第3話 虚咳病 5
「この薬はウチで貰う!!」
エドは、受付台に代金を叩き付ける。
「・・・・・・っっ!!??」
ダンは、あまりの事に、言葉を無くしてしまう。
「き、君!それは良くない!!」
受付の男性が咎めようとする。
「こいつはこんなに元気じゃ無いか!!こいつは一人っ子だ!ウチの妹は3歳だ!!虚咳病になって4日になる!!苦しんでいるんだ!!」
エドが吠える。
そこで、ようやくダンには事情が飲み込めた。エドの家の3歳の妹ジンジャーが虚咳病に掛かっていたのだ。弟妹思いのエドは、ジンジャーの具合が悪く、それを心配してここ数日イライラしていたのだろう。
そして、たまたま居合わせて、薬が買えなかったエドは、虚咳病の薬を、ダンが使うのだと勘違いして、暴力に訴えたのだ。
だが、それは勘違いだ。
ダンは、上体を起こして、エドに怒鳴りつける。
「エド!薬を返せ!!」
すると、エドはすごい眼で睨み付けながら、馬乗りになって、更にダンを殴りつける。
「うるせぇ!!てめぇは5年前にも薬を優先して貰っていただろうが!!?その時、弟も虚咳病だったんだ!!お前は買えて、ウチは買えなかったんだ!それでブリュックは死にかけたんだぞ!!」
2発、3発とエドはダンを殴りつける。
ダンは痛みと衝撃で、何も考えられない。
周囲の人が驚く中、受付の男性が飛び出してきて、エドを掴んでダンから引きはがした。
「よさないか!!」
エドはもがいて、受付の男性から逃れると、ダンを睨み付けて、薬を持ったまま病院から飛び出していった。
「君、大丈夫か?!」
受付の人はダンを気遣う。
ダンは、口の中に広がる鉄のような味と、顔に伝う熱い液体を感じていたが、頭の中は薬が盗られた事でいっぱいだった。
「く、薬はまだありますか?」
受付の男性に、何とかそう言う。
口の中を盛大に切っているようで、鼻血と共に、血が床に飛び散る。
騒ぎに気づいた看護婦の人が急いで処置しようとしてくれる。
「いや。申し訳ないけど、もう薬は無いんだよ」
予約している人の分だけで、余分は無いようだ。
ダンは、苦しそうにしていたジュリアの顔がちらつく。あの幼い子どもに、明後日まで耐える事なんて出来るのだろうか?
「クソ!取り戻さなきゃ!!」
ダンはそう言うと、受付台に乗せたままのお金を掴むと、処置もそこそこに病院を飛び出した。
ダンは、殴られた顔の痛みに耐えると共に、衝撃とショックで焼けるような肺の痛みも堪えて、ふらつく足取りでエドの家に急ぐ。
エドの家は食堂「クラーラ」。はす向かいのネルケの家の、その隣の家だ。
エドには2人の弟妹がいる。8歳の大人しく真面目なブリュック。それと、最近はおしゃべりが上手になってきた3歳のジンジャーだ。
普段は偉そうで威張っているエドも、弟妹には甘い。
「エド!薬を返せ!!」
ダンはエドの家である食堂に入るなり怒鳴った。
食堂を利用していた客も、エドの母親も、血まみれのダンが、血相を変えて怒鳴り込んできたのに驚く。
「ちょっと、ダン!あーたどうしたのよ?!」
ずんぐりとした体型のエドの母親が、慌ててダンに駆け寄る。
「おばさん!エドは?!」
ダンは構わず店の奥に向かう。
「エドなら、ジンジャーに薬を買ってきたからって、今飲ませているけど・・・・・・。これ、エドがやったのかい?!」
エドの母親が厳しい表情をする。
そこに、エドが姿を現す。
「てめぇ!わざわざウチまで来たのか!?」
薬を奪ったはずのエドの方が、ダンを憎しみをこめた目で睨んでくる。
「エド。薬は?!」
ダンが言うと、エドはあざ笑うように言う。
「残念だったな。薬はもうジンジャーに飲ませた。元気なお前が使う必要なんか無いんだよ!」
言われて、ダンの頭は真っ白になる。薬が無くなってしまった。
マッシュさんに頼まれていたのに。ブレンダさんにも頼まれていたのに。
今更エドを責めても、もう遅い。それに、エドの妹にも、確かに薬は必要だったのだ。
ダンはうな垂れて、言葉も無くフラフラとエドの家を後にした。
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