌だった。
ならば、話す事など何も無い。今は一刻も早く薬の材料を採りに行かなければいけないのだ。エドになんか構ってはいられない。
これ以上難癖を付けられたり、殴られたりしたら、とてもじゃないが夕方までに戻るのは無理だ。
だが、エドはダンに追いついてきた。
「ダン!待ってくれって!」
エドはダンの前に回り込んで、ダンの肩を掴む。
ダンはそれを払いのけると、エドの顔を見ずに横をすり抜ける。
「待たない!時間が無いんだ!邪魔をするな!」
また殴られるかも知れないが、体力に自信が無いダンは、少しでも先に進まなければいけなかった。
「分かった。待たなくていい。話だけ聞いてくれ」
エドの言い方がいつもと違う。切迫した様子だったので、チラリとエドの方を振り返った。
エドはダンの後ろを付いてくる。その表情は、今にも泣きそうだった。
「エド?」
歩みを止めないまま、ダンは呟く。
「ダン。悪かった。本当に謝る」
エドが謝るなんて、いつぶりだろうか?
「今回の事もそうだし、これまでの事も、全部謝る。本当にごめん。全部俺の勘違いだった。許してくれ」
ダンは戸惑う。なぜいきなりこんなにも態度を改めたんだ?エドは母親に叱られたくらいでは態度は変えない。これまでもそうだった。
「・・・・・・どういう事だよ」
ダンの疑問に、エドは必死になって説明した。
一方的な勘違いでダンを憎んでいたことを。
その説明を聞いて、ダンは呆れると共に、少し納得した。
幼い頃から、エドはダンが体が弱いことを馬鹿にしてはいたが、それでも仲は良かった。ある日を境に急に意地悪ばかりしてくるようになったのだ。その理由がようやく分かった。
「・・・・・・それでさ。今回の薬は、一体何で必要だったんだ?」
エドは、その答えを聞くのが恐ろしいとでも言うように、小さな声で尋ねてきた。自分が、何を踏みにじって、薬を奪ってしまったのか・・・・・・。
「マッシュさんところのジュリアのだったんだ・・・・・・」
ダンは答えた。
その答えを聞いたエドの顔は、見る間に青ざめていく。
ジュリアはまだ1歳だ。虚咳病は年が小さいほど悪化する。1歳となると命に関わる。
「ダン!・・・・・・ダン!!それでお前はこれからどこに行こうって言うんだよ!直接ブラウハーフェン市に行こうってんなら方向は逆だぞ?!」
ブラウハーフェンまで行ったのでは、今日中には帰ってこられない。
「パインの・・・・・・。魔法道具屋に薬を作って貰う約束を取り付けている。その材料を採りに行くんだ」
ダンは、急になっていく坂を上りながら答える。
「魔法道具屋って、あの『邪眼の魔女』の店か?!」
エドの声に、怯えが混じる。
「約束って、どんな契約をしたんだ!!??」
エドが後ろからダンの肩を掴んで揺する。
エドの想像では、とても恐ろしい事を契約させられたのだろうと、あらぬ事が次々浮かんでいる。
「・・・・・・いいだろ!もう邪魔するなよ!」
ダンが素っ気なく手を振りほどく。
「良くない!!元はと言えば全部俺が悪いんだ!!材料集めも手伝わせてくれ!!契約の対価も俺が払う!!」
ダンは驚いてしまった。
エドが何を想像しているのか知らないが、少し愉快な気分になってきた。エドの表情は悲壮な覚悟を浮かべていた。
契約内容が「掃除の手伝い」などと知ったら、どんな顔をするのか楽しみになってきた。
「知らないぞ・・・・・・」
ダンは、ワザと怯えた様な、恐ろしげな表情をしてみせる。
「か、構うものか!!」
ダンは笑いを堪えるのに必死になる。
その表情が、エドに更に恐怖を与えたようだった。
幾分胸がすっとして、ダンは、エドに向かって言う。
「じゃあ、まずは材料集めだ。夕方までに戻らなければ、ジュリアは危ないらしい」
ダンの言葉にエドは、更に自分を責めるような表情をする。
「正直、僕だけじゃ厳しいと思っていたから、エドが手伝ってくれるなら助かるよ」
エドは頷く。
「何でも言ってくれ!」
話しているうちに、最初の階段に行き当たる。この階段は、折り返しながら200段以上ある。
『これは、ちょっと話をする余裕は無さそうだ・・・・・・』
必要なものは、全部で5つ。
トリカブト。
スズメバチの巣。
シジマレンゲの花。
川藻。
ヤシラカサダケ。
「おいおい!スズメバチの巣って!?」
必要な材料を聞いて、エドが悲鳴に似た声を上げる。
「・・・・・・危ないよな?」
階段を登り終えたダンが、息も荒く、何とか答える。
少し休憩しないと先に進めそうも無い。
ついでに、トリカブトも、ヤシラカサダケも猛毒がある。
「俺が分かるのは、シジマレンゲの花と、川藻ぐらいだな」
エドが答える。確かに、ダンも、パインの眼の光を受けなければ、トリカブトも、ヤシラカサダケの姿も名前も知らなかった。
「じゃあ、エドにはその二つを頼むよ。スズメバチの巣はその後で考えよう」
そう言う事になった。
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