第2話 邪眼の魔女 1
翌朝は、学校がある。
アインザークでは、5歳から10歳の初等部は学費無料。
11歳から13歳までの中等部は、学費が必要である。
高等学校は、厳しい入校試験があり、学費も高額になるため、ごく一部の優秀な者しか行く事は出来ない。
初等部でも、子どもを労働力と見なしている貧困層は通わせる事は無いし、中等部になると、一定の収入があり、かつ、親が教育に理解がある家庭しか通う事は出来ない。
そう言う意味で、中等部に進めるダンは幸運だった。
これが、全ての分野での先進国であるグラーダ国であれば、もっと教育を受けやすくなっているそうだ。
学校は港前の市場の向こうなので、表通りを行くと近いが、この時間は人通りも馬車も多いので、ダンたちは、一度坂を登って、細い横道を階段を上り下りしながら向かっている。
「おはよう」
ネルケが家から出てくる。ネルケは初等部だが、建物は同じなので、一緒に登校している。少し前をエドとブリュックが歩いている。
だが、昨日魔法道具屋にいち早く行った事を自慢できるはずも無い。
ダンは唇を噛みしめる。
昨日寝る前に、少し冷静になって考えてみたが、あそこは魔法道具屋なのだ。だから、肩から生えた化け物も、額の赤い目玉も、何かの魔法道具に違いない。
あそこにいたのは、普通の女の人に違いない。
そう思い直す事が出来た。
だから、学校が終わったら、カゴを取りに行くついでに、お店に入ってそれを確認しようと決めていた。
行くなら学校が終わってすぐだ。
「やあ、ダン。おはよう」
裏道を歩いていると、穏やかな声を掛けられる。
ダンと同じ年のエルフの少年、レオンハルトだ。
「おはよう、レオン。リオも」
レオンハルトの後ろには、気弱そうなドラゴニュートの少年リオがいる。
「お、おはようございます」
リオたちドラゴニュートの声は、少しかすれた感じで、声が小さいと囁いているように聞こえる。ウテナ神殿に住んでいるので、僧衣を着ている。
「そうだ、レオン?」
話を振られて、エルフの少年は涼しそうな表情でダンを見つめる。
「レオンの家は大工だろ?お化け屋敷の工事には参加してたのかい?」
ダンの質問に、レオンハルトは小さく頷く。
「父さんが参加していたよ。それがどうかしたのかい?」
「あそこって、魔法道具屋さんなんだよな?」
2人の会話に、ネルケは耳をそばだてる。怖い話になったら、耳を半分だけ塞ぐつもりだ。
「そうだよ。大急ぎの作業だったから、大変だったって父さんが言っていたよ」
「特別な作りだったの?」
ダンが尋ねるが、レオンハルトはやや苦笑する。
「そうでも無いらしいよ。ただ、市長が必死に、と言うより焦って『急げ』『急げ』って言ってきたらしい。その分給料はかなりはずんでくれたらしいから、父さんも文句は言わなかったよ」
レオンハルトの父親は、仕事に関しては厳しい人だった。
「何で市長はそんなに慌てていたんだろう?」
それに対しても、レオンハルトは答えてくれた。
「父さんが言うには、脅されていたみたいだよ。その魔法道具屋さんに弱みを握られているのか、それとも、よっぽど怖い人なのか。・・・・・・あるいは、その両方かもってさ」
ダンはゴクリと唾を飲み込み、ネルケは半分だけ耳を塞いでいた。
学校の敷地に入ると、初等部と中等部で別れて、別の建物に入る。
基本的に一学年一クラスで、教室はそれぞれ一つあるのみ。勉強内容は、「エレス公用語」「数学」「地理」「近代学」「歴史」「属性学」。内容は薄く、「数学」と「近代学」に力を入れている。しかし、「近代学」は実際は実験などをしていかなければいけないはずだが、設備が無いので、机上で公式を習うだけである。
学問に力を入れているグラーダ国の学校は、もっと多岐にわたった授業内容が充実しているし、教育施設も運動場もあれば、実験室、音楽室、図書室など驚くほどの施設が整っている。
だが、教育の大切さをグラーダ国が示してから30年たった今でも、大国アインザークでさえ、職業に就くための訓練的な捉え方をされている。
教室が一つなので、当然同じ年のレオンハルトは同じ教室に入る。
レオンハルトは女子に人気がある。教室に入ると、たちまち女子に囲まれてしまう。
困った様に、ダンに微笑みかける。いつもの事なので、ダンは気にせず自分の席に向かう。
しかし、教室には、これも当然ながらエドがいる。
「おお。失敗野郎」
エドはダンを見るなり、ニヤリと笑って言う。
ダンは耳が熱くなるのを感じた。エドの言う事を無視して自分の席に座るが、エドはしつこくダンの席にきて、机の上にドカッと腰を下ろす。
「おい!口先だけの失敗野郎。今度はどんな事して俺を笑わせてくれるんだ?!」
嫌味な事を言ってくる。
「うるさいな。僕に構うなよ・・・・・・」
ダンは呟く。すると、エドはニヤニヤしながら、顔を近付けてくる。
「お前えみたいな痩せっぽちは、ネルケの後ろに隠れてりゃあいいんだ」
「・・・・・・僕がいつネルケの後ろに隠れたんだよ」
言い返すが、体の大きなエドがのし掛かるように言うので、その迫力に対抗できない。
「いつもさ。昨日だって、結局ネルケに庇って貰った様なもんじゃねぇか」
エドの家とネルケの家は隣同士で、親同士で親密な付き合いがある。
エドの家は食堂なので、鍋やフライパンなどの調理器具は、いつもネルケの金物屋から購入したり修理して貰っている。包丁の手入れもネルケの父に任せれば、切れ味は常に完璧になる。
だから、エドもネルケを邪険には出来ない。
確かに、ネルケは最終的にはいつもダンを庇ったり、一緒に行動してくれる。
悔しいが、後ろに隠れているようなものだ。
ダンは唇を噛みしめてうつむく。
エドはいつもダンにだけキツく当たる。きっかけなど知らない。幼い頃は仲が良かったはずだ。
『こうなったら、あの魔法道具屋の正体を突き止めてやる。そうしたら、エドを見返せるに違いない』
ダンは昨日見た化け物の姿を思い浮かべる。
三つ目で、肩から化け物を生やした店主。その正体を確かめる。
これは冒険だ。
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