第1話  ダンの隣人 4

 2人はクスクス笑い合うと、駆け足でダンのパン屋の裏口に行こうとする。その途中で、市長の別宅に出入りする人たちを見る。

 家具を運び込んだり、建築用の足場を運び出したりしている。

 これまで、足場が有り、幕で覆われていたが、今はそれも取り外されている。

 坂を下ってきたのだから、建物は見えるのだが、この街では珍しく紺色の屋根瓦に白い壁の建物が、チラリと見えただけだった。


 お化け屋敷の敷地は、この辺りの店3つ分以上の敷地面積で、坂の道なので、地面が平らになるように石垣で高低差に対応している。そして、お化け屋敷の周囲は、ぐるりと背の高い生け垣が植わっている。

 そのため、道からは建物のほんの一部しか見えない。

 今は選定されて、以前よりはスッキリしているが、建物の一部しか見えないという事は、見えていない部分は平屋なのだろう。


 以前のお化け屋敷は、3階建てで、展望テラスまであったまま朽ち果てていたから、実に不気味だった。

 うっそうとした生け垣に、荒れ果てた庭。そして、朽ち果てた館。

 実は、ダンやエド、ネルケも、お化け屋敷を何度か探検している。夜中にこっそり家から抜け出して、カンテラ一つで肝試しをした。

 結局お化けは出なかったが、中々怖くてワクワクしたものである。



 市長の別宅は、台形の土地である。(正確に言えば五角形なのだが)

 ダンたちが降ってきたグレンベルン坂と一本先のジムリート坂に挟まれていて、ゾウ広場にも面している。

 その建物の入り口があるゾウ広場に面した階段の前に、金属製の看板が立っていた。

「看板だ!あそこはお店になるんだ!」

 ダンが足を止める。

「あれ、何のお店だろう?」

 何だかランプの形をした金属の看板だ。

 ダンのお店は麦を模した看板で、パン屋だと主張しているし、ネルケの金物屋は金槌である。


「早く見に行こう!」

 ダンとネルケは、ワクワクして裏の川沿いに回り込む。

 裏口用の階段を駆け上がり、薪置き場の裏に、ガラクタを放り投げると、急いでグレンベルン坂に戻る。

 チラリと自分のパン屋の中を覗くと、市長の別宅で作業している人たちが、昼食用にとパンを買いに来ているので、かなり忙しそうに両親が働いていた。

 見つかったら、絶対に手伝わされる。

 ダンはネルケの手を引いて、素早く人混みに紛れるようにして、市長の別宅の正面に回り込む。



「ねえ!ここ、何の店になるの?!」

 ダンは、出入りしている大人に尋ねてみる。

「おい。邪魔だよ!」

 返事はにべもないものだった。

「ちょっと、どいてどいて!」

 何やら、大人たちは、張り切っていると言うよりは焦っているようだった。

 大急ぎで作業を完了させなければならないと、必死の形相だ。

 引っ越しの場面は、これまで何度か見た事はあるが、こんなに形相を変えて行っているのは初めてだ。

 ただ事では無い気配は充分に伝わる。

 

 市長の別宅は、坂の下なので、入り口は、少し高いところにある。石垣の間に階段が有り、6段上がると敷地に入れる。

 正面からだと、建物は全く見えない。


 作業をしている大人たちを見ていると、敷地に入る足取りは重く、敷地から出てくる時は大慌ての様子だ。

 みんな顔を青くして出てくるので、本当にお化けでもいるのかも知れない。

「ねえ、ネルケ。君の部屋から建物を見ようよ」

 ダンはネルケに言った。しかし、ネルケもダンと同じ想像をしたようで、首を振る。

「や、やだよ。あたし、もう海側の窓のカーテン開けられない」

 それは、建て直す前の「お化け屋敷」の時から開けていない。

「あたし、帰るよ」

 ネルケはそう言うと、金物屋の自宅に走って行ってしまった。

「・・・・・・怯えたって、どうせお隣なのに」

 ダンはネルケの様子に笑ってしまった。

 しかし、遠巻きに見ようが、近くで見ようが、今日は新しい発見は出来そうも無いし、敷地に入り込むのは無理そうだ。

 こうなれば、明日の朝にでも自分の部屋から様子を見ようと思い、自宅のパン屋に戻った。

 案の定、夕方までたっぷり店の手伝いをさせられた。




 店じまいしてから、ダンの家は夕食になる。 

「ねえ、母さん」

 皿を運びながらダンは尋ねる。

「なんだい?」

 ダンの母親は、良く言えば少し逞しい体型の、明るく活力のある女性だった。

 父は痩せて、背も小さく、とても穏やかな男性である。

「前の家は、何のお店なの?」

 こういうことは、やっぱり大人に聞くのが良い。

「ああ~。あたしも今朝知ったんだけど、もうあそこは市長の家じゃ無くなってねぇ。なんでも『魔法道具屋さん』なんだってさ」

「ええ?!」

 ダンは驚く。

 魔法道具屋など、お話の中でしか知らない。

 何でも、かなり希少な才能がある人物しか、魔法道具を作れないそうだ。


 魔法道具は、魔力を籠めて作られる聖剣とか、魔剣とか、魔法鎧とか、魔法アイテムと違うそうだ。

 魔法の武具は、使用者に魔力が無ければ使えないし、使用者を選んだりする。

 魔法アイテムは消耗品である。


 対して、魔法道具は、誰でも使える。

 あと、詳しくは分からないが、魔法の原理とか、色んな法則とかを無視した効果が籠められた物もあるそうだ。

 ともかく、かなり希少な物だから、値段は一般人では手が出せないくらい高いそうだ。


「あたし等には、縁の無い店だよ」

 母親は笑う。

 そこに、店の片付けを終えてやって来た父が声を掛ける。

「商品としては、縁が無いかも知れないが、ご近所さんだ。付き合いは大切だよ」

 そう言うと、父親はダンに紙袋を持ってくる。

「いつもの奴のついでに、これをお向かいさんに持って行ってやってくれ」

 ダンのパン屋は、店の売れ残りのパンを、いつも夕食後に近所に配っているのだ。

 いつもはカゴで持って行くが、今回は特別に紙袋に入れた物をお向かいさん用に用意したらしい。

「うん。わかったよ」

 ダンはワクワクしてきた。これで、あの新しい店に訪れる大義名分が出来たのだ。

 きっと一番始めにあの店に入る子どもになるのだろう。

 これは、エドにも自慢してやれる。

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