第3話  虚咳病 3

 そうこうしている内に、リオがやって来た。

「お、お待たせしました」

「じゃあ、行こうか」

 そうして、ダンたちは、組合の管理する松林に向かった。




 松林は海沿いの斜面で、ダンの家から歩いて40分程の距離にある。海に沿ってグネグネうねる道を歩いて行くので、直線距離だと近いのだが、それだけの時間が掛かってしまう。

 

 組合管理の林だが、作業が無ければ無人である。入り口の小屋に日時と屋号を記入して入れる。お金を支払う場合は、小屋にある小さな箱に入れれば良い。

 今日は人がいた。

「おお。エトムントさんのとこの」

 小屋にいたおじさんがレオンハルトに声を掛ける。

「お世話になります」

 レオンハルトが言うと、おじさんはチラリとリオを見てから頷いた。

 その視線にリオが一瞬怯む。

 

 リオのような特化人スピニアンは、未だに差別を受けている。

 それでもリオはウテナ神殿の僧衣を着ているので直接的な被害は受けていないが、中には陰湿な嫌がらせをする人たちもいる。

 もう30年近く前に人権が認められたのだが、それ以前からの風習は中々消えない。

「気にするなよ。行こう」

 ダンは小さな声でリオに声を掛ける。ダンについては何もすいされなかった。



 松林の松には番号が付いている。

 今日採取して良い松は30番から40番の木だ。

 木が弱らないように、回復期を設けながら採取している。

「じゃあ、ダンはこの木で採って」

 レオンハルトは、ダンから容器を受け取ると、手袋をして、ナイフで木に傷を付ける。

 以前の傷が溝になっていて、いくつも刻まれている。


 そうして、手慣れた様子でレオンハルトはリオの分も準備してやる。

 3人分の準備が出来たら、樹液が容器に溜まるまで、松林の枝を拾う仕事をする。

 この林を有益に使うためにも、利用したらこうした管理をする事になっている。


「それで、ダン。今回は何を作る気なんだい?」

 作業をしながらレオンハルトが聞いてくる。

「うん。また車だと思う・・・・・・」

 ダンの返答は歯切れが悪い。

「そうか。楽しみにしているよ」

 レオンハルトは深く聞いてこない。

「危ないと思いますよ・・・・・・」

 心配性なリオはそう言う。

「うん。今度は人の少ない早朝とかにするよ」

 ダンは苦笑する。あの大きな人に注意されたからである。

 そう言えば、あの人は本当に「歌う旅団」のマイネーだったのだろうか?結局「歌う旅団」がヘレネ市に来たなんて話は聞かなかった。



 しばらくして戻ってみると、樹液は容器に溜まっていた。

「さあ、帰ろうか」

 ダンは容器の蓋を閉めてカバンに詰め込む。

 ダン自身、このところ色んな素材を集めているが、これが何になるのか分かっていない。




 さかのぼる事一週間前になる。

 ダンは夕方にパインの魔道具屋に行った。その日は母が焼いたクッキーがあったので、ついでに持って行った。

 するとパインが「美味い!!」と感動した。

「礼に、素材を持ってきたら、お前の望む物を作ってやろう!」

 と、言う事になった。

「いや。望む物って言われても・・・・・・」

 魔法道具についてあまり知らないダンは、何も思いつかない。何が出来て何が出来ないのか?必要な素材って何なのか?まるで分からない。

 

 すると、パインがダンのすぐ側に立つ。そして、額の赤い眼が、膜が開くように色が変わる。所謂白目の部分が出来て、入れ墨か化粧のようだった瞳に、怪しいまでの輝きが生じる。

「パ、パイン。それ!?」

 ダンが思わず後ずさりするも、瞳から赤い光が伸びて、ダンの額に刺さる。

「うわぁ!!!??」

 ダンは悲鳴を上げる。足から力が抜けて、その場に尻餅をついてしまう。

 だが、痛みは無い。

「・・・・・・」

 しかし、頭の中に、何かヌルッとした物が入り込んできて、なで回されたような不快感はあった。

「パ、パイン。今の・・・・・・何?」

 ダンは尋ねたが、その答えは返ってこない。その代わりに、再びパインの額の瞳が赤い光をダンの額に突き刺す。

 あの不快感が、またしてもダンを襲う。

「うわああああっ!!」

 不快感に身を震わせてダンが叫ぶ。

 

 だが、その不快感を越える不可思議な現象がダンを襲っていた。

 頭の中に、色んな物の姿や名前、不思議な数字やら記号が溢れてくる。ダンにはそれがなんなのか全く理解できない。

 理解できないでいる内に、やがて頭の中の情報が整理されていき、次第に知っている物、見た事がある物の姿が残って行く。

 そして、最終的に4つの身近で手に入れやすい物だけが残った。

 

 ダンの家の裏を流れる川の上流で見かける黒っぽい石。

 錆びた釘。

 貝殻。

 そして松ヤニ。

 必要量もはっきり分かる。


「こ、これは?」

 何が何やら分からない。

「必要な物を持ってこい」



 そして、あれから必要な物を集めていた。

 釘や貝殻はすぐに手に入った。

 港に行けば、身を取った貝殻は大量に手に入る。

 釘も、ゾウ広場の向かい側にある造船所に行けばすぐに必要量が集まる。

 ただし、どちらも片付けなどの手伝いをしなければいけない。


 大変だったのは石だ。

 重い上に、それなりの量が必要なので、坂を登って上流まで4往復する必要があったので、一日では集めきれなかった。


 そして、今日が最後の松ヤニ採りだ。

 これだけ苦労したのに、何が出来るのかさっぱり分からないのだ。

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