第4話  ダンとエド 1

 ダンが出て行った食堂で、エドの母親の怒声が響く。

「エド!!あんた何をしたって言うんだい!!」

 母親の剣幕に、やや怯みつつ、エドが抗弁する。

「あいつ、元気なくせに虚咳病の薬を買おうとしたんだ!俺は行ったけど買えなかったんだぜ!!」

「だからってよそ様が買った薬を横取りして良い訳ないだろう!!」

 そう言われると、自分のした事は盗みと一緒だったと気付く。

「で、でも。前にブリュックが虚咳病の時だって、後から来たあいつの家が、薬を買っていったんだ!あいつばっかりずるいじゃ無いか!!」

 

 言われて、エドの母親はハッと気づく。あの時もエドは文句を言っていた。だが母親は後にその時の事実を知っていた。

 エドにも話したはずだったが、その時は理解していなかった様だ。

「あんた、本当に馬鹿だねぇ。あの子はあの時、虚咳病じゃ無かったんだよ。生まれつきの喘息で、その薬を買っていったんだ。あんたの勘違いだよ」

 エドは驚愕する。

 小さい頃は仲良く遊んでいたが、いつも咳をしたり、苦しそうにして弱い奴だと思っていた。だが、今は「喘息」と聞けば、それがどんな病気だったのか分かる。

「で、でも。あいつは今は元気だし、虚咳病の薬なんか必要ないじゃ無いか」

 エドはこれまで一方的に憎んできたダンに対する思いが、単なる自分の勘違いだった事に驚くと共に、激しい後悔に襲われる。

 だから、せめてもの理由を見つけたかった。

「それはあたしには分からないけど、ダンの事だから事情があるんだよ。あの家は近所にいつも気を配っているじゃ無いか」

 呆れた様子でエドの母親はため息を付く。

「それはそうと、あんた承知しないからね!!」

 母親はすごい剣幕でエドを睨み付ける。

 エドは地面が揺れるほどの罪悪感を感じていた。

 



 ダンは、通りに出ると、すぐ目の前にあるマッシュの菓子屋に足を向かわせる事が出来なかった。

 色んな考えが頭をグルグル回り、めまいを覚える位に混乱していた。

 だが、頭を振ると、そこに見えたのは、パインの魔法道具屋だった。

「パ、パインなら何とかしてくれるかも知れない」

 そう思った。いや、それしかすがるべき物が見いだせなかったのだ。

 ダンは急いで階段を駆け上がり、ポーチにたどり着き、勢いよく「パインパイン魔具店」のドアを開いた。

 カランカランと、大きくベルが鳴る。

「パイン!!頼みがあるんだ!!」

 ダンの声に、奥の廊下から、不機嫌そうなパインが姿を現した。

 ショルダーアーマーからは、不定形の怪物ギイが、ニョキニョキと複数の鋭角な蝕腕のような物を伸ばして、器用にはたきと箒とちりとりを持っている。

 黒ヒョウのアイは、口にバケツを持っている。

 パインは、色んな物を抱えている。


 店の中も、その奥の居住部屋も、ぱっと見た感じでは昨日よりも散らかっている。

 片付けをしようとして、余計に散らかって困っているようだ。

「なんだ、ダンか・・・・・・」

 パインは昨日以上に不機嫌で疲れたような顔をしている。

「私は今忙しい。頼みは聞けない」

 話も聞かずに、パインはダンを切って捨てる。

「待って!頼みを聞いてくれたら、僕が片付けを手伝うから」

 咄嗟にダンはそう言ってみた。明日、明後日は休日だし、朝からパインを手伝ってやる事が出来る。

 その言葉を聞いたパインは、一瞬笑顔になった様な気がした。客観的に見ると、魔神が邪悪な契約を成功させてほくそ笑んだようにしか見えないが・・・・・・。

「良かろう。ならばお前の頼みを聞いてやろう」

 そう言うや、ダンの言葉を聞かずに、額の瞳の封印を解く。

 

 第三の邪眼から赤い光が伸びて、ダンの額に刺さる。

 その瞬間、得も言われぬ不快感と共に、大量の情報がダンの頭に流れ込んで来る。

 いくつもの言葉、映像、記号。ダンの理解を遥かに超える知識。そして、それはやがて少なくなり、徐々にダンの知っている物、見た事がある物に集約されていく。

 最後に、必要な物の映像や知識だけが、鮮明にダンの頭に残る。


「これを持ってこい。夕方までにだ」

 パインはそう言うと、アイとギイをショルダーアーマーに戻して、のんびりと奥の部屋に戻っていった。恐らく片付けをする事は放棄したのだろう。

「わかった!ありがとう!」

 ダンはそう言うと、すぐに外に飛び出していく。

 

 

 パインの店から飛び出したダンは、裏口から家に駆け込むと、採取に必要な物を集めて袋に入れる。ついでに血で汚れたシャツを着替える。

 それからまた裏口から「川沿い通り」を上流に向かって急ぐ。

 必要な物は上流の山の中で手に入るはずだ。

 パインが夕方までと言ったからには、ジュリアの具合は、思っていたよりも悪いと言う事なのだろう。

 今は14時を少し回っている。急がなければ間に合わない。


 リンド川は、元を辿るとルブープ川になる。そのルブープ川が、ヘルネ市の用水として、分水されて上水、下水として使用されている。分水から出る、余剰の水がリンド川となる。

 つまり人工の川である。

 その為、川縁は石の水路で作られている。

 急峻な坂の街なので、水路も人工的な滝として、上流から下流に一気に下って進んでいく。

 川沿いに進むには、度々何段にもなる階段を上って辿らなければいけない。

 

 ダンが目指すのは、自然の流れのままのルブープ川のさらに少し上流だ。

 喘息は治ったが、それでも体力は無い。坂を上り始める前から肺が焼け付くように痛んでいるし、呼吸が苦しい。

 殴られたショックと、精神的なショックが、それを更に強めているのだ。


「ダン!!ちょっと待ってくれ!!」

 川沿いを歩き始めたところで、今聞きたくも無い声が、ダンの後ろからする。

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