第1話  ダンの隣人 5

 ダンは大急ぎで夕食を食べると、すぐに大きなカゴと、紙袋を持って、近所を回った。

 隣の菓子屋から、八百屋、宿屋。向かいのネルケの金物屋にエドとブリュックの食堂、肉屋。後はジムリート坂のウテナ神殿とレオンハルトのいる大工の家。最後にアンナマリーの花屋に行く。

 

 カゴのパンを配り終えると、ダンは紙袋をカゴに入れて、元お化け屋敷、現魔法道具屋の前に立つ。


 階段の上は、生け垣に隠され、黒々とした闇に覆われている。

 ゾウ広場にはランプの明かりが灯されていて明るいが、この階段の先だけは別世界のように暗くて、ダンはドキドキしてきた。

 チラリと、階段横のランタンの形をした看板を見てみる。

 その看板の柱には、店の名前が記されていた。

「『パインパイン魔具店』?・・・・・・何だか可愛い名前だなぁ」

 そう思うと、怖がっていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 そこで、ダンは、階段に足を掛けて登っていった。



 たった6段の階段で、上まで来たが、敷石が右にカーブしていて、カーブに沿って生け垣があるので、建物はまだ見えない。左右を背の高い生け垣に挟まれているので、より一層暗闇に捕らわれてしまった様な気持ちになる。

 ダンは、昼間に青い顔で飛び出してきた大人たちの様子を思い出して、再び怖い気持ちになってきた。

 今は見栄を張るべきエドやネルケはいない。

 階段を上りきったところで、完全に足が止まってしまった。


「だ、大丈夫だよ。ただのお店じゃないか。それに、今日は荷物だけ運び込んで、まだ誰も住んでいないかも知れないじゃないか」

 ダンはそう呟いて、自分を励ます。そして、敷石の上を歩く。距離にして3メートルほどで、今度は左に曲がる。


 すると、建物が見えた。暗いが、正面に1階建ての建物。

 白い柵の付いたポーチに、白い壁。この街の一般的なオレンジの瓦屋根。大きな出窓が正面の大部分を占めている。

 その様子からは、確かに商品が見えやすくするお店の様である。

 その左奥に、大きな煙突が付いている、同じく1階建ての建物が見える。こっちの屋根はオレンジでは無いのは分かるが、夜なので分からない。

 さらに右奥に2階建ての建物が有り、多分こっちの屋根が紺色の瓦の、外からも見える建物なのだろう。

 三つの建物が繋がっている形の様だ。


 正面の建物の中には、明かりが灯っており、人はいるようだ。

 だが、その明かりで、店の中が見える。

 魔法道具屋と言うが、棚に飾られているのは、小物や生活用品の様に見える。

 そう見えるだけで、実はとんでもない能力が籠められているのかも知れない。

 木製の動物の人形とか、可愛らしい手鏡とかもある。


「これ、本当に魔法道具なのかな?」

 意外にも可愛らしい建物の外見と、普通の物に見える商品が置かれている店に、ダンは少し安心する。

 新しい木製の3段の階段を上り、ポーチに上がり、美しいステンドグラスがはめられた、白い木の扉をノックする。

 

 少し待ったが返事は無い。しかし、中で誰かが歩いている音がする。

「聞こえなかったのかな?」 

 そうつぶやき、力をもう少し込めて扉をノックしようとした。


 その瞬間、「カラン!カラン!」と大きなベルの音と共に、扉が室内側に勢いよく開いた。

「うわぁっ!!?」

 ダンは驚いて尻餅をついてしまう。


「誰だ?」

 声の主は、明かりを背にして立っているため、はっきりとは見えないが、店の奥に立っている。

 その肩から、何か長い物が伸びて、扉を開けたようだ。

 反対の肩からは、大きな猛獣が生えている。

 そして、声の主お顔ははっきり見えないが、額に赤く輝く大きな目があった。


「うわああああああああああっっっ!!!!」

 ダンは恐ろしさで叫び、カゴも、パンの入った紙袋も放り捨てて、必死になってポーチを駆け下り、敷石をたどって入り口の6段の石段を飛び降りた。

 勢い余ってよろけて、地面に手を付いて手のひらをすりむいたが、そんな事気にならなかった。

 それよりも、一刻も早くこの場から逃げたかった。

 エレスの大地には、色んな種族がいるが、三つ目の種族など存在しない。肩から怪物を生やす種族も当然いない。

 ダンは自分が見たものが信じられなかったが、理性で無いかを感じるよりも恐怖が勝った。

 目の前の我が家へと駆け込んだ。




 後ろ手でドアを閉めると、少しだけ動揺が納まる。

「あれ?!そんなに勢い込んでどうしたんだい?」

 ドアが勢いよく閉まった音で、奥から母親が怪訝そうな顔を覗かせる。

 ダンの胸はまだドキドキしているが、はっきり見たわけでもないものに怖がって逃げて来だなんて言えない。

「な、なんでもないよ」

 そう答えながら、ダンは動揺を抑える。

「そう。じゃあ、明日の仕込みを手伝ってくれる?」

 母親の言葉にダンは頷く。

 いつもこの時間は、父親と明日の為の仕込みをする。


 ダンは手を洗って、エプロンを身に着けて調理場に入る。

「おう。頼むぞ」

 父親は穏やかに笑う。

「・・・・・・」

 ダンは、まださっき見た光景が頭から離れず、ボンヤリしてしまう。

 父親はそんな様子に気付かずに、のんびりと尋ねてきた。

「魔法道具屋さんはどうだった?」

「え?」

 ダンはドキリとした。あんな化け物が隣人だなんて、父親に言えない。

「ビックリしただろう?」

 ダンの気持ちを知ってか知らずしてか、父親は「ハハハ」と笑う。

「あんな大男、見た事が無いからなぁ」

「大男?!」

 ダンは思わず声を上げた。父親は顔を上げてダンを見る。

「おや?会えなかったのかい?」

 首を傾げる父親に、慌ててダンが嘘をつく。

「あ、うん。その・・・・・・いなかったから、店先にカゴごと置いてきたんだ」

 父親は、ダンの言う事を素直に信じた。

「そうか。それは残念だ。まあ、ご近所だから、またすぐ会えるが、中々見事な男だったぞ」

 ダンは首を傾げる。

 魔法道具屋にいた化け物の声は女性の声だった。

 思い返すと、その声は幼かったような気もするし、千年以上生きている女のような声だった気もする。声だけではまるで年齢は分からないが、少なくとも、女で、背は多分大きくは無い。


「父さんは会ったんだ?」

 ダンが尋ねると、父親は笑う。

「午前中にな、挨拶に来たんだ。中々立派な人物のようだったぞ」

「それって、金髪の?」

 ダンが尋ねると、父親は頷く。

「そうだ。たぶん獣人だろうな。・・・・・・なんだ。やっぱり会っていたんじゃないのか?」

 ダンは曖昧に頷いた。

 昼間に出会ったあの大男に間違いない。じゃあ、あれは「歌う旅団」のマイネーではないのか?

 そう思うと残念だったが、だが、それなら間違いなく店にいたのは別人だ。

「まあ、それはそれとして、カゴは明日取りに行っておくれ」

 父親の言葉に、ダンは自分のミスに気付いた。

『ああ。明日もあそこに行かなきゃいけないのか・・・・・・』 

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