第3話  虚咳病 2

 パインの魔具店を出て、道を挟んだ家に帰る時、ダンの家からネルケが出て来た。

「やあ、ネルケ」

 ダンが声を掛けると、一瞬笑顔を向けたネルケだったが、ダンが魔具店から出て来た事を知って表情を曇らせる。

「・・・・・・ダン」

 背丈がほとんどダンと変わらないネルケが、駆け寄ってきて耳に口を寄せる。ネルケの方がやや背を屈めるのが少し悔しい。

「ダンはあの人怖くないの?」

 ネルケの言う「あの人」とは、パインの事だった。

 ネルケの部屋は、海側の窓のカーテンが未だに閉めっぱなしである。

 ネルケは、まだパイン本人を見た事は無い様だが、噂を聞いて怯えていた。

 ダンは肩を竦めて見せる。

「さあ、どうかな」

 そう言うと、心配そうにダンを見る。

「魔女に取り憑かれたりしていないよね?」

『魔女って取り憑くのかな?』

 ダンは思ったが、それについて答えない。自分だけがパインと親しくなった事が、少し愉快だった。

 自分と同じ年の女の子だと知ったら、ネルケはどんな顔をするだろうかと思うと、おかしかった。

「ねえ、気を付けてよ?」

 心配するネルケに手を振って、配達用のカゴを手に、ダンは家に帰った。



 

 翌日、学校まではネルケと行く。途中でレオンハルトや、リオ、アンナマリーと合流する。

「やあ、ダン。今日で良いのかい?」

 合流すると、すぐにレオンハルトがダンに確認する。

「うん。頼むよ」

 ダンが答える。

「え?何々?」

 ネルケがすぐに聞いてくる。

 レオンハルトはニッコリ微笑んで答える。

「ダンは松ヤニが欲しいそうなんだ。だから、一緒に採りに行こうって事になってるんだ」

 レオンハルトの言葉に、アンナマリーが納得したように頷く。

「レオンの家は大工だから、松ヤニ必要だもんね」

「そうだよ。ボクは時々松ヤニを採りに行くんだ」 

 レオンハルトの言葉に、ドラゴニュートのリオが怖ず怖ず言う。

「そ、それだったら僕も一緒に行っても良いですか?ウチの神殿の修繕に使いたいんです」

「ああ。リオならウテナ神殿の子だから問題ないよ」

 

 レオンハルトが行くのは、街の組合が管理している松林である。大工の家のレオンハルトやウテナ神殿は、組合で許可されているから採取出来る。ダンなど、松ヤニを直接商売で使わない家だと、利用するには僅かだがお金が掛かる。

 今回はダンはレオンハルトの手伝いと言う事になっていて、無料で松ヤニを手に入れるのだ。

 これまでも、ダンが何かを作りたい時には度々こうしてこっそり利用している。


「じゃあ、あたしも行きたい」

 ネルケが言うと、アンナマリーも「あたしも、あたしも!」と言う。

「馬鹿だな。遊びに行くわけじゃ無いんだぞ!」

 ダンが言う。

「ハハハ。確かに、あんまり子どもが大勢で行く所じゃ無いよ」

 レオンハルトもやんわりと断る。

 レオンハルトにまで言われると、ネルケもアンナマリーも引き下がらずを得ない。


 学校に着いたら、それぞれの学年に別れて行った。

 教室に入ると、レオンハルトはいつものように女子に囲まれる。

 そして、ダンは自分の席に着く。

 

 いつもなら、ここで先に来ていたエドが憎まれ口を叩きにやって来るのだが、今日は珍しくダンの方を見ずに、自分の席でジッとしている。

 エドが大人しいのは、イライラしている時だと、長年の付き合いで分かっているので、ダンは今日一日はエドと関わらないように決めた。




 学校が終わると、いつもは数人の友達と連れだって家路につくなり、遊びに行くエドが、今日は一番にカバンを手にして家に帰っていった。

 そんな様子を見て、今日一日エドと関わらずに済んだ事にホッとしながら、レオンハルトと連れだって、リオを迎えに行く。一つ学年が下のリオだが、授業の終了時間は同じなので、教室に行くとリオが待っていた。


「お、お待たせしました」

 リオがニコニコ笑って教室から出てくる。

 ドラゴニュートは見た目は竜なのだが、羽根はあっても空は飛べず、炎を吐ける事も無い。

 筋力は人間と変わらず、動きが遅く、持久力が無いので戦闘には向いていない。

 性格も穏やかでのんびりしている。

 希少種なので、全体数はかなり少ない。寿命は人間と大差ない。

 良くリザードマンと比較されるが、リザードマンは完全に戦闘向きの種族で、数もドラゴニュートよりは遥かに多い。


 リオは例に漏れず、大人しく穏やかな性格をしていて、姉と一緒にウテナ神殿に住み込みで修業している。


「じゃあ、一緒に帰ろう」

 道的には、ウテナ神殿に行き、リオが入れ物を取ってくる。すぐはす向かいにあるレオンハルトの家に行き、レオンハルトも入れ物を取って来る。それからゾウ広場に出て、ダンの家には寄らずに橋を渡って、漁師通りからそのまま海沿いに進むと、組合が管理している松林がある。正確に言うと、松だけでは無く、その一角の斜面全体の林を組合が管理している。


 ダンの家に寄らないのは、家には内緒にしているからである。家に帰ったら、手伝いをさせられる事になる。

 ダンは、松ヤニを入れる容器は既に持ってきている。


 だから、ダンはレオンハルトの家に付いていく。

 レオンハルトの家は大工である。

 父親はいるが、母親はいない。その代わりに姉がいる。

 その姉は、やはりエルフだけに美人である。


「おかえり、レオン」

 穏やかな笑顔をレオンハルトに向ける。

「あら、今日はダンも一緒なのね?フフフ」

 レオンハルトの姉はテレーゼ。15歳で成人している。今は主に経理として父の手伝いをしている。

「こ、こんにちは」

 ダンは、美しく長い黄緑がかった金髪の、このテレーゼを見るとドキドキしてしまう。ちょっと前までは全くそんな意識はしてなかったのだが・・・・・・。

 ただ、この姉は少し変わっている。

「姉さん。ボクたちは松ヤニを採りに行ってくるよ。容器を用意してくれないかい?」

 レオンハルトは、いつも穏やかで冷静だ。

「あら、ご苦労様ね。今用意するわ」

 テレーゼはすぐに袋に瓶と手袋とナイフを用意する。


「ありがとう」

 レオンハルトは袋を受け取ると、姉の顔をマジマジと見つめる。

「それと、姉さん。その頭の猫耳はどうしたの?」

 ダンも気になっていた。猫耳の飾りを頭に付けている。

「レオンに見て貰おうと思ったのよ。ふふふ」

 ダンはその笑顔にドキドキする。

「・・・・・・姉さん。とても似合っているし素敵だと思うよ。でもいつもの姉さんの方がボクは好きかも知れないな」

 レオンハルトは、そうした台詞をすんなり口にする。

「あら、残念な様な、嬉しいような」

 テレーゼはニコニコ言うが、頭の猫耳飾りは取らない。

 

 テレーゼは、いつもこうしておかしな恰好をしたり、変な言動をしてレオンハルトにいたずらを仕掛けるのだ。それに対して、レオンハルトはいつもこうした感じで冷静に対応する。

 シスコンにブラコン姉弟なのだ。 

 厳しそうな父親も、同じような事をするので、2人揃っている時は、中々カオスになる。

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